闘うコラム大全集

  • 2018.06.28
  • 一般公開

極東情勢大転換、日本の正念場だ

『週刊新潮』 2018年6月28日号

日本ルネッサンス 第808回


全世界が注目した6月12日の米朝首脳会談の共同声明を読んで、つい、「耐震偽装」という言葉を思い出した。スカスカで強度が足りない。「北朝鮮の完全非核化」を達成させるといっても、そこに至る具体的取り決めが盛り込まれていない、これで大丈夫かと、疑問を抱く。 


共同声明には、「完全で検証可能、不可逆的な核の廃棄」(CVID)という言葉はない。「北朝鮮の非核化」もない。代わりに「朝鮮半島の非核化」が3度繰り返されている。


朝鮮半島の非核化は、北朝鮮が非核化を達成する前提として、韓国が米国の核の傘から外れることを想定するものだ。つまり、米韓同盟の解消が前提で、中国や北朝鮮が長年主張してきたことに他ならない。


韓国は長年、米韓同盟によって守られてきた。歴代政権も同盟を重視してきた。だが、文在寅大統領の下の、今日の韓国は必ずしもそうではない。韓国は驚く程大きな政治的変化を遂げてしまったのである。


米朝首脳会談という史上初の派手な出来事の陰に隠れて、韓国では6月13日に統一地方選挙が行われた。米朝会談の翌日に行われたこの選挙について、なぜか日本では殆ど報道されていないが、文大統領の与党で左翼政党の「共に民主党」が圧勝した。文氏は昨年、経験も不十分な左翼の判事をいきなり大法院(最高裁)長官に抜擢した。新長官は前長官の「非合法な行為」をあげつらい、前長官を刑事告訴しようとして、他の判事と対立中である。


統一日報論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏は、「司法の左傾化が決定的になるかもしれず、熾烈な戦いが進行中です」と語る。


韓国では左派勢力が、文大統領と共に行政府を握った。マスコミ界、教育界も親北朝鮮の左派勢力が席巻している。いま、議会(立法府)が左翼勢力に席巻され、司法も危ういのだ。結果として韓国は本当に別の国のようになりつつある。このことを、日本人はもっとはっきり認識しておくのがよい。


「戦争ゲーム」


そもそも、6月13日の選挙前日に米朝首脳会談が設定されたのはなぜか。韓国では文氏と朝鮮労働党委員長の金正恩氏が共謀したという見方が濃厚だ。事実、選挙前日に行われた米朝首脳会談の効果は絶大だった。米朝会談への流れを作ったのは文氏だと喧伝され、支持率は70%を超え、決定的な追い風となった。こうして文氏の左翼政党が圧勝し、正恩氏に批判的な保守勢力は潰滅的敗北を喫して力を失った。韓国の保守論壇の中心人物ともいえる趙甲濟(チョガプジェ)氏は「韓国は国家自殺の道を進んでいる」と警告した。


権力基盤を固めた文氏は、かねてより掲げていた南北朝鮮の連邦政府樹立をはじめとする対北宥和策を加速させるだろう。米韓同盟の後退もしくは破棄は、中朝両国のみならず、文氏をはじめとする韓国左派勢力が長年渇望してきたことだ。無論、ロシアも大歓迎であろう。


こうした状況を知ってか知らずか、米朝首脳会談直後の記者会見でトランプ大統領は、米韓合同軍事演習を「戦争ゲーム」と呼んで、中止を示唆したのである。中止の理由は、「恐ろしく金がかかる」「(軍事演習は)挑発的だ」からだそうだ。グアムからB─1B爆撃機を北朝鮮上空付近まで飛行させた件についても、トランプ氏は「6時間半の飛行だ。非常に金がかかる」と批判した。


安全保障戦略や軍事行動のひとつひとつを「金勘定」を基準に評価するのでは、北朝鮮の背後に構える中国に最初から白旗を掲げるようなものだ。米韓合同軍事演習の中止について、日本政府中枢の安全保障問題の専門家はこう述べた。


「米国でも専門家は皆、馬鹿げた考えだと言っています」


だが、米大統領の言葉は非常に重い。合同軍事演習は、「北朝鮮が真摯に非核化に向けての話し合いを続けている限り」との条件つきながら中止することになってしまった。


シンガポールでの6月12日の記者会見で、トランプ氏はさらに在韓米軍撤退の可能性にまで触れた。米朝首脳会談とは別に、在韓米軍3万2000人を家に戻すことは大統領選挙のときの自分の公約だと強調したのである。


トランプ氏の国家安全保障問題担当大統領補佐官、ボルトン氏は別の意味で在韓米軍の撤退を前向きにとらえている。米軍を日本や台湾に移すことで、米兵が朝鮮半島で人質にとられている現状を変えられるというのが理由のひとつだと、氏は説明している。


また、米国内には、朝鮮半島よりも台湾にコミットすべきだとの見方が生まれている。台湾を中国に奪われれば南シナ海はほぼ完全に中国の海になってしまう。戦略的に台湾の重要性は韓国のそれを上回るという分析だ。その考えに従えば、釜山に戦略的拠点さえ確保できれば、米軍は朝鮮半島から引き揚げてもよいことになる。


国民を守る


無論、米国内にも反対論は根強い。それでもトランプ氏が決意すれば、日米中露南北朝鮮の6か国の中で、明確に米軍引き揚げに反対するのは、日本だけになりそうな状況だ。


朝鮮半島からの米軍の引き揚げは、間違いなく極東情勢を一変させずにはおかない。その場合、日本の姿はどうなるか。米軍の核の傘から韓国が脱け出し、残るのはわが国だけになる。このような国の在り方でよいのかと、私たちは問うべきだ。


安倍首相は、いまやトランプ氏以下米国政府が掲げるインド・太平洋戦略を提起した首脳である。トランプ氏が突然拒否した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を米国抜きで取りまとめ、欧州連合(EU)とのEPAもまとめ上げた。国連安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁決議を採択に導いたのも、安倍首相だ。


日本が掲げる価値観は、国際社会に遍(あまね)く通用する普遍的価値観であることを確信して、世界の秩序構築に貢献してきた。日本の進むべき道筋をきちんと押さえた外交・安保戦略を提示してきた。


だが、それでも、拉致問題は解決されていない。日本国は40年以上も国民を救出し得ていないのである。どれほど立派な提言ができても、国民を守るという国家の基本的責務を果たし得ないのでは、日本は国家として立つ瀬がない。


トランプ大統領は拉致問題交渉のとば口まで、道をつけてくれた。今後のことは、韓国からの米軍撤退も含めて何があっても不思議ではない。米朝交渉で米国が劣勢に立つこともあり得る。極東情勢は大転換してしまったのだ。そのことを覚悟して、日本が力を発揮して拉致被害者を取り戻すには、迂遠かもしれないが憲法改正を含めて力の外交もできる国にならなければならない。

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