闘うコラム大全集

  • 2015.07.02
  • 一般公開

日本の最高学府は責務を果たしているか

『週刊新潮』 2015年7月2日号

日本ルネッサンス 第661回


自民党などが衆議院憲法審査会に招いた参考人、早稲田大学教授の長谷部恭男氏が、選りに選って自民党の進める集団的自衛権の限定的行使容認や安全保障法制は憲法違反だと語り、国会は大混乱に陥った。

 

過日、私はインターネット配信の『言論テレビ』の番組で、小野寺五典元防衛大臣、長島昭久元防衛副大臣と共にこの問題を語り合った。長谷部氏の主張がなぜ、あのようになるのかについては後述するとして、集団的自衛権の行使の課題については小野寺氏の説明がわかり易い。

 

防衛大臣当時、氏は安全保障上の問題が発生したとき、如何にして日本国民を守り得るのか、考え続けたという。普通の国では緊急時の対応はおよそ全てルール化されており、それを如何に早く適確に行動に移すかに集中すればよい。だが、日本の安全保障体制には幾つもの穴があるために、その穴をどう埋めるかについて考え続けたというのだ。


「北朝鮮が弾道ミサイルを発射したとき、それがアメリカを狙ったものか、日本を狙ったものかはっきりしない段階で撃ち落とした場合、国際法上は集団的自衛権行使だと解釈される可能性が高い。では、日本が集団的自衛権を認めないから、何もしないでいいのかという話になります」

 

日本がミサイルを撃ち落とさず、グアムに着弾した場合、日本にも大きな負の影響が生ずる。グアムには日米同盟を支える米軍基地があり、多くの日本人も滞在している。ミサイル着弾前の撃墜を命じれば、それがたとえ、国際法上は集団的自衛権行使だと解釈されても、防衛大臣としての心情は、あくまでも日本人と日本国を守るためのものである。それを行使しても当然なのではないか。


「国民にこのような具体例で説明すれば、是非、撃ち落としてほしいと言うのではないでしょうか。自民党案は、そうした国民の思いを汲みとって、国際法上、集団的自衛権と見なされることも、わが国の安全を守る視点から限定して行使しようというものです」


日本の頭脳が一掃

 

長島氏は基本的に小野寺氏に賛成する一方で、安倍晋三首相が掲げたホルムズ海峡での機雷掃海のような活動は、歯止めなく広がるのではないかと疑問を呈した。小野寺氏が次のように応えた。


「シーレーンは日本にとっての生命線です。ホルムズ海峡でなくとも日本周辺の公海に機雷が敷設されれば、油を積んだタンカーも、食糧、製品を積んだ船も全て動けなくなる。ここで機雷を除去すれば、それは武力行使です。日本の見地からすると個別的自衛権ですが、公海上でまだ日本が攻撃されていないのに機雷除去に及ぶことは国際法上、集団的自衛権だと解釈されます。しかし、これはやって当たり前のことなのです。やらないわけにはいかない。だったら、日本も集団的自衛権の行使を認めるようにしましょうということです」

 

こうした事例をひとつひとつ積み重ねていけば集団的自衛権行使は当然だと理解し易くなるが、国会ではこれが憲法問題となり、まず正面から憲法改正に挑み、その後、集団的自衛権を行使せよという主張になる。しかし、こう主張する人たちこそ、憲法は絶対に変えるなとも言うのだ。

 

この種の矛盾を学者の権威で支えるのが、前述の長谷部教授らで、元を辿れば東京大学を頂点とする最高学府の学者たちである。日本の不幸のひとつは、実に学界から生まれているのではないか。小野寺氏の苦言だ。


「世の中や世界の基準からかけ離れていたり、言っていることがどうも理解できないというような変わった人の集まり(が学界)だという状況があります」

 

学界の特徴のひとつが徹底した軍事嫌いである。つい最近まで、東大は軍事に関わる一切の研究を厳しく排除してきた。昭和34年(1959年)、大学の最高意思決定機関である教育研究評議会で、当時の茅誠司学長が「軍事研究は勿論、軍事研究として疑われる恐れのあるものも一切行わない」と表明、昭和42年(67年)には大河内一男学長が「外国も含めて軍関係からは研究援助を受けない」と宣言した。

 

軍事的なるものの一切を排除する日本の知的人士は、世の中の便利な技術の恩恵を受けてはいないのだろうか。多くの軍事技術が民生用技術に転用されていることは今更言うまでもない。軍事衛星が集める位置情報はミサイルのピンポイント攻撃用にも、市販されるカーナビにも使われる。東大教授たちが軍事研究を峻拒しつつ高度に発展を遂げたカーナビのお世話になっているとしたら、それ自体大いなる矛盾である。

 

小野寺氏が語った。


「戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって公職追放された人は20万人以上、政治家や官僚だけでなくアカデミズムの世界からの追放も少なくなく、日本の頭脳が一掃されたと言われたものです。追放された権威の後釜に入ったのが、左翼系の研究者たちでした」


調査協力を拒否

 

元々左翼系だったか、それともGHQの圧力の下で左翼系に転向したか、いずれにしても戦後、東大の教授職の殆どに左翼系の人々が就いたといえる。弟子たちも同じ路線を引き継いだ。憲法学の分野では、先述の長谷部氏もこの系譜に連なる。一方、軍事研究はこうした中で厳しく規制され続けた。小野寺氏が続ける。


「世界のトップクラスの大学には国の安全保障戦略を研究する講座が必ずありますが、わが国の最高学府では安全保障も軍事も研究してはならないことになっていて、そこでは本末転倒の状況が起きています。たとえば、防衛大学校の優秀な卒業生を最高学府の研究所に派遣してもっと勉強させ、日本の未来を担う人材に育て上げようとしても、教授会が受け入れない。逆に中国人の研究生はどうぞどうぞと迎え入れる。一体この国の安全保障を最高学府の彼らはどう考えているのか。なぜこんな教授会になったのか。その根っこにある、先に触れた戦後の大学の成り立ちに注目せざるを得ません」

 

氏のいう最高学府が東大を指すのは改めて指摘するまでもない。

 

平成25年12月、安倍政権は、大学の軍事研究の有効活用を目指す国家安全保障戦略を閣議決定した。その1年後、東大大学院情報理工学系研究科は軍事研究の解禁を決めたが、実際には殆ど進展は見られない。この間の国外への頭脳流出も少なくない。また昨年5月、防衛省が航空自衛隊輸送機の不具合の原因究明のため、東大大学院教授に調査協力を要請すると、拒否されるという驚くべき「事件」も起きた。

 

学問の自由も思想信条の自由も私は最大限支持するものだ。それでも、日本の学界に東大が君臨し続けるのであれば、観念の世界から脱して国際社会の現実に立脚すべきだと思う。

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