闘うコラム大全集

  • 2013.04.20
  • 一般公開

五島列島に突如現れた中国船90隻 海上保安署の対処は2隻の小船

『週刊ダイヤモンド』   2013年4月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 982


宰相たる人物は、国益擁護のために常に全体像を見なければならない。例えば尖閣諸島の防衛においては中国の海洋戦略全体を見なければならない。

中国は習近平総書記の下で、海洋戦略を一新した。もともと中国には五龍と呼ばれる海洋権益防御の組織がある。国家海洋局による海洋の調査・管理をする「海監」、公安省による海の治安部隊である「海警」、農業省による漁民と漁場の管轄・管理をする「漁政」、交通運輸省による航行安全を守る「海巡」、税関総署の密輸取り締まり船である。

海巡を除く4部門を合体して中国海警局がつくられた。トップの局長職には国家公安部次長が就いた。副大臣が局長になったのである。同組織がいかに重視されているかを示している。

新組織は日本の海上保安庁法などを研究し尽くしてつくられたといわれる。第一の特徴は従来の海洋権益防御のいかなる組織よりも強大な力を備えていることだ。人民解放軍海軍に並ぶ軍事力を備え漁民も管轄下に置いた。山田吉彦・東海大学教授がその意味を語る。

「尖閣周辺の日本海域で、彼らが中国漁船に立ち入り調査をすれば、その海域は中国領だと国際社会に見せつけ、中国の施政権が及んでいると印象付けることになります。漁船は彼らの管轄下にありますから、特定の海域で操業するようあらかじめ指示できます」

自作自演で中国の施政権を演出するというわけだ。次に考えられるのが日本漁船への取り調べと拿捕である。これに対処するのはあくまでも海上保安庁だが、その行動は自衛隊同様、極めて制限されている。中国海警局の攻勢に対処するのは容易ではない。海警局と海保のぶつかり合いに日本は海上自衛隊を出すことは極力控えるだろう。正体はともかく、相手は表面上は軍隊ではなく海警局だからだ。結果、日米安全保障条約第五条は発動されない。こうして中国は米軍の介入を回避し、以下のような状況の下、余裕で尖閣諸島を奪うことができるだろう。

中国海警局が統括する船の数は山田教授によると3,000隻に上る。対して海保が尖閣を含む南西諸島の守りに割り当てている船は、大型船(1,000トン以上)でわずか六隻である。安倍政権は新たに6隻の船を造り、計12隻、海保職員600人態勢を構築する。だが今年度の予算措置を見れば、新たな6隻を造るのに5年かかる。出てくるのは嘆息ばかりである。

中国をはじめ外国勢の脅威は日本国の予算に合わせて襲いかかるわけではない。予算の範囲内でしか対処しないのでは危機は防げない。だからこそ政治の意思が大事だ。そもそも日本の対処法は尖閣問題を個々の島の問題に矮小化するものだ。全体戦略を欠く日本を尻目に中国は、海警局創設に加えて日本包囲のもう一つの巧妙な戦略を取り始めた。漁船の軍事活用である。

昨年7月、長崎県五島列島の五島市玉之浦町の港に突如90隻の中国漁船が「天候悪化」を理由に入港した。現地を視察した山田教授が語る。

「驚いたのはすべての船が、年来の老朽船でなく100~500トンの新造船だったことです。乗組員は全体で約3,000人に上っていたと思います。現地の人たちは驚きを超えて脅えていました。100隻近い中国漁船に海保の巡視船が1隻か2隻ついてもどうにもなりません」

ちなみに五島海上保安署の船は2隻のみ、350トンと25トンで、中国漁船よりはるかに小さい。

彼らは天候悪化を理由に入港したが、日中中間線からはるかに日本側に入り込んでいる五島列島になぜ「避難」したのか。真の目的は偵察、対日恫喝などであろう。安倍晋三首相も小野寺五典防衛相もこうした中国の戦略全体を視野に置いた対策を、特別予算措置にとどまらず行い、必要な法改正も急がなければならない。

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