闘うコラム大全集

  • 2014.05.15
  • 一般公開

同盟があっても大事な自主独立の気概

『週刊新潮』 2014年5月8日・15日号
日本ルネッサンス 第606回


いま世界、とりわけアジア太平洋地域は、100年に1度と言ってよい大変化の中にある。野心満々の中国の膨張主義、対照的に、もはや国際間の争いに介入したくないオバマ大統領の内向き政策が、アジア及び世界の秩序を揺るがしている。

4月23日から25日まで、国賓として日本を訪れた大統領は、日本、韓国、マレーシア、フィリピンへの歴訪で、失地回復を目指したが、一度揺らいだアメリカの影響力を回復するのは容易ではない。

日米関係は、孤掌鳴らし難しというのが安倍晋三首相とオバマ大統領の会談を通して抱いた印象である。日本が迎えた大統領は、2泊3日で39時間半、滞在した。夫人の同行なしに来訪した国賓が日本に残した印象は、決してあたたかいものではなかった。寿司店ののれんの前で、安倍首相と握手をしながら見せた満面の笑みも、自然発生的なものというより計算に基づく人工的な香りがした。笑顔も対日コミットメントも、前もって考え抜いた戦略戦術を淡々と実行したビジネスライクな印象だった。

外交の本質とは、しかし、本来そういうものである。ただ、外交も人間の営みであるからには、同盟国の首脳外交には何がしかの人間的信頼やあたたかさがあってほしい。その部分がオバマ大統領からは殆ど感じとれなかったのである。

一方、日本の次に訪れた韓国で、オバマ大統領は異なる表情を見せた。しめった感じのする朴槿恵大統領と並んだときに見せたオバマスマイルはむしろ自然な風情を漂わせており、「日本を取り戻す」と頑張っている安倍首相よりも、歴史における被害者の立場を訴え続ける朴大統領と波長が合うのではないかと感じた場面である。

だが、オバマ大統領訪日で、日本は実は非常に大きな収穫を得た。共同記者会見での大統領発言として、或いは共同声明でのアメリカの正式な意思表示として、尖閣諸島を含む日本国の施政権の及ぶ領土は、日米安保条約第5条の適用対象だと明確にコミットしたことだ。

「画期的」な首脳会談

国務、国防両長官にも同様の発言があるが、大統領発言の重さは比較にならない。シンクタンク「国家基本問題研究所」副理事長の田久保忠衛氏が言論テレビの番組で語った。

「これまでアメリカ政府は、領有権についてはどちらにも与しない、当事国が平和的に解決してほしい、但し、尖閣が武力攻撃された場合は、日米安保条約第5条を適用して日米共同で対処するとしていました。尖閣問題を微妙にふたつに分けていた。

ところが今回、日本の施政権の及ぶ全ての領土に安保条約第5条を適用すると宣言した。離れていたふたつをひとつにした。日本にとって、非常に大きなプラスです」

中国が激しく反発したゆえんであり、安倍首相が語ったように日米首脳会談は「画期的」だったのだ。

問題はTPPである。甘利明TPP担当大臣の苦々しさを滲ませた表情に対し、フロマン通商代表の晴れ晴れとした表情は対照的だった。両氏は4月に入ってから日米首脳会談まで実に41時間も交渉したが、交渉事でアメリカが如何に強硬になり得るか、田久保氏が四十数年前の日米繊維交渉を取材した体験から語った。

「1970年代初め、日米間で繊維交渉が行われました。佐藤栄作首相とニクソン大統領の時で、通産大臣は宮澤喜一氏。アメリカの圧力は現在の比ではありません。
 ワシントンのホテルでの宮澤氏とスタンズ商務長官の交渉を、我々は扉の外で聞き耳を立てていた。すると、テーブルを叩く凄まじい音がし、『これがわからないのか、お前は!』と怒鳴るスタンズの声が響いてきました。暫くして宮澤氏が蒼白な顔で部屋を出て来たのです。
 交渉では、彼らは具体的数字を示して迫ってきます。どうしても、そこまで獲得しようとする。四囲を海で守られた日本人は厳しいせめぎ合いをあまり経験してこなかったし、交渉の厳しさにも晒されてこなかった。一歩も引かないぎりぎりの交渉がどれほど厳しいものかを知らない。日本人は穏やかな性質なのです」

今回、TPPの交渉で、日本側は「血の出るような譲歩を重ねた」と関係者は語る。焦点の豚肉の関税について、それを受け入れればアメリカ産豚肉の対日輸出は確実に増える水準まで譲ったという。しかし、それでもアメリカ側は首肯しない。加えて自動車について、日本国内のレギュレーションまで変えよと要求した。人命や安全性に関することでは到底、譲れないと、関係者は続ける。

フロマン氏の交渉姿勢は傲慢だと、この人物は言う。そこには、尖閣を守ってやると明言し、軍事行動まで確約したことへの見返りを要求する側面もあったと考えてよいだろう。

節度ある不介入

だが、これらすべては交渉の内なのだ。田久保氏が一連の交渉から見えてくることを、次のように語った。

「甘利担当相を起用した安倍首相からは、今回の厳しい交渉を、一段高い見地からどうしても推進させ、日本の国益を実現しようとする意志を感じました。久し振りに見る大局観のある政治家だと思います」

交渉はそれでもまとまらなかった。TPPは、中長期的には加盟国の経済を大幅に押し上げるだけでなく、民主的ルールの確立によって、中国を現在の異質な体制から脱皮せしめる力を有し、また短期的には対中抑止能力を構築できる、優れた戦略なのである。だからこそ、両首脳、とりわけオバマ大統領はもっとリーダーシップを発揮すべきだったのだ。

日本側の血の滲むような努力をしたという記憶と、アメリカ側の要求し続けたという記憶が相まじる中で、オバマ大統領が韓国で語ったことが日本側に後味の悪さを残したのは当然であろう。大統領は、慰安婦問題について、「甚だしい人権侵害だ。戦争中の出来事とはいえ、衝撃を受けた」「(元慰安婦らの)主張は聞くに値し、尊重されるべきだ」と語ったのだ。

大統領は一体、どこまで慰安婦問題の真実を知っているのか、疑問に思う。歴史問題にこそ、アメリカは軽々に介入すべきではない。オバマ大統領は朴大統領の主張にのみ共感を感じ、安倍首相の主張には最初から拒否感を抱いているのではないか。アメリカが一方的に介入すれば、戦後の日本社会でのアメリカ軍の振舞いを含めて、日本にも言いたいことが多く出てくるだろう。だが、そんなことは日米関係にとって決してプラスではない。だからこそ、節度ある不介入が望ましい。

同盟国同士でも厳しい交渉や理不尽な歴史非難はつきものだ。私たちはどんなことをも乗り越える強さと誇りを養わなければならない。オバマ大統領の言動で、そう痛感したところだ。

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