闘うコラム大全集

  • 2015.06.11
  • 一般公開

南シナ海強奪で開き直る中国

『週刊新潮』 2015年6月11日号

日本ルネッサンス 第658号


5月末にシンガポールのシャングリラホテルで行われたアジア安全保障会議では、大国意識を隠そうともしない中国が堂々たる悪役を演じた。国際社会から如何なる非難を受けても、中国の行為がどれほど非道であっても、動ずることなく突き進むと、事実上、宣言した。


中国人民解放軍副総参謀長、孫建国氏は会議最終日の5月31日に演説した。絵に描いたような開き直りの内容からは、アメリカをはじめとする国際社会への侮りさえ感じられた。1年前の同じ会議で中国がどのように振る舞ったかを思い返せば、まさに様変わりである。

 

昨年の同会議では安倍晋三首相が基調演説をし、中国を名指しすることなく、航行の自由、国際法遵守、紛争の平和的解決などを提唱した。米国防長官のチャック・ヘーゲル氏は、首相とは対照的に中国を名指しして厳しい批判を展開した。

 

日米両国の後に演説した中国人民解放軍副総参謀長の王冠中氏は、予定原稿にはなかった激しい非難を日米両国、とりわけ安倍首相に浴びせた。口汚い非難は10分以上続き、航行の自由などを指摘されることを中国がどれ程気にしているかをまざまざと見せつけた場面だった。

 

ところが今年は様変わりである。誰がきいても「嘘ばかり」と思う美辞麗句の演説で、孫氏は平和的開発、地域の繁栄と安定、人類の平和、ウィンウィンの関係、対立ではなく協調を、ゼロサムゲームではなく相互の利益を、中国は正義の道を行くなどと繰り返した。

 

南シナ海では航行の自由に関する問題は「1件もない」「埋め立て工事は、そこで働き、住んでいる人々の生活状況改善のためである」とためらいも見せずに語り続けた。埋め立てとインフラ工事は南シナ海の科学的調査や海難事故などに対応するためだとしつつも、あっさりと「軍事上の必要性を満たすためだ」と認めた。恐れるべき相手はもはや存在せず、中国は如何なることも可能にする力を備えたというかのような態度である。


弱小国の脅え

 

演説後に多くの質問が孫氏に集中した。だが、氏は殆ど気にかけず、質問には演説ですでに答えているとして、応じずに会場を去った。

 

孫氏の尊大な演説と対応は、前日に行った米国防長官、アシュトン・カーター氏の演説に対する中国の回答だと見てよいだろう。カーター氏は貿易とエネルギー輸送におけるマラッカ海峡の重要性を強調し、南シナ海で8平方キロの膨大な面積を埋め立てた中国が、これから先、どこまで埋め立てをするのか不透明だとして中国を名指しで批判し、工事の即時停止を求めた。

 

加えてアメリカは人工島の領有権を認めず、島の12カイリ内でも自由に航行すること、国際社会で規範に明確に違反する中国に対してアメリカはあらゆる国際組織及び地域諸国と連携して対処するとして、断固たる決意を語ったのだ。

 

それに対して余りにも公式的な決まり文句ばかりを並べた孫演説は、カーター演説など気にもかけていないという印象を与えるものだ。

 

傲慢というべきその姿勢は、アメリカがアジア諸国と結束して中国に対処しようとしてもそうはさせないという自信があるからでもあろう。たとえばシンガポールの首相、リー・シェンロン氏である。去年、安倍首相が行った基調演説を、今年はリー首相が行ったのだが、それは、弱小国の脅えの演説だった。

 

リー首相は中国の埋め立てを非難する替わりに、他の国々も皆一方的に石油やガスを採掘し、埋め立て、軍事的プレゼンスを強めていると述べた。確かにベトナムがガス田の共同開発に、フィリピンが探査に乗り出しわずかな面積を埋め立てている。しかし中国と比較するのもおかしい程、小規模だ。南シナ海問題に触れざるを得ないが、中国への批判にならないように工夫したのであろう。

 

リー首相はまた、「太平洋は2つの大国を受け入れるのに十分な広さがある」と米中両国が言うことは「よい兆候だ」と語った。中国が提唱する新型大国関係をアメリカが受け入れるのはよいことだと言っているのだが、それは南シナ海の8割以上を中国領有の海、中国の核心的利益として認めるということだ。全面的に中国の主張を言わされているのである。

 

リー首相が展開した厳しい日本批判は中国に全面的屈服を強いられていることを窺わせた。首相は、戦後70年のいま、「日本は過去の過ちを認め、日本国民は右翼学者と右翼政治家による非常識な歴史の歪曲をはっきりと拒否すべきだ。村山首相は20年前、一般的な意味で謝罪したが、慰安婦や南京大虐殺については曖昧にしようとする意図が見える」と日本に非難の言葉をぶつけたのだ。

 

小国ながら一国の指導者として中国と渡り合う力量を備えていた父親のリー・クアンユー氏が健在だったなら、シェンロン氏はここまで中国になびいた基調演説をしただろうかと、つい考えた。


中国の勝利、アメリカの後退

 

シェンロン氏はかつて中国に脅されたことがある。04年7月、首相就任を目前にして「個人的かつ非公式に」台湾を訪問したときだ。中国政府が直ちに厳しい声明を発表し、「重大な結果を招く」と警告したのである。シェンロン氏は萎縮し、8月の独立記念集会での演説でなんと、台湾独立は支持しないと宣言した。

 

中国にとって、シェンロン氏は与し易い相手であろう。軍事力も経済力も中国と較べれば弱小の、他の東南アジア諸国も同様であろう。

 

アメリカが地域諸国と連携すると言っても、力の効用を確信する中国は、オバマ政権の限界を見ているのである。人工島の12カイリ内に艦船や航空機を進入させるというアメリカの言葉が実行に移され、南シナ海におけるさらなる軍事展開も辞さないとの決意が明らかにされれば、中国は埋め立ての一時停止に合意するかもしれない。その場合でも、完成した人工島や設備はそのまま残り、中国が南シナ海に拠点を得たという実績は残る。

 

オバマ大統領が実力行使に踏み切れない場合、中国はここぞとばかりに敏速に工事を進め、南シナ海を手に入れるだろう。その場合、同海はアメリカに対する核の第2撃能力を築く拠点になると考えられる。

 

いずれの場合も、中国の勝利であり、アメリカの後退なのである。

 

戦後最大の危機を前に、日本がすべきことはただひとつ、アメリカと共に強い抑止力を築くことだ。そうしなければ、南シナ海周辺諸国だけでなく、わが国も中国に削り盗られていく。安倍首相の訪米で新たな段階に入った日米同盟の強化、そのための日本の力の強化しか道はない。

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