闘うコラム大全集

  • 2026.07.09
  • 一般公開
  • NEW!

高市大戦略、まず足下の危機解決だ

『週刊新潮』 2026年7月9日号

日本ルネッサンス 第1202回


6月中旬、フランス・エビアンにおける先進国首脳会議(G7)で高市早苗首相は重要鉱物(レアアース)の共同備蓄構想を提示して歓迎された。しかし、中国を名指しして提案した折角の戦略構想が肝心の国内で固め切れていないために、足下から揺さぶられている。大戦略を言い出したわが国自身が中国に手痛い敗北を喫しかねない状況なのだ。こんなことでは国際社会はおろか、国内産業さえ中国の脅威から守り通すことは難しいのではないか。


事件は5月に発生した。18日に1人、25日に1人、富士電機社員が中国・大連で相次いで拘束された。容疑はレアアースに関連した「国家輸出入禁止貨物密輸罪」だったと木原稔官房長官が発表した。


詳細は後述するが、実は内閣官房参与の細川昌彦氏が富士電機を筆頭に多摩川精機、山洋電気など具体名を挙げて、早急な対策なしにはこれらの企業が誇る世界トップ水準のモーター技術が奪われかねないと官邸に警告していた。


高市氏への報告は3ヶ月以上前だったが、結果を見れば所管官庁の経済産業省は何ら対策を講じていなかった。果たして高市氏は所管大臣の赤澤亮正氏に指示をだしたのか、赤澤氏との意思疎通はできているのか、疑問を抱かざるを得ない。


まず、細川氏が警告した現場状況を見てみよう。氏は各企業への聞き取りを基に官邸に報告しており、そこには現場の窮状が反映されている。


問題の発端は中国が重希土対日輸出を完全に止めたことだ。レアアース全体量の90%超が軽希土で、重希土は5~10%だが、これなしには最先端技術の製造はできない。中国問題の専門家の中には、中国のレアアース対日輸出は続いており、日本企業にはかなりの備蓄があると主張する向きもある。しかし、最も重要なのは重希土なのだ。その最重要の7種類の重希土と、これらを使った高性能磁石の対日輸出を中国は昨年4月から全面的に止めている。


中国アッシー


今回富士電機社員はサーボモーターの製造に関する容疑で拘束された。産業用モーターは多種多様だが、とりわけ重要なのが超高速で精密、正確に作動するサーボモーターだ。これを組み込むことで、世界一の半導体製造装置、世界で最も精密な工作機械、ミサイル発射装置、レーダー、艦艇、無人機、原子力潜水艦、人工衛星、産業用ロボットなど、およそ全ての先端技術が出来上がる。


製造業の頭脳と言われるサーボモーターの製造でわが国は世界一の技術を有する。これを中国はなんとしてでも奪いたい。それが今回の2人の拘束事件につながった。


中国はレアアースを武器として他国の先進技術を略奪する悪名高い国である。サーボモーターの製造には重希土(それを使った高性能磁石)が欠かせない。その供給を断たれた日本の企業は高性能磁石をもらうために渋々中国でサーボモーターの組み立てを始めた。これを業界人は中国アッシーと呼ぶ。部品の組み立て、即ちアセンブリーの略称だ。


中国側は日本企業を中国に誘い込むことで技術を盗む魂胆だ。組み立てには多くの非常に機微な技術が必要だ。日本企業が長年、人材と資金を投じて研究し、努力して開発した技術を、中国はレアアースを武器にして濡れ手に粟で盗もうと企む。


日本企業側には過去の苦い記憶がある。今彼らが中国側の供給に頼り切っている高性能磁石だ。2010年、尖閣諸島での中国漁船衝突事件をきっかけに、中国政府はレアアースの対日輸出を止めた。


当時わが国は高性能磁石で世界トップの技術と実績を誇っていた。しかし、重希土なしには製造できない。中国は高性能磁石を製造していたわが国企業全てに、中国で生産すれば必要な重希土は供給すると働きかけた。そして全社が中国に工場を作り、全社の技術が奪われた。今、中国は高性能磁石で世界を席巻し、わが国も彼らの供給に依存する有様だ。


レアアースを使って高性能磁石を作る。高性能磁石を使ってサーボモーターを作る。サーボモーターを使って前述のようにおよそ全ての最先端技術を作る。この一連の工程の上流から下流まで全てを、中国は自己完結しようとしているのだ。


中国政府の意図は日本側の全員が承知しているが、と細川氏は語る。


「企業は製品を作り続けなければ存続できない。ここで苦肉の策として中国アッシーの道を選ぶ。高性能磁石の供給を受けた上で中国での製造工程をなるべく少なくして中間製品を作り、日本に輸出して完成品にしようとしたのです」


全員野球


日本企業は中国当局から常に、もっと多くの工程を中国でこなすよう圧力を受ける。日本企業は中国での工程を最少にしたい。そのせめぎ合いの中で中間製品を日本に持ち帰るわけだ。細川氏が続ける。


「中国側はレアアースをどの製品のどの部分に、どのように使うのか、高度の産業機密情報まで出せと要求します。こんな厳しい環境に置かれれば、技術は必ず奪われる。社員の安全も確保できない。だから、リスク含みの中国アッシーを速やかに中止させ、日本国内での生産を増やさなければならない。それを私は高市首相に報告したのです」


中国に頼らずに日本で高性能磁石やサーボモーターを作ることは、実は可能なのだ。但しそのためには政府主導の産業政策の転換が必要だ。


そしてこれこそ、G7で高市氏が提案したことだ。G7で加盟国および価値観を共有する国々が、重要鉱物のサプライチェーン構築で協力し合う仕組みを提案したのは、まさに中国が重希土を武器化して輸出を止める場合を想定してのことだ。


わが国は尖閣諸島での事件以降、レアアース備蓄の必要性を痛感し備えてきた。驚くことに、不十分であっても政府主導で備蓄をしてきたのは日本だけである。G7各国は日本の「専門的知識」を大いに取り入れようと共同声明に書き込んだ。


わが国が中国の圧力を躱(かわ)し、各社の優れた技術を守り通すには、たとえば信越化学工業などによる高性能磁石の増産体制を支えること、必要な材料を豪州の企業・ライナスなどから高値であっても購入するといった施策を早急にすべきだと、細川氏は具体例を挙げる。


世界で最も強く中国の圧力を受け続けるわが国の生き残りの道は、圧力に屈しないことだ。そのための大戦略を高市氏が世界に示したことは大いに評価する。しかし、足下で進行中の危機に対処することなしには戦略は画餅に終わる。


高市氏は戦略構想を練る一方で、国内産業基盤の実情に内閣としての目配りを欠かしてはならない。一人で全てに当たろうとするのではなく、周りの人材全員に存分に働いてもらえるよう、心配りが必要だ。わが国日本は大きな国だ。一人では到底背負いきれないことを自覚して、全員野球を目指すのが国益である。

言論テレビ 会員募集中!

生放送を見逃した方や、再度放送を見たい方など、続々登場する過去動画を何度でも繰り返しご覧になることができます。
詳しくはこちら
Instagramはじめました フォローはこちらから

アップデート情報など掲載言論News & 更新情報

週刊誌や月刊誌に執筆したコラムを掲載闘うコラム大全集

  • 異形の敵 中国

    異形の敵 中国

    2023年8月18日発売!

    1,870円(税込)

    ロシアを従え、グローバルサウスを懐柔し、アメリカの向こうを張って、日本への攻勢を強める独裁国家。狙いを定めたターゲットはありとあらゆる手段で籠絡、法の不備を突いて深く静かに侵略を進め、露見したら黒を白と言い張る謀略の実態と大きく揺らぐ中国共産党の足元を確かな取材で看破し、「不都合な真実」を剔抉する。

  • 安倍晋三が生きた日本史

    安倍晋三が生きた日本史

    2023年6月30日発売!

    990円(税込)

    「日本を取り戻す」と叫んだ人。古事記の神々や英雄、その想いを継いだ吉田松陰、橋本左内、横井小楠、井上毅、伊藤博文、山縣有朋をはじめとする無数の人々。日本史を背負い、日本を守ったリーダーたちと安倍総理の魂と意思を、渾身の筆で読み解く。

  • ハト派の嘘

    ハト派の噓

    2022年5月24日発売!

    968円(税込)

    核恫喝の最前線で9条、中立論、専守防衛、非核三原則に国家の命運を委ねる日本。侵略者を利する空論を白日の下にさらす。 【緊急出版】ウクライナ侵略、「戦後」が砕け散った「軍靴の音」はすでに隣国から聞こえている。力ずくの独裁国から日本を守るためには「内閣が一つ吹っ飛ぶ覚悟」の法整備が必要だ。言論テレビ人気シリーズ第7弾!