闘うコラム大全集

  • 2018.10.11
  • 一般公開

波高し、沖縄新知事のゆくすえ

『週刊新潮』 2018年10月11日号

日本ルネッサンス 第822号


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、沖縄もまだ台風の余波の中だ。


28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真子氏をゲストに迎えた。


「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかしなことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあまり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」


死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。


まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありがとう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されているだけだ。


我那覇氏が目を丸くして語った。


「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージに頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走っていても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日中、沿道で頑張っているのです」


玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹したが、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。


「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでした。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけです」


夢見るドリーマー


玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。


沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。


だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はどのようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。


軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。にも拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。


我那覇氏が声を強めて言った。


「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。でも、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのですから、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わない。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」


彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが信じられないという。


玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島についても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまともである。


玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。


「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を使っていました。この主張は琉球独立論につながります」


沖縄自身の責任放棄


沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶しているのは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあるとして、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。


米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題とも密接に結びついている。


従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自身の責任放棄である。


篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。


さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉城氏優勢を伝えた。


当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立てる人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土である尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4年間続くのだろうか。

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