闘うコラム大全集

  • 2021.01.07
  • 一般公開

新年の読書は『天皇の国史』だ

『週刊新潮』 2020年12月31日・2021年1月7日合併号

日本ルネッサンス 第932回


冬至がすぎ、新年が近づいてきた。新しい年がどんな年になるか、それは私たち日本人次第だ。


世界情勢の大混乱はどの国をもいためつけている。日本だけが武漢ウイルスの攻撃に晒されているわけではない。他方、ウイルスを撒き散らした中国は、いち早く経済再生をはかり、一番得をしているように見える。だが、彼らは武漢ウイルスをきっかけに国際社会に正体を見られてしまった。世界の混乱を利用して、中国こそ善なる医療大国であるかのように装い、他方で香港人やウイグル人を弾圧し、支配し、沈黙させている。その嘘にまみれた醜い姿を、ウイルスが次々に明らかにした。そして国際社会の主要国に中国の友人はいなくなった。まさに天網恢恢、疎にして漏らさずなのである。


令和3年、米中のせめぎ合いはこれまで以上に深刻化するだろう。中国は孫子の兵法を駆使し、世界の覇権国となるための大戦略に基づいて次々に新たな戦術を繰り出してくるはずだ。わが国は中国の攻勢を防ぎ、米国には、日本と同盟関係にあることが米国にとって非常に価値あることだと、精神的にも物理的にも示さなければならない。


そのために日本の本領を発揮することだ。日本は幾千年も穏やかな文明を育んできた。記憶にないほど太古の昔から万民平等の哲理を自然の内に実践してきた。その中心に天皇がいらした。


天皇の存在を理解するには、東京の皇居ではなく、京都御所を想い起こすのがよい。明治維新で江戸城が無血開城され、明治天皇は東京に移られたが、それ以前は京都御所におられた。


京都御所は江戸城とは異なり、敵の襲来から御所を守る堀もない。頑丈な城壁のかわりに簡素な築地塀しかない。賊は侵入しようと思えばいつでもできるだろう。だが長い歴史の中でそんな不埒なことは起きなかった。世界でこのような国は本当に珍しいはずだ。天皇と国民のこの穏やかな関係は、天皇が常に民と国のために祈り、民もまた天皇と皇室に敬愛の情を抱いてきたからであろう。


幸福を願う心


日本の歴史は、天皇と民が共に歩んできた歴史であることを、多くの事例を引きながら、見事にまとめたのが竹田恒泰氏の『天皇の国史』(PHP)である。武漢ウイルスでお正月休みを静かに読書して過ごそうと考えている方も多いと思うが、668頁のこの大部の書、『天皇の国史』をお勧めしたい。


竹田氏は日本の特徴を、宏大な宇宙はどのようにして生まれたのかという大きな謎の話から始めている。一神教のキリスト教では、天地創造の物語は「初めに神(ゴッド)が天と地とを創造した」という言明から始まる。つまり偉大な神が大宇宙を創られたという説だ。


対照的に日本国の成り立ちを記した「古事記」は、先に宇宙空間があり、そこに神々が出現したと記述している。一神教の偉大なる神が宇宙を創ったのではなく、全ての生命の源である宇宙が神を創ったというのが古事記の世界観だ。


キリスト教の世界観においては、強きもの、尊きもの、正しきもの、善きものは全智全能の神であり、神に従うことで人間は導かれ、救われる。従って序列は「神→人→自然」となる。他方、古事記では神は時には間違い、時には悩み、時には他の神々に助言を求める。一神教の絶対的に正しく賢い存在とは正反対の、むしろ人間味のある神である。従って古事記、即ち日本文明の根底を成す世界観は「自然→神→人」の序列となると竹田氏は説く。


どちらが正しいと言うつもりは全くないが、生命や人の根源が自然であることは正しい摂理であろうから、古事記即ち日本の世界観の方が無理がないと感ずる。


古事記の世界観は日本人の精神性の根本を描いたものと言ってよい。そう考えれば、山や森、大きな岩や海、さらに一木一草の中にも日本人が神を見出したのは自然なことだっただろう。大自然を神々の宿るところと感じ取る感性はこの国の原始の時代から、国の成り立ちの初めからの感性なのだ。


古事記や日本書紀では、地上の国を統治することを、「知らす」「治らす」と表現していると竹田氏は指摘する。その上で、天皇が国を治めることは天皇が国の事情を知ることと同義だと解説する。ここに日本国の本質がある。支配するのではなく、知ることを重視するのである。対象を知ることは理解と共感、親愛の情につながる。その人の幸福を願う心につながる。それが天皇の祈りであろう。


歴代の天皇が常に国民・国家のために祈って下さっているそのお姿は、まさに古事記が描いた「日本は天皇の知らす国」という実態の反映なのである。


先人達の真実の歴史


もう一点、読みながら嬉しく感じたのは、日本は世界の四大文明からはるかに遅れていたと、たしか中学生の頃に教わった古代史が全くの間違いであるという指摘だった。竹田氏はアマチュア研究家、相沢忠洋氏の発掘した岩宿(いわじゅく)遺跡の磨製石器の歴史から説き起こし、日本民族の驚くべき足跡を明らかにした。


人類が最初に用いた道具は石器である。石器の中で、単に打ち砕いたのでなく、加工したものが道具としての磨製石器である。磨製石器の有無は文明成立の条件のひとつだが、世界最古の磨製石器は日本列島で発見されているというのだ。


岩宿遺跡の磨製石器は3万5000年前のものだった。その後も長野県、熊本県、岩手県などからさらに古い3万8000年前まで遡る磨製石器が数多く発見された。


他方、世界で磨製石器が使用されるようになるのは1万年前、日本列島の文化は世界よりも2万8000年も進んでいたことになる。近隣諸国で言えば、中国の最古の磨製石器は1万5000年前のもので、朝鮮半島は7000年前だ。


であれば当然の疑問が湧く。古代、文明は中国から日本に伝わったのではなく、日本から中国、朝鮮半島に伝わったのではないか、と。


科学はまさに日進月歩、古代史も新しい科学的知見で年代が改められたりすることは珍しくない。日本列島に住んだ先人達の真実の歴史がもっと掘り出され、日本は本当に凄い国であると明らかにされる日を楽しみにしたい。


竹田氏は『天皇の国史』で初代の神武天皇から、令和の今上天皇までを描き切った。織田信長の意外な姿、明治天皇、昭和天皇のご決断。胸に迫る場面は少なくない。


日本国の歴史を天皇を中心に見つめ直すことは、さまざまな歴史の事象から日本文明の本質を掬い上げ、理解し、心にしみこませる作業につながる。是非、皆さんにも楽しんでほしいと願うものだ。

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