闘うコラム大全集

  • 2024.08.01
  • 一般公開

米国は「力による平和」で台湾を守るか

『週刊新潮』 2024年8月1日号

日本ルネッサンス 第1108回


「2024年の選挙はドナルド・トランプが負けることになるが、まだ何とかなるかもしれない」


これは7月21日の米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)の社説冒頭である。WSJがこんな社説を書いた理由は、その同じ日、バイデン氏の大統領選挙撤退表明を受けてトランプ氏が悪態の限りを尽くしてこう発信したからだった。


「老いぼれジョー・バイデンは大統領選に出る資格も、その務めを果たす資格もなかった。彼が大統領職に就いたのは嘘とフェイクニュースのおかげ、それにずっと地下室にこもっていたからだ。医者もメディアも周りの連中は皆、彼に大統領としての能力がないことを承知していた。事実はそのとおりだった」


右の口汚い攻撃は、戦い易い相手であるバイデン氏が撤退したことへのトランプ氏の不満・挫折感ゆえだというのがWSJの分析だ。本来ならトランプ氏はバイデン氏の決定を歓迎し、米国に敵対する勢力に向けてバイデン政権に残された任期の不安定さに付けこまないよう警告するなど、ある種の品格と判断力を示すべきだとWSJは主張したわけだ。


共和党支持を旗幟鮮明にするWSJがトランプ氏の一言一言に一喜一憂しているのが見てとれる。同紙にこれほどの危機感を抱かせるほど、米国の分断は深刻で、その深い傷を癒やす事なしにはトランプ氏の再選も確実ではなく、米国の再生もあり得ないと考えられているのだ。


強い党派性によって烈しく対立する米国政治の現状について、トランプ氏は指名受諾演説で「分断されたアメリカ社会をひとつにする」と誓った。それでも演説では予定外のバイデン批判をつい、展開してしまった。トランプ氏自身がより安定した情感を持てなければ、再選後の第二次政権はうまくいかず、米国の近未来は安定しないという危惧は、幅広く共有されているのではないか。


尚武の国


共和党がトランプ氏の下で目指すものは何か。7月8日発表の政権綱領は「米国を再び偉大な国にする」「忘れられた米国の男女に捧げる」との表題を掲げた。


米国を「真実と正義と常識の国にする」として20項目を列挙したが、それは米国の安全、豊かさ、偉大さを取り戻す、米国へのいかなる危険も脅威も受け入れないという固い決意の表明だった。終始、周辺国、とりわけ中国の意向を気にするわが国の政策とは好対照を成す。


20項目の筆頭が、国境封鎖である。封鎖した上で史上最大規模の不法移民送還を実現するという。インフレを抑制して皆が豊かに暮らせる国にする。米国をエネルギー大国、製造業大国にする。大幅減税を行い、チップは無税にする。米国を新たな記録的な成功に導き国をひとつにまとめる、などと続いている。


年金制度や高齢者向けの公的医療保険制度(メディケア)の維持、強化など国内向けの内容がほとんどだが、尚武の国を象徴して「力による平和」を確固として示している。


強い軍事力なしには国益も守れず、敵対国の情けに縋らなければならないのは常識だ、第三次世界大戦の勃発を防ぎ、欧州及び中東に平和を実現する、米国全土を米国製の鉄のドームで守る、とも明記した。


世界最強の軍をさらに強化するとの考えは常に中国の脅威を受ける日本にとってこの上なく心強い。「わが国は米国を頼るばかりの国ではない」と岸田文雄首相は4月にアメリカ議会演説で見得を切った。その立場からしてわが国は、トランプ政権がどのような外交・安全保障政策を考え、同盟国に何を求めているか、ウクライナ戦争を直ちに停戦に導くと言うトランプ氏がどんな中国政策を考えているか、注目せざるを得ない。


共和党綱領は書いている。中国を最恵国待遇から外す。重要戦略物資の中国からの輸入を漸減する、中国による米国土及び産業・企業の買収を止める、と。その手法についてはさて措くとして、驚くことに台湾については一言もない。イスラエルについては

「我々はイスラエルと共にある」と明記し、同盟諸国には「合同防衛」(Common Defense)に貢献する責務を果たせと要求したが、台湾は素通りしている。


政策綱領だけではない。トランプ氏自身の台湾関連発言にも、わが国はわがこととして注目せねばならない。6月25日、ブルームバーグビジネスウィークの取材に応じ、中国の攻撃に対して米国は台湾を防衛するかと問われ、トランプ氏は長い回答を披露した。自分は台湾の人々をよく知っており尊敬しているが、と断って、語った。


「彼らは我々の半導体ビジネスを100%奪った。我々は何とバカなんだ」「そのおかげで台湾は非常に金持ちだ。台湾は我々のことを保険会社のように見做している。なぜ我々はこんなことをしているのか」


戦争を招く発言


トランプ氏はさらに続けた。


「(台湾は米国から)9500マイル(約1万5300キロメートル)だ。駆けつけるのも大変だ。台湾上空に着いたと思ったらすぐに引き返さなければならない」「問題はこの3年半の間に、中国がロシア、イラン、北朝鮮と組んでしまったことだ。今や世界は全く変わった。バイデンが中露を結婚させてしまった」


新「悪の枢軸」4か国の結びつきをトランプのアメリカが恐れ、それ故に台湾防衛に駆けつけるか否かを明確にしないのだととられてしまう。トランプ氏は、自分は如何なる戦争の勃発も阻止すると豪語したが、右のような発言こそが戦争を招くのではないだろうか。


「力による平和」は極めて真っ当な現実認識だ。だからこそ、新「悪の枢軸」がもたらす深刻な脅威について世界中の国々が考え、対策を打つためにも世界最強の軍を有する米国の意向を気にするのだ。


共和党が経済、軍事共に力を強化する方針であるのは心強い。だが、その力をどこまで同盟国や世界に及ぼしてくれるのだろうか。その点で台湾に対する共和党綱領もトランプ氏の発言も深刻かつ重大な米国の変化を示している。少なくともそう考えておくことが大事だ。


地政学上、台湾が中国に席巻される事態を日本は受け入れられない。国益を大いに損なう。歴史的経緯を考えても、現実の地政学を考えても、わが国と台湾は事実上の運命共同体である。水面下であらゆる援助を行い、共闘体制を築くべきだ。日本の安全の為にも、憲法改正が必要だ。


大統領選挙まであと3か月余り、共和党政権が誕生すると仮定して、共和党には疑問も抱かざるを得ない。政策綱領を見る限り、トランプ氏の発想を超える大戦略を共和党が有していると思えないからである。わが国日本の体たらくを横に措いて言えば、大戦略とそこに到達するための政策の積み重ねが米国政治から見てとれないのが気がかりだ。

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