闘うコラム大全集

  • 2014.06.12
  • 一般公開

“中国は悪者”がアジア諸国の基本認識

『週刊新潮』 2014年6月12日号
日本ルネッサンス 第610号


5月30日から6月1日まで、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議は画期的だった。参加諸国の高い支持が日本に集まり、強い批判と反発が中国に集中した。

30日の基調講演で、安倍晋三首相が「法の支配」という言葉を12回口にし、持論の積極的平和主義とそれを具体化する集団的自衛権の行使や国連PKOを含む国際協力推進のために法的基盤を整えていることを語ると、会場に盛んな拍手が湧いた。

首相に同行した萩生田光一総裁特別補佐が、拍手はまだあったと語る。首相演説の後、中国軍人が「未来に貢献するには過去を直視する必要がある。昨年末、安倍総理は靖国を訪問したが、中韓はじめ日本軍に殺害された多くの人々にはどんな態度を示すのか」と質したときだ。

「首相が先の大戦への痛切な反省に言及し、『国のために戦った方に手を合わせ、冥福を祈るのは世界のリーダーに共通の姿勢だ。日本はこれからもひたすら平和国家として歩む。このことを、皆様の前で宣言する』と、堂々と答えたのです。すると、会場が大きな拍手に包まれました」

靖国参拝の件で期せずして起きた拍手は、参拝は日本が過去の歴史を反省せず、軍国主義と覇権に走る証拠だ、などと考える国が中国と韓国、北朝鮮以外にはおよそないことを示しているのではないか。日中間で問題を起こしているのは中国であり、中国の言い立てる歴史問題は政治的思惑によるものだと、いまやどの国も識っているのである。

会議の空気は、むしろ中国に非常に厳しかった。翌日演説したヘーゲル米国防長官は、安倍首相が中国への直接的な非難を避けたのとは対照的に、名指しで、防空識別圏の一方的な設定を含む東シナ海、南シナ海の中国の蛮行の事例をあげて、「威嚇、強制、力の行使は断固許さない」「米国は見て見ぬ振りはしない」と、厳しく非難した。

嫌なら国際法を守れ

いま、南シナ海では西沙、中沙、南沙の三諸島を中国が侵略中だ。74年にベトナムから奪った西沙海域では石油掘削を行い、中沙で軍事施設を築けそうな唯一の岩礁、スカボロー礁はすでに2年間、実効支配し、南沙ジョンソン南礁では埋め立て工事を進める。中国が一挙に拠点を築き上げるとき、軍事バランスは大きく変わり、南シナ海は事実上、中国に奪われる。

その現実認識が、ASEAN諸国や米国に、法の支配の強化と抑止力構築を急がせる。安倍首相の積極的平和主義が平和と秩序に貢献するとして歓迎される理由である。

従来の日本外交とは対照的に積極的に貢献する姿勢を明示した首相、及びヘーゲル国防長官への、中国の反応は実に興味深かった。中国人民解放軍副総参謀長、王冠中氏が6月1日に演説したのだが、氏は前もって準備してきた演説を一旦横に置いて、もう我慢ならないとでも言うかのように、日米を非難し始めた。

氏の予定稿には、アジア・太平洋の安全のために、日本を含めて基本的ルールを設定し、互いに会談を重ねるべきだという尤もな提言が含まれていた。だが、予定稿にはなかった非難はかなり感情的だった。首相演説及びそれよりはるかにあからさまに中国を非難したヘーゲル演説を聞き、恐らく本国と打ち合わせをしてお墨付きを得たのであろう、執拗に安倍、ヘーゲル両氏を非難したのだ。

王氏は、安倍、ヘーゲル両演説は中国を狙い打ちする点で「事前に調整されていた」と言い、「安倍氏が中国を名指ししようがしまいが、如何にうわべをごまかそうが、聴衆は彼が中国を標的にしていたことを理解した」と、憤った。それ程非難されるのが嫌なら、国際法を守ればよいのだ。氏はさらに安倍首相とヘーゲル長官を較べて「自分は(はっきりと名指しで中国を非難した)ヘーゲル氏の方が好ましいと思う。言うべきことがあれば、直接に言え」と安倍首相をなじった。名指しであってもなくても、安倍首相のおよそすべてを、中国は非難するのだ。

それにしても氏の演説は嘘だらけだった。日米は覇権主義で、脅迫、強制に偏し、不安定化と破壊をもたらすと繰り返し、「中国は一度も領土の主権及び海の境界設定で問題を起こしたことはない」と言うのだ。

王氏の主張が偽りに満ちていることは既に指摘したが、彼の言う危機回避のルール作りも、むしろ日本が呼びかけてきたのに、中国側が応じていないのである。その結果発生した危険な事例のひとつが5月24日、東シナ海の公海上空で、自衛隊の情報収集機にミサイル搭載の中国軍戦闘機が30メートルの近さまで異常接近した事件だった。王演説の嘘の主要な点だけでも押さえておこう。

・中国は常に平和裡に物事を運び、地域と世界で平和に貢献している

・中国は常に公正かつ正義に適った行動に徹している

・中国は対話と協調を掲げる

・中国は調和ある安全保障と開発によって近隣諸国に調和と安寧と繁栄をもたらしている

・中国はアジア太平洋諸国と友好的な軍事協力と協調を推進している

・中国は領土、主権、海洋権益の争いを適切に処理している

本当によくも言えたものだ。氏も中国も、恥知らずにもなぜこんな嘘がつけるのか。元防衛庁情報本部長の太田文雄氏が、『日本の存亡は「孫子」にあり』(致知出版社)で、解は孫子の教えにあると書いている。

嘘は賢い道

孫子には、「兵は詭道なり」との教えがある。詭道とは即ち騙すことだ。孫子は戦わずして勝つのが最善で、そのための手法は謀略だと教えている。謀略とは情報を操り、ありとあらゆる手段で相手を騙すことだ。騙しと謀略が最善の手段だと徹底的に教え込まれてきた中国人にとって、嘘は恥ずべきことではなく、むしろ、賢い道なのだ。

そう考えれば、王氏の真っ赤な嘘の羅列の意味がわかる。太田氏は、日本も孫子に学べと警告する。

日本の情報活動は、中国のそれにはとても追いついていない。しかし、今回シンガポールで日米豪、日米韓の3か国会談に加えて9か国の国防大臣と会談した小野寺五典防衛大臣は、戦闘機異常接近事件について、こうした会談で少なくとも3回、語ったと述べている。日本が従前から主張してきた法の支配の重視、力による変更は許されないという考え方も、この1年で相当浸透し支持されてきたと実感した、との感想も述べている。安倍外交の情報発信が効いているのだ。

中国が恐れるのは、自国が如何に21世紀の大国に相応しくない蛮行を重ねているかを知られることだ。今からでも遅くない。中国の行動を具体的に世界に知らせ、果敢に情報戦を展開することだ。

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