闘うコラム大全集

  • 2018.03.15
  • 一般公開

自民党は9条改正案を纏めきれるか

『週刊新潮』 2018年3月15日号

日本ルネッサンス 第794回


2月末日、自民党本部の大講堂で開かれた憲法改正推進本部全体会合には約150人の議員が集った。普段、ギリギリに行っても部会には座る席があるが、この日は約30分も前から席取りをしたと、参議院議員の青山繁晴氏は語った。


150人中120人があらかじめ憲法改正私案を提出しており、事務局が論点整理をした。120の案は大別して3案、安倍晋三総裁提出の9条1,2項を残して自衛隊を書き加える案、同じ条件で自衛隊ではなく自衛権を書き加える青山氏らの案、石破茂氏の、2項を削除し戦力の範囲を憲法で規定する案、にまとめられた。


全体会合ではこれらを踏まえて19人が意見を述べ、約40人が挙手したが時間切れとなった。自民党は約2週間後に再び全体会合を開き、今月25日の党大会に何らかの案を提出する構えだ。3月2日、「言論テレビ」で青山氏が語った。


「よく存じ上げていなかったのですが細田(博之)本部長は凄い人です。温厚なお人柄だと思いますが、石破さんとも皆の前で正面から対決なさる。憲法改正への気迫満々で驚きました。僕は、思いがけず自民党の議員になって1年半ですが、新人議員もベテラン議員もここまで平等に自由闊達に、そして本気で、9条改憲を話し合うのかと驚きました」


昨年5月3日に安倍首相が自民党総裁として前述の案を提案して以来、党内の憲法改正論議がようやく進み始めた。大講堂では最前列に本部長の細田氏をはじめ、いわゆる「インナー」と呼ばれる「偉い人」たちが陣取っていたという。彼らは全体会合が始まる前にすでにインナーだけの会議をし、「そこでも凄いバトルがあったと聞いています」と青山氏。


自民党内の憲法論議は外から窺うよりも激しく展開されていると見てよいのであろうか。


スレスレの状況


先に大別された3案の内、石破案は安倍案を真っ向から批判するものだ。青山氏が語った。


「憲法改正は9条2項の削除を含む、真っ当な形で成し遂げるべきだという石破氏の主張には、安倍首相も私も含めて、改正論者は誰も反対しないでしょう。しかし、憲法制定から70年も過ぎて未だに一文字も改正できていない。結果を出さなければならない政治家として、同じ理念的主張ばかりしていては1ミリも前に進みません」


石破氏もそのことを理解できるから、2項を維持した上で自衛隊を明記する案が党の正式案に決まった場合はそれに従うと、各紙に語ったのであろう。


国際環境がかつてなく厳しいいま、政治家は何といっても国民を守り、国土を守る最前線に立たなければならない。そのためにはどうしても憲法改正が必要だ。改正にはまず衆参両院で総議席の3分の2を確保して発議に結び付けなければならない。それが如何にスレスレの状況であるか。青山氏の説明だ。


「自民、公明は衆議院では総議員の3分の2を、2議席上回っています。ところが参議院では全く違います。参議院の3分の2は162議席、自民が125、公明が25で150しかありません。維新の会の11議席を足しても、1議席不足です。無所属の議員などから支持を得るとしても参議院の状況は本当に厳しいんです」


より広範囲な支持の獲得が非常に大事である。現実的な知恵を働かせなければならない。与党の一翼を担う公明党による全面的な協調が必要な上に、他党の支持を積み増さなければ発議さえできない。


その意味で、青山氏は独自案を出してはいるが、自案どおりでなければならないというのではなく、自案も叩き台のひとつだと語る。党の案がまとまれば、それを支持すると明言した。この厳しい状況下では一致協力することが大事だということだ。


そこで詳しく9条1項、2項と自衛隊の関係を見てみよう。政府の公式の考え方は、日本が独立国である以上、9条は主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない、自衛隊も否定するものではないというものだ。自衛権を行使するために「必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められる」とも言明している。


一方、9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」である。だが前述したように、自衛権行使を担う自衛隊には「必要最小限度の実力」を持つことが許されている。そのため自衛隊を「戦力」部隊ではないが、「実力」部隊だと位置づけて、自衛隊の存在を守る理屈としてきた。


1800人もの自衛官が殉職


自衛隊は「戦力」ではないが「実力」だというこの定義は、どう考えてもまやかしの臭いがする。国際社会の常識は、日本国の憲法論という摩訶不思議な歪んだ鏡の世界の中に放り込まれると、あちらにもこちらにも屈折して反射し、迷宮理論になり果てる。まやかしの考え方が真っ当な現場をつくれるはずがない。事実、自衛隊員が命がけで働く現場では憲法が大きな制約となっている。


たとえば中国船に尖閣諸島上陸の動きが見えたと仮定する。中国はわが国の憲法や法律の実態を十分に研究しており、日本国内の非現実的な議論にも通じている。従って彼らは上陸の際、日本が手を出せないような方法を選ぶだろう。中国公船は外見上は正規軍ではない。自衛隊は、相手が軍ではない場合、手を出せない。政府も自衛隊に上陸阻止の出動、即ち、防衛出動を命じることはできない。何故なら、防衛出動は組織的な武力打撃(全面的な有事、即ち戦争)、あるいはその明白な危険が認められる場合にしか発令されないからだ。明らかな有事、誰の目にも明らかな戦争にならなければ自衛隊は自衛権の行使ができないのである。


では前述の尖閣諸島への中国公船による上陸に対しては何ができるのか。海上警備行動である。だがそれは国内警察法に基づく行動にすぎない。相手の攻撃を受けた結果、正当防衛の権利が発生し、それに基づいて戦うというもので、武器使用にも大きな制限がある。


このような制限つきで自衛隊は今も国防の任務についている。尖閣諸島や海を守り、中国機やロシア機の侵入に緊急発進する。大災害のときも急患輸送のときも最前線に立つ。結果、1800人もの自衛官が殉職してきた。そのような自衛官とご家族に、国民として感謝の思いを表現するためにも、憲法に彼らの存在を書き込み、自衛権の担い手としての実力部隊が自衛隊であると明白にすることの意味は大きい。


それでも不足だという主張は重々承知だ。しかし、民主主義のわが国では、国民の総意がその域に達しない限り、それ以上の改正は時期尚早だということになる。国民が国の形を決することを肝に銘じたい。

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