闘うコラム大全集

  • 2022.08.04
  • 一般公開

歴史は必ず安倍氏を高く評価する

『週刊新潮』 2022年8月4日号

日本ルネッサンス 第1010回


凶弾に斃れた安倍晋三元総理の国葬儀決定について「よかった」とする人が50.1%、「よくなかった」が46.9%となり拮抗したそうだ(産経新聞とFNNの合同世論調査)。


安倍氏への故なき非難を続ける「朝日新聞」や「毎日新聞」でなく、産経系列の調査によるこの結果に、私は「そうか……」と思い、「岸信介氏と同じだなあ」と感じた。


政治や外交の専門家やジャーナリストに、戦後の歴代首相で最も高く評価すべき人物は誰かと問えば、岸信介と答える人が多いだろう。そしてその理由として、命の危険に耐えて可決し成立させた日米安保条約の改定を掲げるだろう。


国民の大多数は、岸氏の日米安保条約改定によって、旧安保条約下では事実上の植民地国家だった日本の地位が米国と対等の地位に引き上げられたことを忘れていると思う。そのことを忘れていたとしても、日米安保条約は日本の安全保障の大前提として必要欠くべからざるものだと認識し、受け入れていると思う。


しかし、岸氏の功績への高い評価は岸氏が現役の頃には想像されていなかった。評価が改まったのは安保改定から幾十年も過ぎた後だった。岸氏と同じように、安倍氏は日本の地位を高め、国家としての日本を強化した。時間が過ぎてそのことが多くの国民の実感するところとなるとき、世論は間違いなく安倍元首相に岸氏同様の高い評価を与えるだろう。


いや、岸氏に対するよりはるかに早く、世論は安倍氏の功績を評価するようになると私は思う。なぜなら、国際情勢の動きが余りに早く、日本の命運が尽きてしまうかもしれない局面に立たされている中、日本はこのように変わらなければならないと明確に指し示したのが安倍氏であるからだ。防衛費のGDP比2%問題や核共有議論をすべしという点について、多数が前向きな姿勢を示したように、安倍氏の立てた道筋を歩むのがよいということは、現時点ですでに明らかだ。安倍氏の政策や戦略を非難する声は少数派なのである。


「日本国として」


諸外国の首脳、日本研究を物してきた人々が安倍氏の理念や政策を高く評価しているのは周知のとおりだ。その中で目を引いたのが、戦略論を研究するエドワード・ルトワック氏が月刊「Hanada」の9月特大号に寄せたコメントである。


氏は安倍氏は「日本政府の政策」を打ち出した戦後初めての政治家だと語っている。それ以前は外務省は米国のカウンターパートである国務省と、陸上自衛隊は米陸軍と、海上自衛隊は米海軍と、内閣情報調査室は中央情報局(CIA)とだけ対話していた。しかも日本国内ではこれらの人々は互いに意思疎通も情報交換もなく、ひたすら米国の政策に追随するだけだった。安倍政権になって初めて、日本の各機関が日本国という有機体の一部となって互いに支え合うようになったと言っている。


いわば頭脳のなかった肉体のような形で、各役所が米国の指示に従っていたのが「安倍氏以前」であり、安倍氏以降、初めて「日本国として」考え、日本政府としての政策を打ち出し始めたというのである。


安倍政権下で日本がどのような位置を国際社会で占めるようになったかを思い返すと、「日本政府の政策を戦後初めて打ち出した」という指摘がよく分かる。安倍氏は第二次政権の評価として「それまで毀損されていた日米関係を立て直した」ことを強調するのが常だった。それ以前の民主党政権は鳩山由紀夫首相にみられるように、米中の真ん中に日本を置き、日米同盟とは別個の形で東アジア共同体構想に熱中した。


共同体構想は元々、中国が米国のアジアにおける存在感を薄め、アジアから排除することを狙って、日中韓+ASEAN諸国で結束しようと提唱したものだ。中国は、米国さえ背後にいなければ、日本を中国の支配下に入れて屈服させるのは容易だと考えた。日本を含む共同体を中国が主導すれば、中国はアジアの盟主となり得ると期待した。鳩山氏は2009年9月の国連総会で、東アジア共同体構想を日本の行く道として打ち出したほどだ。民主党政権下で日米同盟が漂流し、オバマ政権が日本に深い猜疑心を抱いたのも当然だ。


12年12月、政権を取り戻した安倍首相が日米関係の修復を急いだのは、地球全体を見渡したパワーバランスの中で考えることができたからだ。対中抑止力の要となるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を表明したのは年明けの3月だった。TPPはトランプ氏が政権に就いた途端に米国が脱(ぬ)けたのが残念だったが、それでも安倍首相はこれをまとめ上げた。TPPの持つ戦略的重要性を十分に認識していたからこそできたことだ。


日米同盟だけでは不十分


日本の戦略上、日米同盟ほど重要な同盟はない。安倍氏は平和安全法制を整備して、有事のとき日本が集団的自衛権を行使して、真の同盟国として戦える体制を作った。日米同盟の強化策として大きな前進だった。しかし、中国の動きを見れば、明らかに日米同盟だけでは不十分だ。安倍氏はここに価値観の柱を建てた。自由、人権、法の支配である。それによって日米を基本にしながらも、その外側により広くより厚い、価値観を共有する国々との連携の構図を作り上げた。

 

こうした発想の背景に日本の国柄がある。日本は米国の同盟国ではあるが米国と全く同じ国ではない。日本の長い歴史の中で育まれた価値観に人間重視の思想がある。一人一人が各々その志を遂げることができる公正な社会を目指す思想がある。個々人の生き方を許容する自由と、誰もが法の下では平等であり、国家同士も国際法の下では平等だという思想は、日本においてはるか遠い7世紀初頭から実践されてきた価値観である。


この思想が「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)に反映された。主軸国の日米豪印の絆は深まり、オーストラリアとはいまや準同盟国と言ってよい関係を構築した。同じくイギリス、フランスも安倍氏のFOIPを受け入れた。両国と日本は「2+2」(外務・防衛閣僚会合)も実現した。また安倍氏は07年に日本の首相として初めてNATO本部を訪問し、価値観を共有することの重要性を説いている。


日米同盟を基軸としながらも、日本政府独自の立場から国際社会の秩序形成と維持に貢献する意志を示し、構想を提唱し、実現したのが安倍氏である。日本が国際社会のプレーヤーであることを実証したのだ。


安倍氏の目指した道は、しかし、完全に達成されたわけではない。一番重要な憲法改正を成し遂げることなく、氏は世を去った。残した想いはどれほど深いことか。命さえあればどれほど多くのことを実現し得たことか。しかし、歴史に残る偉大な仕事をした安倍氏を日本国民がきちんと評価する日は、遠くない将来、必ず来ると、私は思う。

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