闘うコラム大全集

  • 2019.12.12
  • 一般公開

中国の弾圧に日本こそ物申せ

『週刊新潮』 2019年12月12日号

日本ルネッサンス 第880回


香港問題にどう対処するかは、日本がどんな国でありたいかという問いと表裏一体である。


米国では、上下両院がほぼ全会一致で可決、トランプ大統領が署名して11月27日、香港人権・民主主義法が成立した。一国二制度の下で香港人の高度な自治が守られているかを調べ、人権侵害に関わった当局者の在米資産の凍結や米国への入国禁止を大統領が決定するという内容である。


少なからぬ中国共産党幹部が米国に資産を有しているとみられるため、同法には一定の効果が期待される。香港人は勇気づけられ、

星条旗を高く掲げた。反政府デモは再び激化する様相を見せている。一方、北京政府は人民解放軍によるデモ隊制圧の訓練の様子を広く報道し、これ以上の「自由な動き」は許容しない構えだ。米国への報復として米艦船の香港寄港拒否なども発表した。


そうした状況下で日本の行動が問われている。周知のように、安倍晋三首相は習近平国家主席を来春、国賓として迎える予定だ。同方針には強い反対がある一方で、最終局面での方針転換は最悪の結果を招くとの外務省系の主張もある。それは以下のような理屈に基づいている。


 ◎本気で介入し、香港を助ける気は米国政府にはない


 ◎介入すれば、香港経済は悪化し、香港との取引で大幅な黒字を得ている米国も利益を失う


 ◎日本人も日本国も所詮、香港問題に手出しはできない


 ◎従って香港人を無闇に煽り、期待を持たせることは却って問題を深刻化させる


要は第三国は香港を助けることができない、香港は中国共産党の圧力に従うしかないというわけだ。


確かに中国が「国内問題だ」と強弁し、他国の介入を極度に警戒する案件で、わが国のみならず第三国ができることは限られている。世界第二の軍事・経済大国の中国の壁は厚いからだ。


しかし、国際社会の価値観も、各国政府の中国に対する視線も、変化している。そのことに日本こそ敏感でありたい。より良い方向に向かおうとする国際社会の変化と歩調を一にすることが日本の国益である。いま、ここで日本らしい価値観に立脚せずに、日本はどのような立場にこれから立ち得るのかと思う。


中国の黒い支配


香港もウイグルも国内問題だとして野蛮な弾圧を加える中国政府への批判を強めているのは米国だけではない。英国もフランスも、親中姿勢が目立っていたドイツも同様だ。


国家が領域内の住民の「保護責任」を果たさず、「人類の良心に衝撃を与える」危機的状況が発生した場合、たとえそれが国内問題ではあっても、「人道的に介入できる」という方向に国際社会の潮流は明確に変化しているのだ。1999年、コソボ紛争において国連が主導した和平計画も、2004年の国連北朝鮮人権法もその具体例だ。わが国こそ、国連よりも厳しい内容の北朝鮮人権法を作ったではないか。中国に無為無策であり続けるのは、国家として辻褄が合わず、道理も立たない。


この際、香港の状況を深く心に刻もう。彼の地では6月のデモ以来9月までの4カ月間で、自殺案件は256件、その他に2537件の死因不明の遺体が発見された。


これは11月13日付の香港保安局発表の統計である。公式発表で、死因不明の遺体が日々平均して21体も発見されているというのだ。中国出身の評論家、石平氏が、香港は既に第二の天安門になったと断じたが、そのとおりであろう。


これが共産党一党支配の中国のやり方である。眼前で進行中の非常事態を、中国の国内問題だとして放置することは断じて許されないだろう。そんなことをした日には、必ず、近未来にわが国にも災いが、つまり中国の黒い支配が及ぶ。


モンゴル出身の静岡大学教授、楊海英氏が新間聡氏と共に世に問うた『モンゴル最後の王女』(草思社文庫)で訴えている点もまさに同じだ。氏は同書で、民族問題は決して中国の国内問題ではなく、すべて国際問題だと繰り返す。中国は「内政」を盾に、他国の介入を強く牽制するが、モンゴル人弾圧を見過すことは、後述するように間接的にモンゴル人と日本人の歴史を清算することであり、日中関係そのものにはねかえるというのだ。


同様に、チベット人への迫害はダライ・ラマ法王とその亡命政府を擁護するインドへの挑戦であり、ウイグル人虐殺は万単位のウイグル人を抱えるトルコ及び中央アジア諸国にとっての非常に厳しい国際問題だと、説明する。


香港の件に戻れば、香港問題は即、台湾問題である。台湾問題は即日本にはねかえる。中国の言う国内問題は、日本に密接につながる国際関係連立方程式なのだ。


少数民族自治の実態


それにしても中国は彼らの言う「国内問題」を、どのように片付けてきたのか。楊氏は、チンギス・ハーンの末裔でモンゴル最後の王女、スチンカンルの一生を辿ることで、中国の残虐的手法を描いてみせた。


王女スチンカンルは1927(昭和2)年に生れた。女児は聡明で美しく、10歳になった頃、北京郊外の盧溝橋で日中戦争が始まった。やがて日本は敗戦し、満蒙政策に協力したモンゴル人たちを後ろに残して引き揚げた。戦後、モンゴル人を襲った悲劇の大きな原因のひとつが日本に協力したことだった。もうひとつの原因は彼らが中国から独立しようとしたことだった。


どちらの要因も中国共産党の憎しみを買い、そのためにとりわけ苛酷な弾圧の日々がモンゴル人を待ち受けていた。58(昭和33)年に始まった「大躍進」では王女スチンカンルも、その母の王妃も土中に掘った穴を住居とした。


大躍進では農民2000万人が餓死したとされる。スチンカンルは灌木林に捨てられた家畜の死肉を乾燥させて食し、辛うじて生きのびた。


66年に文化大革命が始まると、真っ先に文革の嵐に晒されたのもモンゴル人だった。王家の血筋を引くスチンカンルにはとりわけおぞましい責め苦が加えられた。大群衆の前でつるし上げられ、凄じい暴力を振るわれ、心身共にボロ#裂#きれ#同然となった。彼女はやがて「私は反省する。反省します」とぶつぶつつぶやき、頭を下げ続けるようになった。


楊氏は書いている。


「内モンゴル自治区では、中国人が一方的にモンゴル人をリンチし、殺害するというジェノサイドが実行された。これが、少数民族自治という政策の実態である」


中国共産党政府は心中深く、日本に強い敵愾心を抱いている。彼らの非人道的手法を止めることは世界のためでもあるが、何よりも日本国のためだ。日本の武器は価値観と道義である。それをいま、打ち出すのだ。

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