元気になるメルマガ

  • 2013.03.31
  • 一般公開

美しい国の美しい季節に見る日本人の死生観

 3月28日、熊本県菊池に行ってきました。美しく平和な佇まいの中
、あちらにもこちらにも驚くほど多くの桜の森があるのに目を奪われま
した。日本全国、3月から4月、東北地方では5月になっても、花に包
まれます。こうして自然の美しさを堪能出来る国はなんという素晴らし
い国でしょうか。その花を愛でることの出来る私たちは、なんという幸
せな国民でしょうか。

 津々浦々、日本には本当に多くの桜の名所があります。けれど、菊池
にはとりわけ心惹かれる美しさと昔から伝わる日本人の心のあたたかさ
があるような気がしました。菊池で聞いた素晴らしいはなしをご紹介し
ましょう。

 毎年4月の第1週の頃、そう、丁度今頃です。咲き匂う満開の桜の木
の下で、地区毎に総出で、墓地に集まり、先祖祭りをするのだそうです
。菊池ではお墓というお墓に多くの桜の木が植えられています。いえい
え、お墓だけではありません。先ほど触れたように、どこもかしこも桜
の森なのです。野にも山にも、街道筋にも、川堤にも、あらゆるところ
に桜が植えられています。

 私はこれまで多くの地域の、多くの見事な桜を楽しんできましたが、
菊池は地域全体が花に包まれているという点で、突出しているように思
いました。余りの見事さに陶然として、圧倒されました。

 案内して下さった30歳そこそこの芹川大毅さんが語りました。

「僕は暫く菊池を離れて関西にいたんですが、時期が近づくと必ず親か
ら電話がかかって来るんです。先祖祭りだよって。急いで戻ってきて、
若い衆の1人として準備をします。皆でご馳走や美酒を持ち寄り、花の
下でご先祖と一緒に1日飲み明かすんです」

 先祖祭りに集う人々は、地区によっても異なりますが50人から10
0人規模だそうです。菊池の人口は約5万4,000人、その多くの人
々が、声をかけ合って集まるのです。故郷を離れている人々にも誘いを
かけて戻ってきてもらいます。そしてご先祖さまと一緒に桜の花の下で
過ごすのです。本当に素敵なはなしです。

 案内役について下さったもう1人、小佐井美保さんが言いました。

「商売をしている私たちは中々、先祖祭りだからといって一日お墓で楽
しむことは出来ません。むしろ働きどきなんです」

 彼女は地元のホテル、笹乃家で副支配人として働く若く元気なお母さ
んです。先祖祭りの時期は忙しくてご先祖さまと共に桜を愛でることは
難しくても、法事は盛大に催すそうです。

 先祖祭りにも法事にもお酒はつきものです。皆さん熊本県人ですから
飲みっぷりも豪快です。小佐井さんに酒量を尋ねると、「1升でとめて
おくようにしています」とのことでした。いいですねぇ。

 彼女が言いました。

「法事では家族だけでなく隣近所、ゆかりのある人たち全員をお招きし
て、数十人単位のにぎやかな供養をします」

 これも素敵なことです。


「先祖がとりもつ現代の縁」

 菊池で生まれ、或いは育ち、或いはご縁があって菊池に引っ越してき
た人たちは皆、ご先祖を介してつながっていくわけです。亡くなった方
々の霊魂が、生きている人々の縁を深めてくれる。物語のように不思議
なことですね。こうした精神世界は、東京のような大都会に住んでいる
と、どこか遠い遠い世界のことのように思います。けれど、これこそ本
来の日本人の宗教観であり、生き方死に方でした。

 民族学者の柳田國男も江藤淳さんも、日本人の死生観に関して、日本
人は先祖の霊魂と共に生きる人々であるということを指摘しています。

 柳田國男は、日本人は肉体は滅びても霊魂はこの国の上空のどこかに
おられて、いま生きている私たちを見守っていて下さる、そう信じて暮
らしてきたのが日本人だと書いています。

 そのとおりですね。ですから、私たちはお盆になると、ご先祖の霊魂
のために迎え火を焚きます。自分の家に帰ってくる道を間違えないよう
に、目印として火を焚いてお待ちするのです。

 お盆の間は、燈明をあげて、家族や親戚の出来事や子供の成長振りな
どを報告します。そのうえでご先祖さまの浄土での暮しが万事満ち足り
て幸福なものであることを願います。お盆が終わると今度は、来年のこ
のときまで生者の私たちを見守って下さるようお願いして、浄土での日
々が幸福に満ちているように願って、名残を惜しみつつ、送り火を焚い
てお見送りし、しばしの別れとします。

 こうした日本人の死生観、宗教観を江藤さんは、死者と生者は共に同
じ風景を見詰めている、それが日本だと指摘しています。


「現在(いま)につづく日本人の精神世界」

 私は柳田國男や江藤さんの描いた精神風土こそ、日本人の原点だと考
えています。けれど近年、大きな町での生活では、そのような精神世界
を垣間見ることが少なくなったように感じていました。ご先祖を祀った
お仏壇はもういらないという声や、お墓を守ってくれる人がいないため
に、お墓はいらないという声などが頻繁に新聞などで報道されます。悲
しいですね。

 でも、そのような気持は菊池に行って吹き飛びました。ここには、そ
して多くのその他の地域にも、ご先祖祭りのような風習がきちんと生き
続けています。よき日本の伝統は確実に伝えられているのです。

 菊池では菊池神社に詣でてきました。なだらかな山々が連なるその山
上近くに建立された菊池神社は「万本桜」でも知られているそうです。
地元の人々が神社の裾に広がる小振りの山々に、万本の桜を植え、いま
、この地ははるか彼方まで満開の桜で包まれるようになりました。

 高台に上って見渡しました。唸りました。感動しました。呆然とした
といってよいでしょう。それはそれは美しく、地上の浄土かと思ったほ
どです。花が咲き、鳥が啼き、子供たちが戯れ、散る花びらを浴びなが
ら大人たちがゆったりと見詰めています。明るい陽射しの下、はるか彼
方の山々の峰までうす桃色の桜の花に染まっています。このように広い
広い彼方まで桜で埋まっている地域を、私は初めて見ました。

 そして神社さんの山々のあちらにもこちらにもお墓があるのです――
ここまで書いてふと気がつきました。お墓は通常お寺さんにあるもので
すが、なぜ、神社の山々にお墓があったのでしょうか。満開の桜に陶然
として私はそのことを疑問にも思わず、従って質問もせずに戻ってきま
したが、今度、菊池神社さんに伺ってみることにしましょう。

 あちらこちらにあるお墓はどれも皆、桜に囲まれ、陽光の中で墓石に
花びらが散り落ちていました。ご先祖の霊がみな、桜の花吹雪を楽しん
でいたのです。

 なんという幸せな光景でしたでしょうか。脳裡に「願はくは花の下に
て春死なん、そのきさらぎの望月のころ」と詠んだ西行が浮かびました
。彼が歌に込めたのは、四季折々の美しさに満ちる大和の国で、とりわ
け美しい満開の桜、爛漫の春の喜びに溢れている風景の中での安らかな
眠りのイメージだったのだと思いました。

 日本人が描く死後の世界は、暗いものではなく、美しく、かつ優しさ
と喜びに包まれたものだった――少なくとも私はそう思い、しみじみと
、日本に生まれたことを幸せだと感じたことでした。


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