闘うコラム大全集

  • 2017.01.21
  • 一般公開

国内経済に特化したトランプの会見 懸念される米国の地位と力の弱体化

『週刊ダイヤモンド』 2017年1月21日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1166


「ハロー、シカゴ!」。バラク・オバマ米大統領が晴れ晴れとした表情で呼び掛けた。任期8年を締めくくる退任演説をホワイトハウスではなく、自身の活動の原点、シカゴで行ったのだ。会場を埋めた熱心なオバマ支持者らが終始去り行く大統領をたたえる声援を送り、演説は、なんと、74回も拍手で中断された。

 

妻への感謝の言葉を述べる場面では、涙と震える声が感動を深めた。多様性と公正さが米国の力の源泉だと説き、弱者を見捨てることのなかった姿は心優しい大統領のものだった。

 

しかし、真の優しさは強さなしには実現できない。強さは、国家レベルでいえば、経済力と軍事力だ。個々の問題はあっても米国経済は好調で、軍事力も世界最強だ。が、オバマ大統領は軍事力に関しては理想に縋って現実を見なかった。「世界の警察」を辞めたように、国際社会に対する米国の軍事的責任を放棄したことが、現在の国際社会の混乱の原因になった。

 

そしていま、ドナルド・トランプ次期米大統領が米国も世界も変えようとしている。閣僚候補が上院の承認公聴会で証言し、質問に答え始めているが、トランプ政権を待ち受ける問題の深刻さを感じずにはいられない。

 

1月10日は司法長官に指名されたジェフ・セッションズ上院議員、11日は国務長官に指名されたレックス・W.ティラーソン氏の公聴会だった。

 

セッションズ氏に対しては民主党の上院議員、ダイアン・ファインスタイン氏が、司法長官の資格はないとセッションズ氏の過去の言動を具体的に取り上げ非常に厳しく批判した。CNNの報道では、ファインスタイン氏のような全面否定の批判が承認公聴会で展開されたのは異例のことだという。

 

もう1点注目したのは、傍聴席の反セッションズ派の人たちが大声で抗議し、守衛につまみ出される場面が断続的に見られたことだ。1人または2人ずつ、時間差攻撃で大声を上げるために、公聴会は度々中断された。

 

ティラーソン氏の公聴会も同様だった。落ち着く間もないほどの中断頻度の高さは、トランプ政権に対する米国世論の分断の深刻さをあらためて深く印象づけた。

 

11日にはトランプ氏が選挙勝利後初めての記者会見をニューヨークの「トランプタワー」で開いた。冒頭8分間、抱負を述べたが、その要旨は、(1)「米国の情報機関が流したと思われる偽情報」への批判、(2)特定の一メディアを除く米国メディアへの感謝、(3)フィアット・クライスラー、フォード・モーターを筆頭とする大手自動車メーカーの米国への復帰と投資、(4)世界最大の薬の消費国である米国の製薬業界を復活させる決意、(5)次世代戦闘機「F-35」のより効率的でより速い開発と生産、である。

 

その後、アリババのジャック・マー氏の名前を挙げて「こんな信じ難い大物たちが私のところにやって来る」「もし私が大統領になっていなければ、彼らは来ていないだろう」「こうして私は多くの雇用を創出する」と語った。日本企業についてはソフトバンクグループの孫正義氏にすら言及しないまま、トランプ氏は極めて短く、拍子抜けするほど米国国内経済に特化した発言で会見を締めくくった。

 

政治家が国の経済的繁栄を願うのは当然だが、トランプ氏は何としてでも金回りの良い米国をつくるという思いに駆り立てられている。それ以上でも以下でもない。トランプ氏の米国には、外交、安全保障のみならず、経済に関してさえも、楽観は許されないと、あらためて考えた。

 

保護主義に傾けば、「米国第一」の強い思いは世界経済に好影響を及ぼすことなどできない。8年間のオバマ政権で低下した米国の地位と力が、トランプ政権でさらに弱体化しないか、憂慮するものだ。

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