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闘うコラム大全集
- 2024.06.13
- 一般公開
中国の董軍国防相が国際会議で暴走
『週刊新潮』 2024年6月13日号
日本ルネッサンス 第1101回
5月31日から6月2日まで、シンガポールで「アジア安全保障会議」(シャングリラ会議)が開催された。会議初日に基調講演を行ったのはフィリピンのマルコス大統領だった。氏は南シナ海における中国との対立に関連して、「一人でもフィリピン国民が死亡するような事態が発生すれば、それはルビコン河を渡った、レッドラインを越えたことを意味する。我々は対応する」「我々の条約国(米国)はその場合、フィリピン支持で共同行動をとると信じている」と語った。
水砲でフィリピン船を損傷させ、怪我人を出してきた中国への断固たる警告だ。翌日、オースティン米国防長官が、さらにその翌日、中国の董軍国防相が演説した。
オースティン氏は広い視野から世界の安全保障を語り、殊更な中国非難もなかった。他方、董氏は冒頭からデカップリングやサプライチェーンなど、米国と西側社会が中国排除を目指す貿易制限政策を批判した。米国と西側諸国は乱暴で排他的だと論難し、中国の世界戦略はそれとは対照的で「国際社会への愛と非侵略政策が基本だ」と胸を張った。
「国境問題や海上での争いについて、我々が事件をおこしたり実力行使に及んだことは皆無だ」「中国は紛争を対話と相談によって解決することを旨としており『ジャングルの法』を軽蔑する」と言うのだ。
「ジャングルの法」は「無法の法」とでも訳せばよいのか。フィリピン政府が南シナ海のスカボロー礁の領有権問題を常設仲裁裁判所に訴えて勝利したことを当てこすっていると思われる。
ロシアのウクライナ侵略戦争に関しては、こう語った。
「我々は軍民両用のモノの輸出を厳しく管理しており、戦争を激化させる如何なることもしていない」
専門家の間では、中国の援助なしにはロシアは戦えないほど中国の対露援助は膨大だというのが定説だが、中国はロシアに軍民両用のいかなるモノも輸出していないと主張しているわけだ。
「台湾問題に片をつけます」
次に氏は「中国の核心的利益の中の核心的利益」である台湾に触れて、年来の主張を繰り返した。つまり台湾は中国の一部であるのに、米国と名指しはしなかったが外部勢力が「ひとつの中国」原則をサラミ戦術で切り崩そうとしている、台湾の独立分子に武器を供給し、中国封じ込めに動いていると非難した。中国の分断、中国からの独立の動きは人民解放軍(PLA)が断固として制圧する、そのとき台湾は悲惨な状況に陥るとおどろおどろしい論説が続くのはいつものことだ。だが満席の会場で董軍氏に聞き入っていた世界の専門家たちが本当に驚いたのは、講演後の質疑応答を聞いた時だろう。
一巡目の質疑で韓国、独、米、印、タイの5か国の識者、研究者、コラムニストなどの問いに董氏がまとめて答える運びになった。それに対して董氏は、「質問が多彩だ。流石、シャングリラ会議だ」と奇妙に感心し、「時間の関係もあり、早速答えたい」と言って始めた。しかし董氏は事実上どの質問にも答えず台湾についてのみ語った。
歴史的、司法的視点から台湾は紛れもなく中国領だという主張を支えようと、台湾は1000年以上前から中国の管轄権下にあったとの説を持ち出した。だが、同説には歴史的根拠は全くない。
滔滔と語る董氏にシャングリラ会議の主催者であるシンクタンク、国際問題戦略研究所(IISS)のバスチアン・ギゲリッチ総裁が思い余ったように口をはさんだ。
「言いたいポイントはわかりました。中東とウクライナの質問に1分でよいですから答えて下さい」
だが董氏は構わずに言った。
「まず台湾問題に片をつけます」
再び演説を始めた董氏にギゲリッチ氏がまた懇願した。
「もう10分も台湾について話しています。他の質問にも、1分でよいです、答えて下さいませんか」
丁寧な言葉遣いの要望にも董氏は、台湾問題は中国の国内問題だと力を込めて言い渡した後、ようやく南シナ海の状況を語り始めた。
「航行の自由作戦? なぜこのことがいつも問題になるのか。なぜだ」
航行の自由作戦を展開する米国への不満が強い口調でほとばしり出た。二巡目の質疑は米国、オランダ、日本の専門家らの質問だった。米国の研究者は、会議初日のマルコス氏の「レッドライン」発言に関して「この危険な状況に中国は如何に対処するのか、南シナ海での水砲の使用を止めるつもりはあるか」と尋ねた。
「3~4分しか時間がない中でこんな難しい問いには答えられない」と董氏は拒否し、スカボロー礁に関する中比両国のやりとりを「中国風」に解説し、次のように結論づけた。
「(フィリピンのやり方は)ブラックメールでハイジャック(犯)のルールだ。中国はいつもルールに基づいた国際秩序(の枠内)でやっている」
習主席向けの発言
董氏の発言をどう読むか。明らかに国際社会に向けてというより、習近平主席向けの発言だ。発言が強硬なのは習氏の考え方を一所懸命に反映した結果であろう。独裁者習氏が台湾問題で強硬論に傾きつつあるのではないかと推測するゆえんだ。氏はこんなことも語った。
「国際組織はひとつだ。国連とその中核組織だ。国際秩序もひとつだ。国際法に支えられた国際秩序だ」「国連の権威は高められ、国際法は守られなければならない」
現実を見れば、国連は中露が拒否権を行使するために事実上機能停止となっている。その国連の権威を強化する、或いは国際法をもっと守るとはどういうことか。
習氏と中国共産党の深謀遠慮がここに透視される。スタンフォード大学フーバー研究所の上席研究員で著名な中国問題の専門家、エリザベス・エコノミー氏がフォーリン・アフェアーズ誌(5~6月号)で次のように書いた。
中国は国連や国際法を換骨奪胎して中華風に作り直す野望を抱いているが、エコノミー氏は中国がその目標達成のために如何に熱心かつ地道に支持を広げてきたか、具体例を示している。たとえば中国国営通信社の新華社は世界に180の支局をもつ。CNNの2倍である。外交においても中国がおよそ全ての国々に大使や総領事を派遣しているのに対し、米国は約30か国で大使が不在である。米国がウッカリしている間に、中国は地道に動いているというのだ。
オースティン氏は、欧州、中東問題も大事だが米国の優先度はインド・太平洋にあり、同地域の安全と繁栄を守ることが米国の安全保障政策の核心だと語っている。アジアの安全が保たれて初めて米国は安全でいられるとする米国の、日本への期待は非常に大きい。そこで安全保障を考えるとき、結論はいつも同じになる。日本は一体どうするつもりか、憲法改正はまだかということだ。
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