闘うコラム大全集

  • 2025.06.12
  • 一般公開
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尖閣危うし、危機に気付かない日本

『週刊新潮』 2025年6月12日号

日本ルネッサンス 第1149回


5月3日、中国の海警船2302から飛び立ったヘリコプターがわが国尖閣上空の領空を侵犯した。この事件は対日戦略で中国側が新たな局面に入ったことを示しており、わが国は最大級の警戒心をもって対処しなければならない。しかし石破茂首相は関心を示さず、岩屋毅外相は中国を刺激しない方策に汲々とする。これでは尖閣防衛も、日本有事と同義の台湾有事への対処も覚束ない。


まず、尖閣上空の領空侵犯事件の概要である。わが国の民間機が尖閣海域を守る海上保安庁を激励するために尖閣への飛行計画を当局に申請した。同情報は海保を所管する国土交通省や外務省などの知るところとなり、岩屋氏は中国を刺激するのを恐れて民間機の飛行計画を取りやめさせるよう関係省庁に指示を出した。民間機はそれでも諦めず、5月3日、新石垣空港を飛び立ち、午後0時18分に尖閣上空の領空に入った。


すると中国の海警船2302も同じ0時18分にわが国領海に侵入、同船搭載のヘリはその3分後の0時21分に飛び立ち、図々しくもわが国の民間機を追い出す構えをとった。民間機は海保の警告を受けて5分後に退避、中国のヘリはそれを見届ける形で0時36分まで領空を侵犯し、海警船2302に帰艦した。


その後中国側は、外交部、海警局などが一斉に、中国領の尖閣領空に日本の民間機が侵入した、国際法に基づき中国側がコントロール措置を講じたと発表、日本に対してこのような事態を二度と引き起こすなと厳重に抗議したと発表したのである。


一連の事象から二つのことが明らかだ。第1点は民間機が領空に入ったまさに同じ時刻の0時18分ぴったりに海警船が領海侵犯したように、中国側が民間機の飛行計画も含めて詳細な情報を事前に入手していたことだ。


第2点は今回の尖閣領空への日本の民間機による飛行を中国側が利用して「侵入者は日本、排除したのが中国」、つまり尖閣を領有するのは中国で日本ではないという構図で認知戦を加速させたことだ。


「中国のサラミ戦術」


領空侵犯は重大かつ深刻な国際法違反である。シンクタンク「国家基本問題研究所」企画委員で元空将の織田邦男氏は、空における主権は絶対的であり、領空侵犯事案では主権国、つまり日本は出来るだけ早く侵入機を排除するか、さもなければ撃墜するのも当然だと主張する。


今回のあからさまな侵犯行為に見られるように中国は各海域で軍事行動を活発化させており、中国の軍事的脅威を感じさせないよう周辺国に配慮する方針をやめたと思われる。長年ワシントンで世界情勢を分析してきた双日米国副社長で元海上自衛隊佐世保地方総監、吉田正紀氏が語る。


「日本には今回の事件を中国のサラミ戦術のひとつと見る傾向があります。しかし、日本のサラミはもう残っていない。全て切られ尽してあとは尖閣を奪われるだけです。危機の水位はそこまで上がっています」


台湾有事は目前に迫っており、それはまさしく尖閣・日本有事、さらに日米安保の有事だということを、現段階では米国の方が日本よりも実感している、日本国の危機感は非常に薄いと、吉田氏は警告する。


米国防長官ヘグセス氏は5月31日にシンガポールのアジア安全保障会議で講演し、トランプ政権のインド太平洋の安全保障構想を初めてまとまった形で明らかにした。ヘグセス氏は、インド太平洋を米国の優先地域と位置づけ、トランプ大統領が「自分が見ている中で中国が台湾を侵略することはないと語っている」ことを紹介した。


ヘグセス氏はさらに米国は中国と敵対する気はなく、目的は戦争防止であり、そのために同盟国・友好国と強力な抑止力を築き上げると強調した。他方、中国の脅威は現実であり、台湾侵攻に向けて2027年までの準備が進んでいるとも訴えた。


米国は同盟国・友好国と努力するが、万が一侵略抑止に失敗したら、「断固として戦い、勝利する」と宣言し、3つの施策を発表した。⓵米軍の前方展開の在り方を改善する、⓶同盟・同志国の戦力を強化する、⓷米防衛産業を再建する、である。


一連の措置の中で、最も重要な役割を担うのが実はわが国である。ヘグセス氏も在日米軍司令部の強化こそ日米同盟の重要な取り組みを反映したものだと、日本への期待を強調した。


米国で同盟国によるより大きな協力、貢献を求める声が強くなりつつあるのはもはや周知の事実だが、中でも注目されるのが国防次官のエルブリッジ・コルビー氏と、元次官補のイーライ・ラトナー氏である。


コルビー氏は次官就任までシンクタンク「マラソン・イニシアチブ」の代表を務めていた。現在その研究所を引き継いでいるのがラトナー氏だ。コルビー氏が共和党、ラトナー氏が民主党、両氏の政治的スタンスは異なるが、立場の差を超えて両氏の考えは近いといえる。


「戦いは近づいている」


共和、民主両党に各々強い影響力を有する両氏は、ヘグセス氏同様、揃って27年までに中国の台湾侵攻に向けた準備が整うと警告する。目前の台湾有事に強い危機感を抱きつつ、両氏共に現状を冷静に分析して活路を模索している姿勢には大いに共鳴できる部分が多い。『フォーリン・アフェアーズ』の電子版に寄稿したラトナー氏の論文、「太平洋防衛協定・アメリカには対中国で新アジア同盟が必要だ」はとりわけ示唆に富む。


習近平中国国家主席が27年までに台湾侵攻の準備を完結せよと指令を出したことを、23年に明らかにした当時のCIA長官のウィリアム・バーンズ氏が、そのあとに語っている点に注目せよと、ラトナー氏は言うのだ。


「バーンズ氏は続けてこう指摘した。中国の指導者らは習氏の指示した侵略を完遂できるか否か、疑問を抱いている」「中国側のこうした疑問を持続させることが米外交の最優先事項だ。そのために台湾への如何なる攻撃も最終的に受け入れ難い犠牲を伴うということを、北京に納得させなければならない」


そこでラトナー氏が提唱したのが日米豪比の4か国が中枢となる「太平洋防衛協定」である。そして現実はそのとおりに動いていることを感ずる。シンガポールでのアジア安全保障会議で中谷元・防衛相は日米豪比4か国防衛相会議に参加した。


その会議で合意されたことを端的に言えば、「戦いは近づいている、27年は目前だ、我々はどうしても中国を抑止しなければならない、その余地はある、しかし、こちら側も相当な努力をしなければならない」ということだ。


石破、岩屋両氏のように、中国に気兼ねして国家の一大事である領空侵犯についてさえ強く抗議できないようでは、4か国によるどんな形の協力関係を謳い上げても実効力を発揮できないのではないかと懸念するのは自然なことなのである。

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