闘うコラム大全集

  • 2020.02.13
  • 一般公開

ウイルスが切り崩す、中国独裁政権

『週刊新潮』 2020年2月13日号

日本ルネッサンス 第888回


14億人の国民の上に君臨する絶対的権力者、21世紀の終身皇帝を目指す習近平国家主席の実相を、新型コロナウイルスがこれでもかこれでもかと抉り出している。


中国中部、武漢で発生したこのウイルスは中国共産党一党独裁体制と習近平氏の退場を促すきっかけになるやもしれない。たとえそこまで行かずとも、世界第二の大国の基盤の緩みは国際政治の力学を大きく変化させずにはおかないのではないか。


習政権は今回のウイルスへの対応で、中国共産党が全く進歩していなかったことを世界に曝露する結果となった。彼らは17年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から何も学んでいない。むしろ当時よりも後退している。


当時、中国政府はSARSに関する情報を「隠蔽」したとして国際社会の強い非難を浴びた。それでも当時の胡錦濤国家主席は、今回の習氏の大失態との比較において、それなりに努力したと評価されている。


SARSの感染症例第一号は2002年11月に広東省で確認され、すぐに隣接する香港に、翌03年3月には北京市にも広がった。このとき、著名なウイルス研究者、鍾南山氏が香港メディアの取材を受けて中国政府が情報を隠蔽していることを曝露した。


ちなみに鍾氏は、今回も当局が隠していた新型コロナウイルスが「ヒトからヒトへ感染している」という重要情報をメディアに発表した人物だ。


SARSの危険性を知らされた胡氏は、情報隠しの中心にいた北京市長と保健衛生大臣を更迭し、情報開示を急がせた。産経新聞の外信部次長、矢板明夫氏が当時の状況を説明した。


「SARS発生の当初段階で情報は隠されていましたが、胡錦濤は責任者を明確な形で処分し、情報開示に踏み切りました。結果として広東省のメディア『南方週末』などが積極的にSARSの危険性を報じるようになりました。今回、中国政府の手元にはSARSの経験を踏まえた対策があったはずです。しかし、習政権は基本的に何の対応もしていないのです」


「発表は絶対にウソ」


中国のネット空間では今も新型コロナウイルス蔓延の情報が次々に削除されている。明らかにそれは政権の意向であろう。共産党の代弁者たる中国メディアは、主として共産党指導部が頑張っているという類のニュースを伝えるばかりだ。この言論空間から真実が発信されるとは思えない。


新型ウイルスは本当にどこまで広がっているのか。私たちには推測するしか術がないが、武漢から帰国した日本人のケースがひとつのヒントを与えてくれる。帰国した565人中、感染者は8人である。従って感染率は1.4%だ。この数字を武漢に閉じ込められている約900万の中国人に当てはめると、感染者数は12万6000人になる。2月3日時点で中国政府が発表している約1万7000人とは桁違いだ。


留意すべき点は、帰国した日本人は中国人との接触が特に多かったわけではなく、衛生環境も悪くなかったと考えてよいということだ。従って日本人の1.4%という感染率は武漢の中国人よりも低い可能性がある。その場合、武漢の人々の感染は前述の12万人余りよりもっと多いと考えられるのだ。


中国を知悉している矢板氏が語った。


「中国当局の現在の発表は絶対にウソです。世界は武漢の真実を知ったら、驚愕するでしょう。だからいま、中国共産党は毎日、情報を小出しにしているのです」


中国当局は2月に入って以降、感染者数が日々2000人単位で増えており、死者の数も急増中だと発表している。感染者、死者共にまるで転げ落ちる雪だるまのように増えていると言っているに等しい。それでも中国当局による一連の数字は非常に低く設定されていると考えるべきだ。


インターネット空間の幾つかの映像を見てみよう。ビニールシートでくるまれた死体が、病院ではなくアパートから白い防護服とマスクで重装備した保健員のような男たちによって運び出されている。亡くなった中国人は新型コロナウイルスの犠牲者だと考えてよいだろう。この気の毒な人に一体何が起きたのか。矢板氏が説明した。


「武漢の人々は事実上、見捨てられているのです。まず、武漢では電車もバスも含めて全ての公共交通手段が止められています。ガソリンスタンドも閉店で自動車も動けない。住民には病院に行く足がない。それでも何らかの手段で病院に辿り着いたと仮定して、そこにはすでに長蛇の列があります。医者に診てもらうまでに何時間もかかる。医者に診てもらっても病院にはクスリがありません。本当に悲惨です」


日中関係の展望


習氏は急ピッチで病棟を建てさせたが、そこでどんな治療が可能になるのか、押し寄せる患者を収容するのに十分なのか。大いに疑問視されている。結果として家にとどまる人が多く、感染者も発症者も自宅で静養する。自身の免疫力で治る人もいる。治らずに死亡する人もいる。


自力で治る者は治れ、生き残れない者は死ねと言わんばかりの状況に、900万人を置いていると言ってよいだろう。それ故、中国共産党は武漢の住民を事実上見捨てていると、矢板氏は強調するのだ。これらの人々は当局発表の「感染者」にも「死者」にも数えられない。中国の国民にも国際社会にも、今回のウイルスの犠牲者の実態が正しく伝えられることなど望めないのである。


一党独裁体制の下では必ずといってよいほど、国民の命も幸福も、社会の安寧も、軽んじられる。社会を蝕む異常や不条理に関する情報はみな隠される。国民生活は息苦しくなり、弱い人ほど苦しめられる。党や国の面子の前に、多くの国民は命さえ奪われる。これが一党独裁国家の現実である。


こんな悲惨な状況に陥ったことについて、習氏の責任を問う声はまだ大きくはない。共産党にとって自らの生き残りのためにも今はウイルス制圧が最優先であり、指導者の責任を問う余裕はないのであろう。しかし、ウイルスは共産党の土台を深く切り崩しつつある。中国経済が壊滅的影響を受けつつある。米中貿易戦争で成長が鈍化していたところをウイルスに襲われ、中国経済は凍結されてしまった。中国共産党の力の源泉は経済成長による富の分配にある。それができなくなったときの中国国民の怒りには烈しいものがあろう。下からの革命で政権を倒してきた中国の歴史を振りかえれば習近平体制の展望は暗い。


このような状況で、3月5日開幕予定の全国人民代表大会を開催できるのか。それにより、日中関係の展望も大きく左右されることになる。

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