闘うコラム大全集

  • 2013.11.07
  • 一般公開

米国後退が後押し、安倍首相の積極外交

『週刊新潮』 2013年11月7日号
日本ルネッサンス 第581回


かつて、自分の国さえ平和で安全であればよしとする一国平和主義という言葉は専ら日本批判に使われた。いま、その言葉は大国米国に向けられつつあるのではないか。オバマ大統領の米国は超大国としての威信を急速に低下させ、パックス・アメリカーナの時代における世界秩序の崩壊が始まっている。日本にはこの危機を好機に変える意思と力がある。

国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏は、オバマ大統領が9月10日、米国がシリアを攻撃しないことを国民に説明する中で「米国は世界の警察官ではない」と2度、語ったことを指摘し、こう述べる。

「同発言は、米国は他国の紛争に巻き込まれたくないという意思表示であり、この内向き姿勢が、世界各地で動揺と混乱の原因となっています」

まず中東である。世界最大の石油産出国にして中東の盟主といってよいサウジアラビアは10月18日、突然、その前日に選出されたばかりの国連安全保障理事会非常任理事国入りを辞退すると発表した。

中東諸国、米国、そして国際社会の戸惑いを尻目に、さらなる驚きの発言があった。サウジの諜報機関、統合情報庁長官のバンダル王子が欧州外交団を紅海沿岸のジッダに招き、「対米外交の大きな変更を図る」と宣言したのである。

サウジの外交を左右する実力者、バンダル王子は「一連の措置は国連ではなく、米国へのメッセージだ」とし、これまでシリアの反アサド勢力への軍事訓練を米国と合同で行ってきたが、以降はフランスやヨルダンなどとの協力に切り替えるとも語った(10月22日「ウォール・ストリート・ジャーナル」)。

ヨルダンやカタールなどと共に、シリアのアサド大統領と対立する反体制勢力を支援し、米国にアサド独裁政権打倒のために軍事行動をとるよう求めていたサウジの怒りの表現である。

オバマ大統領の曖昧姿勢

米国の対イラン外交もサウジにとっては怒りの種だ。サウジはイランの核開発を安全保障上の重大な脅威と受けとめているが、米国はイランの新大統領ロウハニ師を穏健派と見做し、対話路線に切り替えた。サウジの視点に立てば、対話する間にもイランの核開発は取り返しのつかないところまで進んでしまう危険性がある。事実、この考えはアラブ諸国もイスラエルも共有する。

米国の対エジプト外交もサウジのそれと相反する。7月のクーデターで樹立された暫定政権をサウジは支援するが、米国は逆に暫定政権への軍事支援を一部凍結した。

両国の外交に歯車が合わない部分が生まれ、サウジの苛立ちは、米国は介入したくない、とりわけ軍事介入は避けたいとのオバマ大統領の曖昧姿勢によって増幅され続けた。それが「対米外交の大きな変更」につながっているのだ。

オバマ大統領の曖昧外交姿勢の負の影響はアジアにおいても同様だ。10月1日からインドネシアのバリ島で開かれた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉は、米国主導で総まとめに入るはずだった。だが、肝心のオバマ大統領が国内財政問題を優先して欠席した。

米国の空白を埋めるかのように存在感を誇示したのが中国である。何が起きたか。東南アジア諸国連合(ASEAN)の内、フィリピンを除く主な国々を習近平国家主席と李克強首相が手分けして個別訪問し、経済協力会議などにも出席。中国の得意とする「Divide and Rule」(分断工作)で、ASEAN各国と中国の二国間会議を次々と実現した。

結果、小さなアジア諸国の取り込みが進み、南シナ海のスカボロー礁を巡って中国と対立するフィリピンを孤立させることに成功した。

オバマ大統領は一連の結果を受けて、10月8日、「訪問すべきだった」「(米国不在で)中国が自らの考えを主張し易くなった」と後悔した。これを田久保氏は「リングに上がって試合をしなければならないのに、オバマ大統領は、リングに上がりもしなかった」とたとえた。

「ニューヨーク・タイムズ」紙が、重要会議でも大統領は殆ど明確な意見を述べず、時には心ここにあらずといった風情でスマートフォンのブラックベリーでメッセージを読んでいると報じたが、そもそも外交への関心が薄いということであろうか。そのようなオバマ大統領への挑戦か、中国の国営通信、新華社が「米財政の失敗で世界は脱アメリカ化を進める」との題で強い米国非難の社説を掲げたのが10月13日だ。

社説はざっと次のように主張する。米国はモラルの高い国だと自負してきたが、捕虜を虐待し、無人機攻撃で市民を虐殺し、各国首脳にスパイ行為をしてきた。パックス・アメリカーナの下で、米国は暴力や紛争を減らしてはいない、貧困や難民も減らしていない、真の永続的な平和ももたらしていないなどとして、世界の脱アメリカ化は自然の流れだというのである。

中東、アジアにおける米国への反発に加えて、欧州諸国は、同盟国であるNATO諸国の首脳さえ、米国が情報活動の対象とし、携帯電話に至るまで盗聴していた可能性に強い不満を示している。

オバマ政権の米国は明確に中東、アジア外交に失敗し、同盟諸国の信頼に影を落としている。

アジアに日本あり

このような状況の中で日本が果たせる役割は非常に大きい。田久保氏はこれを「日本にとって絶好のチャンス」だと断ずる。

「強すぎる米国のそばでは日本は何もしない国であり続けます。いま、米国が少し後退している。その分を日本が積極的に補完していけば、日米関係は飛躍的に強くなります」

安倍晋三首相の掲げる積極的平和主義外交は、政権発足以来の首相の外交実績に裏打ちされて確かな果実をもたらしつつある。安倍政権は日本の戦後の内閣で初めて外向きになった内閣であると、田久保氏は評価する。

「安倍首相は米国が存在感を示そうとしない中で、フィリピンのアキノ大統領と会談し、巡視艇10隻の供与を決定、ベトナムのズン首相との会談では海洋を巡る安全保障の連携強化で一致し、5億ドル(約450億円)の円借款の供与も決め、日越経済関係の強化を約束しました。要所要所でアジアに日本ありという存在感を示しているのです。このような安倍外交こそ、日本にとってもアジアにとっても理想的なのです」

加えて豪州に強力な保守政権が生まれた。アボット新首相はアジアでは日本と協力し、日米豪の関係を緊密化すべきだという考えの持ち主である。安倍首相にとって大いなる協力者となる豪州の新政権の誕生は、自信をもって現在の路線を進めよという、時代の潮流が発する日本への応援歌であろう。

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