闘うコラム大全集

  • 2015.02.19
  • 一般公開

ISILを口実にウイグル弾圧する中国

『週刊新潮』 2015年2月19日号

日本ルネッサンス 第643回


中国政府がウイグル人を「テロリスト」と疑って取り締りを強化する明白なきっかけとなったのが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件だった。

 

江沢民主席(当時)は翌年10月25日にテキサス・クロフォードのブッシュ大統領(同前)の私邸兼牧場を訪れ、イスラム原理主義勢力のテロリストに関する情報を提供すると同時に、中国内のウイグル人による抵抗運動をテロと結びつけ始めた。テロとの戦いを最優先したブッシュ大統領は結果として、中国政府の不条理なウイグル人弾圧に目をつぶった。

 

そしていま、世界はISIL(イスラム国)の脅威に直面している。中国政府はここぞとばかりにイスラム過激派と国内のウイグル人のイメージを重ねて、弾圧を強めつつある。

 

1月末に来日した世界ウイグル会議代表のラビア・カーディル氏は、中国政府のウイグル人弾圧は、習近平氏が国家主席となってから、とりわけ激化したと訴える。だが、それ以前から中国当局のウイグル人弾圧は際立っていた。

 

ウイグル人の子どもたちはもはや学校ではウイグル語を教えてもらえない。小中高大の全レベルでウイグル語が排除されたのは2006年だった。中国は、言葉の次に宗教を奪おうとする。すでに、18歳未満のウイグル人はイスラム教の信仰を、教育関係者はイスラム教関連の行事への参加を禁止され、違反した場合、教師は職を失う。イスラム教徒と一見してわかる容貌や身なりの者はバスに乗車することさえ許されない。

 

昨年夏のラマダン(断食月)の時、ウイグル人の大学生はラマダン参加を禁止され、配られた食事や飲み物を口にするよう強要された。「破戒」を恐れる学生たちが拒否すれば、大学からの追放や学位剥奪の処分が待っていたという。


おどろおどろしい宣言

 

ウイグル人から言葉と宗教を奪い漢民族への同化を強要する中、昨年4月27日から30日まで、習近平主席が新疆ウイグル自治区の首都、ウルムチを視察した。習主席は同自治区が中国政府の構想する新シルクロード経済圏に占める役割の重要性について語り、新疆での開発の促進と辺境警備の強化を強調した。


対して同月30日午後7時、習主席に危害は及ばなかったが、ウルムチ南駅の前で爆発事件が発生した。習主席の訪問時には厳しい警備体制が敷かれていたはずだ。選りに選ってその厳戒態勢下で起きた爆発事件に習主席は激怒したと伝えられる。彼は直ちに果断な対テロ闘争を命じ、その後、同自治区トップの張春賢書記は、「超強硬な措置と常規を超える手段」による対テロ戦争の発動を表明した。このおどろおどろしい宣言は確実に実行に移された。カーディル氏が語った。


「昨年1年だけで、世界ウイグル会議が把握した中国によるウイグル人虐殺事件は、少なくとも37件発生しています。最もひどかったのが、7月のヤルカンドの虐殺です」

 

ヤルカンド虐殺事件は、去年7月28日に発生した。同事件に関して中国当局とウイグル人側の主張は真っ向からぶつかる。中国当局はこれを「ウイグル人テロリストが警察署を襲撃したのが発端」で、「国内外のテロ組織が結託した悪質な事件」だと発表、犠牲者は96人と公表した。

 

しかし、現場は直ちに封鎖され、外国メディアは立ち入りも取材もできなかった。AP通信が、「独立メディアの報道がない状況下では、政府は容易に敵を悪魔化できる」と報じたように、真相は不明である。

 

他方、カーディル氏はこう語る。


「あのとき、イスラム教徒はラマダンを迎えようとしていました。中国当局はラマダンの断食を禁止し、ウイグル人は止むなくそれに従いました。しかし、ラマダン終了前には聖なる夜があって、男性たちはモスクに、女性たちは家に集まり、祈りを捧げます。中国当局はそこを狙ったのです。2軒の家に女性たちは各々十数名ずつ集まって祈りを捧げていました。そこに中国当局の武装勢力が踏み込んで女性たちを殺害した。モスクから戻った夫たちは驚き、警察署に行った。これがヤルカンドの事件の始まりです」

 

カーディル氏は、警察署に訴えに行ったウイグル人を、警察当局が「派出所を襲撃にきたウイグル過激派」と見做して、ほぼ全員を殺害したあと、武装警官を派遣し、ヤルカンドの村を包囲した、住民の大半が殺害され、犠牲者は2000人に上ると主張する。

 

ラジオ・フリー・アジア(RFA)は、「6歳の子どもまで全員殺された。死者は3000人以上」という現場の住民の声を伝えた。

 

中国の主張する犠牲者96人でも大変な数だが、2000人或いは3000人となれば、文字どおりの虐殺である。張書記の「超強硬な措置と常規を超える手段」という恐ろしい宣言を想起せざるを得ない。


ウイグル人の狙い撃ち

 

無慈悲な虐殺はその後も続いている。カーディル氏が来日した1月28日、ホータン地区の検問所で3人のウイグルの若者が警官を襲撃し逃走、その後射殺されたというニュースが北京発時事電で報じられた。

 

カーディル氏は、3人のウイグル人は16、17、18歳の少年で、恐怖心から逃走したと説明した。

 

同事件の詳細をRFAが伝えている。それによると、3人の内の1人を警官がトラックに押し込もうとしたとき、少年たちがナイフで警官全員を殺し、逃走したというのだ。翌日、150名の警官で構成するSWAT(警察特殊部隊)が派遣され、まず、2人を見つけ、わずか1~2分で射殺し、その翌々日には16歳の少年も射殺したという。

 

それにしても、10代の少年たちが警備の警官たちをナイフで容易に殺害できるものだろうか。ヤルカンド虐殺事件同様、ホータン事件の真相も実はわかりにくい。確かなことは、中国当局によるウイグル人の狙い撃ちが進行しているということであろう。ISILという許されざるテロ勢力の脅威を、中国政府は自分たちに都合良く利用し、ウイグル人虐殺の口実にしているのではないか。

 

静岡大学人文社会科学部教授の楊海英氏は、中国によるモンゴル人虐殺の実態を研究してきた。氏が明らかにしたモンゴル人虐殺の悲劇は、いまウイグル人及びチベット人に起きている悲劇とぴったり重なる。

 

歴史を振り返れば、中国に虐げられ続けている、これら3民族と日本の関わりには非常に深いものがある。それだけに彼らの日本に対する思いも深い。中国が21世紀のいまも行っている人道に対する罪を告発すべき国があるとすれば、それは日本ではないかと私は思う。日本人も日本政府も、ウイグル、モンゴル、チベット3民族の悲劇を終わらせるため、少なくとも沈黙は許されない。

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