闘うコラム大全集

  • 2024.10.10
  • 一般公開

石破新総裁で自民党は迷走する

『週刊新潮』 2024年10月10日号

日本ルネッサンス 第1117回


石破茂氏が自民党総裁になれば、日本経済は失速し、わが国は貧しい国になる。ずっと、私はこう書き、語ってきた。そして今、そのとおりの兆候が生まれている。


総裁選の第一回投票で高市早苗氏が石破氏をおさえ一位に立つと、株価は高騰し、為替レートは多くの企業の業績を改善する円安に振れた。決選投票で石破氏が逆転した途端に、株価は急落し円は高目に逆ブレした。休日を挟んだ9月30日、日経平均は一時2000円超も下がった。


経済成長を重視するよりも財政規律を優先する余り、増税路線を採用し日本をデフレの冷たい地獄に沈めようとするのが財務省だ。その財務省ががっちりと支援し、掌中に握っているのが、新総裁となった石破氏である。立憲民主党代表に就任した野田佳彦氏も同様に財務省の言うなりの人物だ。


両氏がテレビ番組で同席しているのを見ると、風貌も、財務省主導の財政規律重視で増税策に傾く政策も、女系天皇容認で日本の国柄の基をゆるがせにする考え方も、およそ全て酷似している。加えて同じ年生まれ。まるで「超党派双子兄弟」だ。並んで座る両氏の間には自民党と立憲民主党の違いなどないように見える。


石破氏が打ち出した安全保障の考え方にアジア版NATO構想がある。立憲民主党の前身、民主党代表を務めた鳩山由紀夫氏も東アジア共同体構想なるものを打ち上げた。双方共に、恐らく十分な準備などなく、本人の思いつきで発信したものであろう。日本の国益を十分に考慮して提案したものとは到底思えない。


アジア版NATO構想は早速、「非現実的であるだけでなく、戦略的にも賢明でない」(スティムソン・センター、グリエコ上級研究員)などの批判を浴びた。石破氏は日米地位協定の見直しにも言及したが、それに対しても米国側から疑問と不安の声が届いた。すると氏は急遽、米シンクタンク「ハドソン研究所」に「日本の外交政策の将来」を寄稿した。


信頼失墜


主旨は、中国を抑止するにはアジア版NATO創設が不可欠だ。アジアにはすでにQUAD(日米豪印)、AUKUS(米英豪)、日米韓の実質的な「3か国同盟」などがあり、日本はカナダ、豪州、フィリピン、インド、英、仏などと「2+2」も開き準同盟関係にある。これらの同盟関係を格上げすれば日米同盟を中核としたアジア版NATOに発展させることが可能だ。米国の拡大抑止戦略は機能しなくなっており、それを補うのはアジア版NATOで、米国の核シェアや核の持ち込みも具体的に検討すべきだというものだ。


石破氏は自らの政権で日米同盟を米英同盟並の水準に引き上げ、わが国は独自の軍事戦略を持ち米国と「対等な国」になる、とも書いた。


日米関係の強化も、安全保障面における日本の独立も、反対する理由は全くない。問題はどのように具現化するかだ。わが国が米国と共にアジア版NATOの中核になるということは、メンバー国が攻撃された場合、わが国は侵略を受けたその国のために自衛隊を派遣して戦う、ということを意味する。それが今の日本にできるのか。首相に就任する政治家がそのように重大な変化への具体的道筋を示すことなく発言するのは大問題で、信頼失墜につながる。


石破氏は現実を見て日本国の舵取りをすべきだ。今、わが国の眼前には中国の核の脅威が迫っている。それは想像をはるかに超える次元に達しており、地位協定の見直しやアジア版NATOなどに時間と労力を割く余裕があるとは思えない。


中国の核能力の増強振りは尋常ではない。現時点で500発の核弾頭を保有する中国はこれまでの「最小限抑止戦略」(自国防衛のために核は持つが、最小限にとどめる)を捨て去り、「相互確証破壊戦略」(核攻撃を受ければ必ず撃ち返し相手国を破壊する)を採用し始めた。


この戦略的転換の背景に中国の核がこれまでとは異次元の域に達したという事実、そこから生まれる中国の自信があるだろう。シンクタンク「国家基本問題研究所」の研究会で中国の核戦力は地上発射の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が主力であること、そのミサイルを発射するサイロを350基以上、中国は完成させていることが報告された。


ICBMのサイロに限って言えば、米国のサイロ約400基に迫り、ロシアのサイロの2.5倍に相当する。中国は現時点でおよそ240発の戦略核弾頭を米本土に撃ち込む体制を整えているというのだ。


小泉悠氏の所属する東京大学先端科学技術研究センターと小原凡司氏の所属する笹川平和財団の共同研究で、中国のサイロ場を民間の衛星を使って定点観測した映像がある。それを見ると各サイロは地中に掘られた穴の中にキャニスターと呼ばれる巨大な筒が埋めこまれ、ミサイルはこの中に納められている。各サイロは2.5~3キロメートル間隔で建設されている。


中国の実態


一方、こちらは国基研の衛星画像分析で明らかにされたことだが、サイロ場には送電線が張り巡らされ、2車線の立派な道路が走っている。各サイロは152メートル×87メートルのフタで被われており、フタは二重の鉄条網の囲いで守られ、さらにその外側はがっちりと土盛りされている。万が一、サイロ内で爆発があるなどした場合に備えたものであろう。


バイデン政権の高官は8月、中国が各サイロにミサイルを装填し始めた可能性が高いと語っている。中国は年間50基のICBMを、又、2030年にはICBMに搭載する核弾頭を年間100発ほど生産する能力を持つと見られている。そこから計算すると、2028年、4年後には中国の350基のサイロ全てにミサイルが配備されることになる。


また、専門家は中国のサイロが地下でつながっている可能性が、確たる証拠はないのだが否定できないと指摘する。もし、そうなら、核弾頭を装填したミサイルの入っているサイロと、空のサイロを組み合わせて、どこに本物のミサイルが入っているのか、分析を複雑化させようとしている可能性があるという。中国の実態はここまで来ているのである。


米国の敵対国は中国に限らない。ロシア、北朝鮮、潜在的にはイランも含まれる。米本土の防衛能力が下がれば、米国の拡大抑止の信頼性も低下する。そうなってしまうことは、日本の国益に反する。日本ができることは、米国と補完し合って両国の力を強化することだ。そのために具体的な議論を今こそ進めなければならないと専門家は強調する。


たとえば米国の戦略爆撃機への空中給油を航空自衛隊が行えるようにすれば、米軍による日本周辺の哨戒時間は長くなる。このような共同行動こそが対中抑止になるとの指摘に耳を傾けるときだ。「幻想だ」と冷笑されたアジア版NATOよりも、こちらの方がずっと現実的だと思うが、どうか。

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