闘うコラム大全集

  • 2016.05.07
  • 一般公開

沖縄の海に広がる珊瑚のがん 海中から見えてくる日本の病

『週刊ダイヤモンド』 2016年4月30日・5月7日合併号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1131
 


手元に圧倒的な迫力で迫ってくる写真集がある。『遙かなるグルクン』(NATIONAL GEOGRAPHIC)、中村征夫氏の作品だ。

 

氏は長年、東京湾を撮り続けるとともに、日本のみならず世界の海の写真を撮ってきた。主な受賞歴に木村伊兵衛写真賞、講談社出版文化賞写真賞、土門拳賞などがある。水中写真の第一人者である。

 

同書は中村氏が沖縄の伝統漁を30年にわたって記録したものである。グルクンは沖縄の県魚で、タカサゴのことだそうだ。氏が追い続けたのは、アギヤーと呼ばれる、海底40~50メートルの深い海から追い上げてグルクンを捕獲する伝統漁法の海の男たちだ。

 

この漁を支えてきた多くの漁師が、10歳になるかならないかで親に売られた子供たちだった。ほとんど泳ぎもできない子供たちが、縄を付けられ海に放り出され、命懸けで泳ぎを身に付けていく。その間に厳しい奉公がある。

 

幼いころのそのつらい思いを、9歳のときアギヤーの親方に売られた崎原義春氏が語ったという。訥々と昔を振り返る崎原氏は、「言葉に詰まり、目からぽたぽたと涙が流れ、ついには号泣した」。30年前のそのとき、中村氏の沖縄の伝統漁法を支える男たちへの取材が始まった。

 

何といっても写真集に登場する男たちの顔がいい。潮に焼かれ、深い皺を刻んだ顔である。もうあまり見掛けなくなった逞しい男たちの顔である。

 

伝統漁法のアギヤーはいまは伊良部島にわずかに残るのみで消え去ろうとしている。中村氏は昨年末にアギヤーの男たちの取材に一区切りをつけたが、沖縄の海についての思いは残る。

 

氏が語った。


「美しく見える沖縄の海が悲鳴を上げているように思えます。潜ってみると無残な珊瑚の死が広がっています。見事に育ったテーブル珊瑚にはあちらこちらに人間のげんこつくらいの大きさの白い塊がくっついています」

 

白い塊は何なのか。中村氏の答えが衝撃的だった。


「がんなのです」

 

珊瑚のがんなるものは初めて聞いた。氏は、沖縄の海は多種多様な菌で汚されていると指摘する。上下水道を通して生活排水が流されている結果である。「日本中の海が何らかの問題を抱えてはいるんですが、沖縄も例外ではなく、しかもその度合いは深刻です。これは海中から見えてくる日本の病です。海に囲まれた美しい国なのに、日本人は海への関心が非常に低い。もっと真剣に誠実に向き合わなければならないと痛感しています」。

 

中村氏は、自身がまるで沖縄の海の男であるかのように訥々と語り、悪いニュースばかりを話して聞かせるのは申し訳ないとでも言うかのようにこう述べた。


「でもいいニュースもあります。珊瑚たちがどれだけ賢いか、びっくりしました。温暖化の影響もあって、海水温が上がり多くの珊瑚が死滅し、海中に白く変色して広がっているのですが、これは10メートルほどの深さの海での現象です。沖縄の研究家が最近、水深40メートルの海で、見事な珊瑚が群生しているのを見つけました。水温の低い、より深い海に珊瑚たちが生きる場所を見つけたんですね。僕はこれからそれを撮影しに沖縄に行きますが、自然の生命の力強さ、そして逞しさに、いつも驚かされます」

 

中村氏の語る海の世界は驚きと発見に満ちている。それは私たち日本人、もっと言えば人類への忠告であり警告でもある。だが、中村氏は少し深刻な表情で語った。


「海で働くのは命懸け。その現場で日本の若い男たちはあまりにひ弱です。若い女性たちの方が圧倒的に逞しい。日本の将来が本当に心配です」

 

私も実は同感である。

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