闘うコラム大全集

  • 2020.08.06
  • 一般公開

もっと危機感を、逆ニクソン・ショック

『週刊新潮』 2020年8月6日号

日本ルネッサンス 第912回


7月24日、米国政府がテキサス州ヒューストンの中国総領事館を閉鎖すると、27日、中国政府が四川省成都の米国総領事館閉鎖で応じた。


ヒューストンの中国総領事館は夜を徹して秘密書類などを燃やした結果、火災を引き起こし、放水する事態となった。同総領事館を米国における中国のスパイ活動の拠点だと断じた、ポンペオ米国務長官の言葉が真実味を帯びた事件だった。


米中が在外公館閉鎖の異例の措置を取り合い、対立を深める中で、両国に挟まれている日本は否応なく運命の岐路に立たされる。急変する米中関係は日本の命運を決する一大事である。正しく対応しなければ未来永劫、わが国の国柄も国益も守れない。にも拘わらず、わが国のメディア、政界、世論のなんと静かなことか。


約半世紀前、1971年の「ニクソン・ショック」のとき、日本国中が大騒ぎだった。ニクソン大統領はベトナム戦争に最も深く関わっていたジョンソン前政権を厳しく批判し、ベトナム問題解決のプロセスの中で対中関係を改善し、米国が最大の脅威ととらえていた旧ソビエト連邦に対する切り札として中国を活用した(田久保忠衛『ニクソンと対中外交』筑摩書房)。


それまで全く国交のなかった中国を、ニクソン大統領が翌72年春までに訪問する、とわが国は発表3分前に知らされた。そこから怒濤の報道が始まり、やがて佐藤栄作首相は退陣し、田中角栄首相、大平正芳外相による性急な訪中と国交樹立に至ったのは周知のとおりだ。


当時日本全体を包んだ底の浅い狂乱報道がよいとは言わないが、現在の奇妙に静かな反応にも私は不安を覚える。それは日本が現状維持を基調とする最も安易な、しかし中・長期的に見て、確実に間違った方向を目指している兆候に思えてならないからだ。


先週の当欄でも指摘したが、いま、地球社会は価値観の対立の真っ只中にある。ニクソンは半世紀前、中国を国際社会に誘い開放させたときに語ったという。


「我々は怪物フランケンシュタインを作り出したのではないか」と。


中国共産党を「信ずるな」


以降の対中関与政策で、米国は中華人民共和国70年余の歴史の内、50年間も彼らを助けてきたことになる。そしてニクソンの恐れたフランケンシュタインを作り出したと、ポンペオ国務長官は言っているのである。


7月23日、ニクソン大統領記念図書館でのポンペオ氏の演説はニクソン以来の対中政策の大反転をはかるもので、「信ずるな、そして検証せよ」という一言に凝縮されている。レーガン大統領はかつてソ連との交渉で「信頼せよ、しかし検証せよ」と言った。いま米国は中国共産党(CCP)を「信ずるな」と断じている。


ニクソン以降、米国は中国が共産主義の国だという事実に目をつぶり、豊かになれば米国と同じような開かれた民主主義国になると信じてきた。イデオロギーの相違を過小評価し、モラルも含めて共産主義中国を見る米国の目がいかに間違っていたかについて、ポンペオ氏は強調している。


「自分は冷戦時を陸軍で過ごした。ひとつ学んだのは共産主義者はいつも嘘をつくということだ。CCPの一番の大嘘は、彼らが14億の国民を代表しているという点だ。現実には国民は監視され、弾圧され、自由に発言することを恐れている。(嘘で固まった)CCPはどの敵よりも人民の正直な声を恐れている」


いま米政権はCCPと中国人民を明確に区別して外交を進めており、ポンペオ氏は「中国国民はCCPとは異なり、自由を愛するダイナミックな人々だ」と賞賛する。


強硬手段だけで米国の望む結果が達成できるはずはないとの考えに基づいて、米国は自由を愛する中国国民と協力し、彼らに力を与えたいと言うのである。


演説後の質疑応答で、ニクソン大統領記念図書館館長でニクソン研究の第一人者であるヒュー・ヒューイット氏が、中国の国民とCCPを分けるのは、恰(あたか)も二つの中国があるかのようだ。この構図の中では外交は機能しないのではないか。むしろ外交が失敗することを目指しているのではないかと尋ねた。私はドキッとした。米国は中国国民を支援してCCPを打倒させようとしているのかという問いに聞こえたからだ。


ポンペオ氏は、CCPが唯一の党であるからには米国はCCPと交渉するが、同時に中国国民の声を無視することはできない、と答えた。米国は中国共産党潰し、レジームチェンジを視野に入れているとしか考えられないと、私は思う。


日本の国益か否か


ニクソン以来初めて、米国は中国の共産主義イデオロギーに真剣な懸念を抱き始めたのだ。中国人民解放軍(PLA)は中国国民ではなくCCPを守る軍隊で、中国の全ての組織も企業もCCPのために働く機関にすぎないことに気付いたのだ。


国営の中国企業は、利益を度外視してCCPの戦略で動く。自由競争を原則とする米国など西側企業に対しては有利な競争を展開できる。中国人学生も研究者もCCPの先兵となり、米国の知的財産、研究成果を盗み続ける。こうしたことが現実に横行していることを認め、米国は問うている。なぜ中国の悪行を長い年月許してきたのか、と。中国が引き摺り続けている共産主義の、西側体制への強い敵対感情に無知であったこと、冷戦における勝利が生んだ慢心、強欲な資本主義、中国の巧みな「平和的台頭」話に目眩ましを食らったことなどを、ポンペオ氏は原因として挙げているが、無知、慢心、強欲、目眩ましの全てが、わが国、とりわけ経済界に当てはまる。


ポンペオ氏はこうも問うている。「我々の精神は望んでいても、我々の肉体は弱いのではないか」と。CCPとの戦いは容易ではない。経済的利益に目をつぶっても、価値観に基づいて正しい道を歩まなければならない。それは財界をはじめとする人々が最もいやがる道である。しかし、いま、日本は中・長期的な視点に立って国益を考えなければならない。マルクス・レーニン主義の中国を変えるには、彼らの言葉ではなく行動を見て、「行動対行動」の原則で対処しなければならない。先述の「信ずるな、そして、検証せよ」の心構えこそ、私たち日本が持つべき構えだ。この世紀の大きな危機の前で大事な選択を迫られている。米国か中国かをも含めて、日本の国益となるか否かが私たちの基軸であるべきだ。尖閣問題を見よ、歴史問題を見よ。国民全体が問題を意識しなければ日本の次の世代、そのまた次の世代は何もかも中国に仕切られる世代になってしまうだろう。日本国民はこの危機を実感し、中華世界の支配を回避して立派に日本の道を歩んできた私たちの歴史を心に刻もう。

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