闘うコラム大全集

  • 2016.03.24
  • 一般公開

あまりに露骨、司法のイデオロギー化

『週刊新潮』 2016年3月24日号

日本ルネッサンス 第697回


日本は果たして公正な国か、国民は究極的に国を信頼できるのか。

 

この問いへの回答は、司法が良識と法律に適った判断を下しているか否かという中にある。司法は国民にとって社会や国の公正さを信ずる最後の拠り所である。司法の健全さは、その国が国民によっても世界によっても信頼される鍵だと言ってよい。

 

たとえば国家としての中国はおよそ信頼に値しないが、その理由をダライ・ラマ法王14世はこう語っていた。


「司法の独立がないことが中国の最大の問題であり、悲劇です。司法は中国共産党に従属し、判事の任命も判決も共産党の了承なしには不可能です。判決は法ではなく、政治的イデオロギーに基づいて下されます。中国の司法は事実も真実も認定できず、独裁政治を支えることによって、中国社会を蝕んでいます」

 

では日本の司法はどうか。中国とは異なり、わが国には言論、思想信条の自由がある。三権分立も確保されているはずだ。しかし、さまざまなイデオロギーの呪縛から解放されているわけではない。それが司法の公正さを歪めているのではないか。

 

3月9日、大津地方裁判所の山本善彦裁判長が関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止めを命じた仮処分には驚いた。

 

右の高浜原発3、4号機は昨年2月、原子力規制委員会(規制委)の新規制基準に合格、再稼働に向けて準備中のところを住民の訴えを受けた福井地裁によって昨年4月、再稼働差し止めの仮処分が出された。関西電力が異議を申し立て、同じ地裁の異なる裁判官が再審査し、仮処分を取り消したのが12月だった。

 

関電は今年1月には3号機を、2月には4号機を再稼働させた。しかし今度は、大津地裁が運転差し止めの仮処分を下したのである。


反原発イデオロギー

 

山本裁判長が挙げた仮処分決定の理由は、➀福島原発事故の徹底した原因究明がない、➁新規制基準はただちに安全性の根拠とはならず、過酷事故時の安全対策が十分とは証明されていない、➂原発の安全性の立証責任は関電側にもあるが、関電は十分説明できておらず、判断に不合理な点があると推認される、などである。

 

決定文を読んでみて、この仮処分はどう見ても不公正だと思えてならない。反原発イデオロギーに染まった結論ありきの判断だったのではないか。

 

たとえば➁について規制委の田中俊一委員長は、日本の安全基準が世界最高レベルに近づいているという認識を変える必要はないと語り、国際社会の多くの専門家も、日本の安全基準については同様の評価をしている。こうした内外の専門家の評価を、山本裁判長はどういう根拠で否定するのか示していない。

 

裁判所が提起した➁及び➂を含む争点について、実は関電側は詳細な説明及び資料を提出しているのである。彼らは計14通、843頁に上る主張を行い、提出した立証資料は219通だと発表した。だが、裁判所は関電側に十分説明する機会を与えなかったと言うのだ。関電は十分説明できていないのではなく、裁判所が十分な説明をさせず、一方的な審理を進めたのではないか。

 

北海道大学大学院工学研究院教授の奈良林直氏は裁判所の審理に対する姿勢以前に、仮処分決定の「前提事実」が間違っていると指摘する。


「裁判官は原子炉の仕組みを誤解しています。誤解というより、全く知らないのだと思います。その結果、前提においても判断においても間違っているのです」

 

たとえば、決定文の2頁以降、「(3)原子力発電の仕組み」の「オ」の欄にはこう書かれている。


「1次冷却材の喪失(以下「LOCA」という。)が発生したときは、原子炉容器を冷やすことができず、発生した熱によって原子炉容器内の燃料集合体が損傷し、燃料集合体ないし1次冷却材中の放射性物質が外へ漏れ出し、(中略)最終的には、本件各原発から放射性物質が放出される」

 

奈良林氏が説明した。


「LOCAが起きた場合、つまり、原子炉容器内の燃料冷却材が失われた場合、ECCSと呼ばれる非常用炉心冷却系が作動するように設計されているのです。そうすると炉心に水が注入され、炉心全体が完全に冠水します。高浜原発3、4号機もそのように設計されています。水で満たせば冷却できるわけで、燃料集合体も損われません。さらに格納容器スプレイで格納容器全体を冷やすように設計されています。

 

この一連の冷却が確実にできることを全ての原子力発電所の設置時に安全審査を行って、世界中の実験結果や解析資料をもとに証明し、初めてその原子炉は安全である、合格であると認められるのです。この点を無視して危険だと断じたのは、裁判官は、世界中の専門家たちが知恵を絞った原子炉の安全性確保の設計と原子炉設置許可の厳格な審査を全く理解していないということです」


まだ1基もない

 

決定文にも矛盾がある。債権者、つまり仮処分を求めた住民らのテロ対策に関する主張として、38頁には「EUでは、原子炉にコアキャッチャーを付けること及び格納容器を二重にすることが標準仕様となっているが、原子力規制委員会は、このような整備を要求していない」と記述されている。

 

コアキャッチャーとは原子炉の炉心がメルトダウンするとき、溶けた燃料の溶融物を受け止めるための耐熱設備である。


「たしかにいまフランスで建設中の欧州加圧水型原子炉(EPR)にはコアキャッチャーは組み入れられています。しかし、ヨーロッパで現在運転中の原子炉にはコアキャッチャーを導入しているものは1基もありません」と奈良林氏。

 

二重の格納容器は、航空機が突っ込んでくるようなテロに備えるという考え方から生れたものだが、これも将来は別にして現在、標準仕様になっているわけではない。

 

第一、山本裁判長は決定文の52頁「(2)争点5(テロ対策)について」の項で「債務者(関電)は、テロ対策についても、通常想定しうる第三者の不法侵入等については、安全対策を採っていることが認められ、(中略)新規制基準によってテロ対策を講じなくとも、安全機能が損なわれるおそれは一応ないとみてよい」と書いている。

 

だとすると、世界最高水準の新規制基準が世界と較べて見劣りする点はひとつもない。この基準のどこが不十分だと言うのか。再稼働差し止めに走る余り、論理に整合性を欠くことにも気づかないのではないか。

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