闘うコラム大全集

  • 2016.08.25
  • 一般公開

現実味を増す中国の日本領土略奪

『週刊新潮』 2016年8月25日号

日本ルネッサンス 第717回


中国の対日政策が強硬さを増している。8月3日以降連日、これまでに例のないほど多数の海警局の公船が漁船群と共に、尖閣諸島の接続水域だけでなく、領海を侵犯し始めた。8日には公船は15隻に増え、内、少くとも7隻は機関砲などで武装しており、15隻中9隻がわが国の領海を侵犯した。一方、漁船は230隻、延べで43隻が領海を侵犯した。

 

五星紅旗を翻して尖閣の青い海をわが物顔に航行する中国の振舞いは、明らかに尖閣が新たな危機を迎えたことを示している。

 

記憶に新しいのは6月9日、尖閣諸島の接続水域に初めて中国軍艦が侵入したことだ。同月15日には鹿児島県口永良部島の領海にも初めて軍艦が侵入している。

 

7月31日から8月4日までの5日間、中国は東シナ海の広大な海域を禁漁区に指定して、軍艦100隻以上、戦闘機数十機を動員して実弾演習も実施した。

 

中国の対日攻勢は海上だけに限らない。今年5月下旬以降、中国軍戦闘機が尖閣上空の空域に複数回にわたって接近し、領空約50キロに迫ったこともある。緊急発進(スクランブル)した自衛隊機に中国軍戦闘機は攻撃動作を仕掛け、尖閣の空は尋常ならざる緊迫感に包まれた。東シナ海には明らかにこれまでとは異なる状況が出現しているのである。

 

これに対して日本政府の対応はどうか。8月9日には岸田文雄外相が中国の程永華大使を外務省に呼び出し抗議したが、程大使は中国漁船は尖閣の海で大漁だったなどと語っている。中国側の反応は「のらりくらり」であり、日本政府が殆んど2時間おきに抗議の電話をかけても、程大使が電話に出ないことさえあった。

 

一連の動きについての中国の意図は何か。まず、現時点で尖閣諸島海域への侵入が人民解放軍海軍の動きと必ずしも連動していない点をしっかり見ておくべきだ。


サラミ戦術

 

南シナ海の事例は、わが国が東シナ海で直面する次の危機が、漁民を装った民兵の不法上陸であることを示している。偽装漁民の上陸に対処するのは、海上保安庁である。海保の手に余るときには、日本側は海上警備行動もしくは治安出動などで海上自衛隊を向かわせざるを得ないが、そこに至らずして事態をおさめることが重要である。中国は日本に先に自衛隊を出動させて、これを非難し、仕方なしに対日軍事行動に出るという形を作りたいのだ。

 

参院議員の佐藤正久氏は中国の動きから2つの意図が読みとれると語る。まず、9月4日からの20か国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)を念頭に置いた対日警告だ。


「G20は杭州、上海南方の尖閣から近い場所で開催されます。習主席は同会議を成功させなければならず、日本がG20で南シナ海問題を持ち出して中国に恥をかかせたりすることを強く警戒しています。そのようなことをさせないための日本牽制の示威行動でしょう」

 

もうひとつの意図は、習主席の基盤固めだと、氏は分析する。ハーグの国際仲裁裁判所でフィリピンに敗訴した世紀の失態や、失速する中国経済への批判を抑え、不満を外にそらすための対日牽制行動だというのだ。

 

中国政府が最も恐れる国内世論の暴発を回避するために、日本を叩くのは常套手段だ。が、尖閣問題で中国が暴走すれば日本のみならずアメリカをも相手にすることになる。

 

だが、オバマ政権下のアメリカは南シナ海問題も東シナ海問題も、軍事力よりもまず、話し合いで解決しようという消極的姿勢である。加えて大統領選挙真っ只中のアメリカは、中国の動きに対応しにくい状況にある。そのような状況が、中国を尖閣上陸に踏み切らせる可能性はあるか。

 

佐藤氏は、否定的だ。


「上陸すれば、事は簡単にはおさまりません。日本は極限まで軍事行動を控えるでしょうが、かといって、島の簒奪を許すことは絶対にありません。状況次第では、島の争奪戦が始まります。即ち中国が日米両軍を相手にするということです。相当な覚悟が必要で、彼らも踏み出せない。少くともまだ、彼らにそれだけの力はないと思います」

 

中国の力は、しかし、目立つ場合も目立たない場合も含めて着実に伸びている。東シナ海の日中中間線に沿って、彼らはこの約3年間に12基の新たな海洋プラットホームを築いた。その内のひとつ、第12基は、昨年6月には土台だけしかできていなかったのが、現在、プラットホームが完成し、水上レーダーと赤外線暗視装置も据えつけられた。

 

元防衛庁情報本部長の太田文雄氏が語る。


「中国のサラミ戦術そのものです。最初は目立たない水上レーダーを設置して、大したことはないと安心させ、次に対空レーダーや海底レーダーといった強力なレーダーを加えていくと思います。種々のレーダーを東シナ海の日中中間線に設置することで、彼らは米軍の動きを封じることが出来るようになります」


対日前線基地

 

上海のはるか南方にグアムがある。米軍は有事の際、対中海上封鎖作戦の一環として、グアムから北上し、上海の湾口に機雷を撒く可能性がある。中国はそれを阻止するひとつの方法として対潜水艦バリアを構築するだろう。その際に、いま、中国が目立たない形で据えつけた各種レーダーが役立つのだ。中国がわが国の眼前に作った中間線沿いの海洋プラットホームも、そのときは完全に軍事転用され、対日前線基地に様変わりする。このような事態を許したこと自体が日本外交の失敗である。

 

中国の軍拡の実態を太田氏が指摘する。中国は日本の航空自衛隊の第4世代、最新鋭戦闘機10個連隊分に相当する300機をわずか3年で製造し、昨年段階で日本の293機に対して730機を数えた。そして、この1年でさらに80機増やして810機になった。中国は2020年の東京オリンピックまでに海軍主要艦を、270~280隻は持つだろう。世界最大規模のアメリカ海軍の保有する280隻に並ぶことになる。潜水艦では、わが国は現在16隻、20年までに22隻に増やす。中国はいまの71隻を20年までに100隻にする。

 

無論、日本はアメリカと力を合わせるため、日中の単純比較だけでは意味をなさない。しかし、たとえば尖閣防衛と密接につながる台湾防衛に関して、日米が活用できる基地は沖縄の嘉手納1か所だ。他方中国は、台湾向けに出動できる基地をすでに39か所確保済みだ。しかも内16基地は、わずかこの5年間で作り上げた。

 

中国の軍事力の過小評価は間違いである。私たちは容易ならざる事態に直面しているのであり、憲法改正など、今すぐ手を打たなければ日本は生き残れないのではないか。

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