闘うコラム大全集

  • 2026.05.21
  • 一般公開
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日本こそ中堅国家群を率いる時

『週刊新潮』 2026年5月21日号

日本ルネッサンス 第1195回


トランプ米大統領と習近平中国国家主席の首脳会談を眼前にして、米紙ニューヨークタイムズ(NYT)が5月9・11日の1面で中国の米国観を紹介した。イラン戦争で武器装備を大幅に消耗した米国の台湾防御の能力に、中国が公に疑問を呈し始めたというのだ。


NYTは「中国の軍事、地政学の専門家らは、イラン戦争は米国の弾薬備蓄の消費にとどまらず、米国支配の輝きを失わしめた」との中国人の受けとめ方を報じつつ、一方で、中国が戦略的優位に立ったとの考えは明示していないと解説する。「我々の勝ちだ」というあからさまな意思表示は、深謀遠慮の策略の国、中国は行わないということだ。


NYTはその上で中国人民解放軍は過去半世紀、大規模戦争の経験がないこと、政治的粛清で弱体化しているとの分析を示した。米中双方が注意深く相手方の力と意図を探り合っているのが現状だ。


輝きを失う米国と、欧州の関係も確実に変わりつつある。EU(欧州連合)委員長のフォン・デア・ライエン氏はカナダ首相、カーニー氏の言う中堅国家の団結をずっと前から静かに進めている。彼女は豪州、インド、インドネシアや、南米諸国で構成する経済連合のメルコスールと、自由貿易協定を締結済みだ。貿易に関して、基準を設置し、安全保障を担保し、安定性を強化する。この3分野で関係性を強め、米国の無茶苦茶な関税政策や中国の不条理極まる強圧外交に対抗する構えだ。EUは自らが得意とする制度設計能力を遺憾なく発揮して着実に変化を遂げているのだ。


東南アジア諸国連合(ASEAN)は、弱小国の伝統として強い国には逆らわない。米中双方の長所短所を見つつ、自国の生き残りを模索する。彼らの立場では当然のことだ。


中国はASEANにしたたかに食い込んでいる。ASEANの重要性は安倍晋三総理が明確に認識していた。高市早苗首相も同様に足下のアジアをどれだけ重視しているか、連休中の外遊から読みとれる。


「パワー・アジア」戦略


ちなみに連休中、高市氏と閣僚10人が計21か国を訪ねた。中国を除くアジア、アフリカ、米欧とバランスよい展開は、高市氏、木原稔官房長官、萩生田光一幹事長代行の目配りの結果である。石破茂氏が首相だった去年の連休では、官邸からの指示は何もなく、複数の閣僚らが同じ国を訪問する珍事態に陥ったのとは対照的だった。


高市氏はまずベトナムを訪れ、次に豪州に足を運んだ。ベトナムはフィリピン、インドネシアと共にASEAN11か国中、最重要の国だ。米中双方を戦争で打ち負かしたベトナムではあるが、大国相手の二つの戦争の大変さは彼らの骨身に沁みている。ベトナム外交はその分、深く複雑だ。


彼らはそもそも環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に早くから加わり、米国と共に事実上の中国封じ込めを図った。ベトナム戦争の敵国、米国とは95年に国交を回復し、その傍ら、彼らは習氏の手法をそっくり真似て国内の安定につなげている。


習氏が中国共産党総書記と国家主席を兼ねているように、ベトナムの最高指導者トー・ラム氏はベトナム共産党書記長と国家主席を兼ねている。かつてベトナムは右の二つの役職に加えて首相と国会議長の4人による集団指導体制を執っていたが、中国式独裁体制を選んだのだ。


ベトナムの国家経済目標は2045年までの高所得国入りだ。経済成長を確かにするには強い指導力で産業、経済政策を推進することだ。そこで中国式独裁的統治を志向した。TPPで見られたように、一旦中国と距離を置こうとしたベトナムが再び中国をモデルとし、接近し始めたのだ。背景には20%という高い関税をベトナムにかけたように、どこに行ってしまうか当てにならない米国がある。日本にはかつてのような力がない。中国接近は或る意味、自然の成り行きでもある。


そこに高市氏が訪れた。氏はASEAN各国中、ベトナムを最初の訪問国に選んだ。政府要人によるとトー・ラム氏は殊の外それを喜んだという。


ベトナム国家大学での高市氏の演説は過去20年にわたる両国の宇宙協力の成果として、ベトナム初の地球観測衛星「LOTUSat―1」をODA(政府開発援助)で日本企業が製造し、贈与するという夢のある話題から、日本政府の「パワー・アジア」戦略の第一号案件としてベトナム最大の「ニソン製油所」に400万バレルの石油を供与する実益の見え易いプロジェクトまで、幅広い内容だった。


わが国の準同盟国


先の政府要人が語った。


「ベトナムの石油備蓄は50日分、それが米・イラン戦争で尽きかけています。困窮している国に理想だけ言うのは無意味です。高市政権は事前に援助策を具体的に発表しました。『パワー・アジア』はアジア諸国へのエネルギー資源援助が柱です。そこにわが国が100億ドル(約1兆6000億円)の基金を出すと表明、これはASEAN全体が消費する1年分の石油を賄う額です。加えてニソン製油所には早々と400万バレルの援助を確約しました。こうした実際の支援策があって初めて彼らが中国に傾きすぎるのを止めることができます」


ハノイに程近いタンロン工業団地では、日本企業205社が10万人の従業員を雇って、中国依存度を下げるべくサプライチェーンの拠点を築いている。再び先の要人が語る。


「驚きは高市首相とレ・ミン・フン首相の共同記者会見で、ベトナム政府が初めて、自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)支持を表明したことです。これまで日越会談の内々の場では支持していましたが、公に表明したことはなかった。FOIPは事実上の中国包囲戦略ですから、中国を恐れて支持できなかった。それが今回はきちんと表明した。このことの意味は、実に大きい」


次に訪れた豪州での成果も大きかった。豪州は安倍総理の国葬に首相経験者4人を送ってくれた。アルバニージー氏、ハワード氏、アボット氏、ターンブル氏である。その後も彼らは私人の資格で日本に旅行に来ること頻りである。


そこには単に日本が好きというより、戦略論から言って、日本との協力体制こそが豪州の未来を担保するとの確信があるはずだ。豪州はこれまで米国の戦争の全てに参加してきた、米国の忠実な同盟国だ。C・ハミルトンの名著『サイレント・インベージョン』に明らかなように中国の影響を深く受け、危うく国家を乗っ取られそうになった豪州は、中堅国家団結の必要性をどの国よりも実感している。事実、アルバニージー首相はカナダのカーニー首相よりも前に、中堅国家の団結を提唱していた。


その豪州を訪問して、高市氏は豪州をわが国の準同盟国だと宣言した。実に的を射た決意表明だ。米中会談において米国がきちんとした政策を貫くことを期待しつつ、わが国が中堅国家群を率いて力を構築する構えができつつある。

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