闘うコラム大全集

  • 2021.02.25
  • 一般公開

日本は価値観共有で危機を乗り越えよ

『週刊新潮』 2021年2月25日号

日本ルネッサンス 第939回


朝鮮半島情勢に詳しい韓国観察者の鈴置高史氏が興味深いことを語っていた。2月4日に行われたバイデン・文在寅両首脳による電話会談について、青瓦台(大統領府)が3種類の情報を出していたというのだ。


「米韓会談直後の発表では青瓦台は両国の海上協力については全く触れていません。つまり、米国は韓国を北朝鮮との関係における協力相手とのみ見做していたという意味です。しかし間もなく発表された2回目の情報は、米韓は北東アジア地域での協力で合意したという内容でした。3回目の発表では両国は朝鮮半島を超えてインド・太平洋において協力するとされました」


日本は韓国より1週間も前にバイデン氏との首脳会談を済ませており、米国とインド・太平洋における協力体制推進で合意していた。にも拘わらず、米国は韓国に日豪並みの協力を求めなかった。如何にも韓国が軽く見られているとの思いを文氏及び韓国政府が抱いたのであろう。その結果、次々に発表内容を変えたと見られるのだ。


この首脳会談以前に米国政府が示した朝鮮半島政策は、一言でいえばかなり関心が薄いものだった。


ブリンケン国務長官は、1月27日、長官就任後初の記者会見では北朝鮮問題に全く触れなかった。国家安全保障問題担当大統領補佐官のサリバン氏も1月29日、日米豪印による集団安全保障協議体(クアッド)の会議で4か国の協力体制強化を謳いながら朝鮮半島に全く触れなかった。こうした事情の中、文氏は米韓関係を米国も重視しているとの印象を与えたかったと思われる。


文大統領はバイデン氏との会談前の1月26日、中国の習近平主席との電話会談に応じたが、文氏のメッセージは一貫性を欠き、言動も一致していない。習氏との会談では、習氏が「(朝鮮半島)非核化の実現は(両国の)共通の利益になる」「中国は(非核化への取り組みを)積極的に支持する」と述べ、文氏は習氏の積極的な支援を歓迎したという。


秘密ファイル


北朝鮮の非核化は中韓のみならず日米両国も強く望むところだ。その共通の目的に向かって、1994年の米朝枠組み合意に基づいた「朝鮮半島エネルギー開発機構」(KEDO)への協力に始まり、六か国協議は2008年まで繰り返し北朝鮮への支援を実施した。だが、肝心の韓国、文氏の側に裏切り工作の疑惑が浮上したのだ。


1月28日、韓国SBSテレビが文政権による北朝鮮への原発支援計画を示す秘密ファイルについて報じた。『産経新聞』の久保田るり子氏が2月7日の「朝鮮半島ウォッチ」で詳報したが、それによると、検察捜査で、産業通商資源省の「60pohjois」と記されたフォルダから多数の秘密ファイルが発見された。pohjoisはフィンランド語で「北」を意味する。ファイル作成は2018年5月だった。


周知のように同年4月27日、文氏は北朝鮮の金正恩委員長(現在は総書記)との初会談を行った。そのとき文氏は、自らの経済発展構想や南北共同プロジェクトの概要をおさめたUSBメモリーを金氏に渡したことが知られている。また世界が注目する中、二人は屋外で44分間も話し込んだ。その映像を読唇術で解読した結果、「発電所」「原子力」という言葉が読みとれたと報じられた。


久保田氏は、秘密ファイルには韓国の北朝鮮エネルギー支援として3案が示されていたと指摘する。➀KEDOが軽水炉建設を進めた場所に原発を建設する、➁非武装地帯(DMZ)に建設する、➂建設中止となっている韓国の原発、新ハヌル3・4号機を完成させて北朝鮮に送電する、である。


事実なら、朝鮮半島の非核化で中国及び米国と協力するという文氏の公式立場は全面的に虚偽になる。国連安保理の対北制裁、米韓原子力協定にも違反する裏切りである。


文政権は即、秘密ファイルへの関与を全面否定したが、このような重要な意味を持つ国家プロジェクトを、役所が単独で描けるとは思えず、疑惑は深まっている。


文氏との連携は確かではないが、金氏は今年1月5日開始の労働党大会で、突然、「新たな原子力潜水艦の設計研究が終わり、最終審査段階にある」と発表した。また、水中発射の核戦略兵器保有を目標として設定したとも語った。


遡ること約1年、19年12月末の労働党中央委員会では、金氏は「世界はわが共和国の保有する新たな戦略兵器を目撃することになる」と予告していた。北朝鮮の大胆な核戦略への支援に文政権が前向きなのではないかとの疑惑は拭えない。


革命の国


文氏は大統領就任直後から顕著な民族優先主義を唱えてきた。氏の朝鮮半島の未来図の基本となるのが民族主義である。『反日種族主義との闘争』(文藝春秋)の著者、李栄薫元ソウル大学経済学部教授は、文氏の信奉する民族主義は北朝鮮を民族・民主革命を遂行したとして高く評価するところから始まるものだと語る。


文氏が人生の師と仰いだ盧武鉉元大統領は、左翼革命思想家たちのバイブル、『解放前後史の認識』という6冊のシリーズ本の思想の申し子だ。


彼らの精神世界では、中国は人本主義に溢れる革命の国で、将来、米国に代わって世界をリードする先進文明の国と位置づけられている。北朝鮮は、物質的には苦しくとも精神的には豊かな国で、韓国の物質と北朝鮮の精神を統合すれば、日本など一気に追い抜ける強国となるとする。


これが、文氏が政権発足直後から幾度か口にしてきた、南北間の低い段階から始める連邦政府なのである。それが民族統一、平和統一の第一歩だと、文氏が考えているのは確かだろう。


この考えを突き詰めると、世界に君臨すべき大国は、米国ではなく中国となる。文氏の韓国は、最終ゴールとして中国が世界の中心に立つ中華帝国の一員を目指していると見るべきだろう。


この文政権とどう向き合うか。米国の朝鮮半島への関心が希薄であることは先述した。対照的に中国はじっと狙いを定めて、完全掌握の機を窺っている。


日本に出来ることは、まず、韓国が中国に引き寄せられる状況に備え、あらゆる意味で日本の力を強化することだ。その先に、クアッドの体制強化の必要性を関係国に説き、参加意欲を見せる英国を急ぎ招き入れるべきだ。英国にはTPPへの道も急ぎ開くのがよい。次に韓国内で広がる反文在寅の国民運動と連携し、1年と3か月後に迫った政権交代でより親日的、親米的政権が生まれる方向へ、全ての努力を傾注するのがよい。

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