闘うコラム大全集

  • 2021.04.29
  • 一般公開

日米首脳会談、総理が背負った課題

『週刊新潮』 2021年4月29日号

日本ルネッサンス 第948回


バイデン大統領とは通い合うものがあり、昼食のハンバーガーに手もつけず互いの人生について語り合った。こう振り返った菅義偉首相の表情は安堵と喜びを表していた。


4月17日、首脳会談を受けて発表された共同声明には「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記され、日本が「自らの防衛力強化を決意した」こと、米国が「核を含むあらゆる手段での日本防衛」を確認したことも書き込まれた。


首脳会談直前の14日付けで、菅首相名で「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙に寄稿した記事には会談への抱負として気候変動などが挙げられていたが、中国にも安全保障にも触れておらず、私は首脳会談の行方を懸念していた。しかし、終わってみれば首相は中国の脅威についても対策についても、極めて明確な言葉で意思表示をした。


コロナ禍での今回の首脳会談は、これまでの首脳会談の中で最も重要な意味を持つ。首脳会談、共同声明、それに先立つ戦略国際問題研究所(CSIS)での講演から、首相の決意が見えてくる。


「台湾海峡の平和と安定の重要性」は外務・防衛二大臣同士の戦略会議、いわゆる「2+2」ですでに確認済みだが、共同声明で再び明記したことで台湾の行く末についての日米両国の誓約にさらなる重みが加わった。その上で、菅首相は日本の防衛力を強化すると約束した。


防衛力の強化こそ日本にとって喫緊かつ最重要の課題だ。中国の異常な軍拡によって軍事バランスは圧倒的な中国優位、日本劣位に陥っている。菅首相はそこに切り込んだ。CSISでの講演でもこう語っている。


「主権に関する事項、民主主義、人権、法の支配などの普遍的価値について、譲歩する考えはありません」


中国の恫喝


中国の軍事力強化によって東シナ海・南シナ海で一方的な現状変更の試みが続いているとして、さらに首相はこう語っている。


「このような安全保障環境の中にあっても、国民の命と平和な暮らしを守り抜くべく、我が国自身による努力を重ね、対応力を高めていく」「同盟国である米国との間で抑止力と対処力を一層強化していく」「日米同盟を更なる高みに引き上げていく。これは私の重要な責務だ」


バイデン政権が対面での最初の会談相手に菅首相を選んだのは、安全保障で以前とは異なる次元の軍事協力を日本に期待しているからだ。米国に頼りきりの日本であることをやめてほしい、米国は同盟国として日本防衛に力を尽くすが、日本も米国を扶(たす)けて地域の安全、平和、安定に貢献してほしいという考えだ。


米国の要請に菅首相は果敢に応えた。だが中国は大反発だ。中国共産党の代弁メディア、「環球時報」は17日、社説で次のように日本を貶めた。


「(日米関係は)外交面では主従の性格が色濃い」、「(日本の外交は)半主権のレベルでしかない」。


彼らは日米同盟を日独伊三国同盟にたとえて「アジア太平洋の平和に致命的な破壊をもたらす枢軸に変化する可能性がある」とも書いた。


社説の結論が興味深い。


「日本に対し、台湾問題から遠ざかるようにご忠告申し上げる。ほかのことなら外交的手腕をもてあそび、合従連衡の策を弄してもよいが、台湾問題に巻き込まれたなら、最後には自ら災いを招くことになる。巻き込まれる程度が深いほど、払う代価も大きくなるだろう」


台湾問題では妥協しない、日本は覚悟せよと恫喝しているわけだ。だが菅首相も、この種の中国の恫喝には屈しない、妥協しないと宣言済みだ。それが米国での一連の発言の意味である。では米国はどうか。周知のように米国の中国を見る目は非常に厳しい。政治的妥協の余地は余りない。


アントニー・ブリンケン国務長官をはじめ、バイデン政権の閣僚らの人権意識の厳しさは時間の経過と共により鮮明になっている。アラスカ会談におけるブリンケン氏の対立的言辞を外交官らしくないと批判する論調もあったが、驚くほど率直なあのような批判は、米政権中枢を占める人々のまっすぐさ加減を示すものとして、私は強い印象を受けた。


恐らく彼らも妥協はしないだろう。とすれば、米中関係は日に日に厳しくなる。価値観の対立はあらゆる分野に波及し、関係改善は当面望めないだろう。かといって誰も軍事衝突や戦争は望んでいない。この緊張の中で当事国は無論、どの国も有事勃発に備えるというのが、眼前の状況への答えなのである。


世界制覇の野望


バイデン大統領は今月14日にアフガニスタンからの撤退を表明した。9月までの完全撤退を目指すが、それは最大の脅威、中国に力を集中させるためだ。バイデン氏は米国の最大の脅威をテロ勢力から中国へと移したのである。


米国は9.11に見舞われたブッシュ政権以来、主たる脅威をテロ勢力だとしてきた。それ以前の米国は中国を戦略的ライバルとしていた。いま20年振りに中国は米国にとっての最大の脅威と位置づけられたことになる。


米国がテロとの戦いに力を注いだこの間、中国は軍拡を続け恐るべき大国となった。その結果、米国でさえも中国の軍事力に圧倒されつつある。


最新の「フォーリン・アフェアーズ」(21年5~6月号)にミッシェル・フロノイ氏が「米軍は優位性喪失の危機にあり」という論文を書いた。フロノイ氏は国防総省で戦略を構築した女性である。フロノイ論文は、米国は中国軍の強大化、中国共産党の世界制覇の野望を阻止できるのかについて分析しているのだが、かなり内省的である。


彼女は警告している。米国は戦略を変えるところまでは来ているが、実行段階に到達していないというのだ。中国が尖閣或いは台湾奪取で動くとき、日米は必ずこれを防がなければならない。そういう状況下での日米首脳会談であり、菅首相の発言だった。それが具体的に意味することを、日本国民、政府、日本全体で考えなければならない。


日本が主権国家であれば、米軍の戦略・戦術が効果的に展開されてもされなくても、海上保安庁及び自衛隊の力で中国を抑止しなければならない。菅首相の日本の防衛力強化の約束は、そのことを覚悟してのものでなければならない。


であれば、菅首相は海上保安庁法第25条改正、敵基地攻撃を可能にし、防衛予算を大幅に積み上げ自衛隊員をふやし、装備全般の顕著な充実整備に取りかかる必要がある。


こうしたことをひとつひとつ実現していくことが、日米首脳会談で約束した防衛力強化であろう。一旦決めたら実行するのが菅首相の特徴だという。新しくも厳しい国際情勢の中で、日本が果敢に生きのびていく道を切り拓いてほしい。

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