闘うコラム大全集

  • 2014.11.27
  • 一般公開

対中戦略なきオバマ大統領の敗北

11月の第2週、アジア太平洋地域の首脳陣が中国の北京からミャンマーのネピドー、豪州のブリスベンへと一斉に移動した。北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)、ネピドーでの東アジア首脳会議(EAS)、ブリスベンでの20カ国・地域(G20)首脳会議開催に合わせての動きだが、並み居る首脳の中で最も精彩を欠いていたのが、世界の大国アメリカのオバマ大統領だった。


同大統領は国賓として中国を訪れ、習近平国家主席と、散策を含めて、都合10時間語り合ったと発表された。昨年6月の習氏のカリフォルニア訪問を彷彿させる。


後世、この首脳会談はアメリカの権威の陰りを象徴する場面として、人々の記憶に残るだろう。それほど両首脳の明暗は際立っていた。一連の会談を貫いたのは、何が何でもアメリカと肩を並べ、大国の地位を確立するという中国の決意と戦略の巧みさだった。対してアメリカは終始、戦略を欠いた感を否めない。


首脳会談後の12日、両首脳が共同記者会見に臨み、習氏が口火を切った。氏は「米中両国は新型大国関係の発展を進めることに合意した」との言葉で発言を開始し、「ゆるぎない精神とあくなき努力で、米中は新型大国関係の構築をさらに進める」と締め括った。


「新型大国関係」は、中国が切望する、中国と米国を軸とする世界秩序である。太平洋を二分して米中が各自の領域を守る、互いに協力はするが各自の核心的利益は尊重する、というような内容だ。こんな合意を進めれば、アメリカは、台湾、チベット、南シナ海、尖閣を中国の核心的利益として認めることになる。


冒頭と結語で新型大国関係について触れつつ、習氏は、米中が協力し合うことになった案件を両国の緊密さを示す事例として大いに喧伝した。


金融、経済、軍事、対テロ、環境、ビザなど10余りのプロジェクトをひとつひとつ紹介し、太平洋は中米二つの大国の発展(development)を受け入れる十分な広さがあると、「太平洋分割論」をAPECの場で堂々と強調したのだ。


ASEAN諸国は様子見


APECに先駆けて10月に創設したアジアインフラ投資銀行(AIIB)は全面的に開放されていると語り、AIIBを警戒するアメリカに参加を呼びかける挑戦的な発言もあった。


AIIBのみならず、BRICSによる新開発銀行設立に合意し、シルクロード基金(400億ドル)の創設も決めた中国は、約4兆ドルといわれる外貨準備を活用し、カネをアジア太平洋地域にばら撒いて、アメリカや日本の資金力を基軸とする現行の金融・経済の主役に取って代わる野心を見せているのだ。


習氏の自信に満ちた発言の後、オバマ大統領が語ったが、これほど戦略的思考を欠いた発言も珍しい。アメリカは中国の成功を期待する、中国を疎外しない、中国経済のおかげでアメリカ経済も成長したと、くどいほど繰り返し、こうも語った。


「両国関係を新たな地平に引き上げる」


その前日(11日)の夕食会でも大統領は、「米中関係を新たな段階へ引き上げたい」と語っていた。


中国の言う新型大国関係に事実上、同意しているのではないかと解釈される脇の甘さを露呈した発言である。この種の発言は、米中関係における米国の後退を印象づけ、APECに続いて行われたEASでの議論に顕著な影響を与えたといえる。EASの声明の対中姿勢が、たとえば今年5月のASEAN首脳会議の声明と較べて、大きく後退したのである。


5月の首脳会議では、ベトナムが領有権を主張する海域に、中国が大型石油掘削船を派遣し、掘削を開始したこともあり、ASEAN諸国の危機感は強かった。議長声明で中国の行動に「深刻な懸念」を表明し、28項目の合意事項を決めた。


そこには、「民主主義の推進」「よき統治」「法の支配」「人権と自由の擁護」「紛争の平和的解決」「国際法の原則」「南シナ海の行動規範」「国連海洋法条約」など、明らかに中国を念頭に置いた項目が繰り返し登場する。これに較べると、11月の声明は殆ど沈黙したに等しい。


ASEAN諸国の首脳発言も低調だった。アメリカの支持を背景に対中強気発言を繰り返してきたフィリピンのアキノ大統領は、2月4日に中国をナチスドイツにたとえて、激しく非難したが、今回は様変わりだ。


「我々は(領有権問題を)これまで声高に叫んでなどいなかった」「建設的な解決法を見つけたい。南シナ海問題を最重要の問題とすることはしない」などという具合である。


アキノ大統領のみならず、ASEAN諸国はアメリカの弱気を察知して、対中対立姿勢から転じて、様子見をしているのだ。大国アメリカが揺らげば、ASEAN諸国はひとたまりもなく中国に屈服せざるを得ないことが今回のEASで鮮明になった。


弥生時代に遡って…


アメリカの後退と中国への恐れから明確な中国批判は影をひそめたが、南シナ海、東シナ海における中国の蛮行はおさまるどころか悪質さを増している。中国は約40年前にベトナムから奪った西沙諸島の永興(ウッディー)島に10月、軍事用滑走路を完成させた。同島は中国が2012年に一方的に設立した海南省三沙市の核をなす島で、南シナ海を統括する人民政府も置かれている。


ベトナムが領有権を主張する永暑島(ファイアリークロス礁)の埋め立ては今年6月頃に始まっていたが、いまや南沙諸島の中で最大規模の0.9平方・に達している。そこには中国人民解放軍海軍陸戦隊(海兵隊)200人が駐屯し、ヘリポートや大型艦船用の埠頭も完成済みだ。今後、滑走路の建設と対空ミサイルの配備が進むと見られている。


また中国は、10月17日、「中国が支配する、南沙諸島の7つの岩礁のうち、6つで人工島建設が進行中」と発表した。6つの岩礁を島にして、レーダーを設置すれば、中国軍は容易に南シナ海全空域を監視できる。制空権の確立は制海権の確立に通ずる。


中国の膨張はとどまるところを知らないかのようだ。極めつきは南シナ海領有権の根拠である。今年6月、中国人民解放軍副総参謀長は「中国は2000年前から南シナ海の島々を領有している」と語っている。


日本の弥生時代に遡って、中国に領有権があるという馬鹿馬鹿しい主張である。


このような中国に、オバマ大統領はきちんと対処できないのである。大国の首脳としての気概を欠くオバマ外交が、中国を一気に野蛮なる大国の座に押し上げる最大の要因だ。国際秩序も、法も超えようとする異形の中国に、安倍首相は断じて、オバマ大統領のように精神的に屈してはならない。

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