闘うコラム大全集

  • 2022.04.21
  • 一般公開

専守防衛を捨てても周回遅れの日本

『週刊新潮』 2022年4月21日号

日本ルネッサンス 第996回


プーチン露大統領の考え方は「MICE」で表現されるという。人を動かす力は金(money)、イデオロギー(ideology)、弾圧(coercion)、エゴ(ego)だと見るところが、KGB(ソ連国家保安委員会)のインテリジェンス・オフィサーの特徴だというのだ。


対ウクライナ侵略戦争はすでにひと月と3週間に及ぶ。戦費は一日当たり200億~250億ドル(2兆500億円~3兆1250億円)に上ると、英国政府が3月25日に発表した。ロシア政府の歳入は25兆ルーブル(約37兆5000億円)にすぎず、元欧州連合軍最高司令官、スタブリディス氏は「プーチンは国民の支持を失う前に金欠に陥る」と語っている。


局面打開を急ぎたいプーチン氏は4月9日、ウクライナ作戦を統括する司令官に南部軍管区のドボルニコフ氏を任命した。この人物は2015年、シリアでアサド政権の劣勢を挽回するために送り込まれ、殲滅作戦の徹底で反アサド勢力を潰した。いまウクライナで行っているのと同じく、軍事施設、民間施設の区別なしに猛攻撃して無辜(むこ)の国民多数を殺し、欧州各国を660万人の難民で溢れさせた張本人だ。


プーチン氏は現在キーウなどウクライナ北部から撤退し、東部での戦闘に向けて態勢を立て直しており、その統括官が無慈悲極まるドボルニコフ氏だ。ウクライナ側は大規模戦闘への準備はできていると発表、ゼレンスキー大統領は「攻撃をやめれば弱い立場に立たされる」と、徹底抗戦継続の覚悟を示した。


西側のウクライナ支援も新たな段階に入った。4月8日にはEU委員長フォンデアライエン氏がキーウを訪れ、ウクライナのEU加盟を急ぐと約束した。9日には英首相のジョンソン氏もキーウを電撃訪問し、英国が新たに装甲車輌120台に加えて対艦ミサイルシステムも提供すると発表した。オーストリア首相のネハンマー氏も同日キーウを訪れた。


中国の主張


西側からの武器装備の支援も進む。米国は最新鋭のMI戦車250輌をポーランドに供給し、ポーランドは手持ちの旧ソ連製戦車をウクライナに渡すと決定した。地対空ミサイルのS-300も同様の形でウクライナに渡されようとしていると、自民党外交部会長の佐藤正久氏が語る。


「PAC3は東欧諸国が強く望んでいる武器です。彼らの多くはソ連時代のS-300を使用しています。ポーランドはS-300をウクライナに渡して、米国からPAC3を得たいと考えています」


ウクライナ国境近くのポーランド空軍基地にはすでにPAC3が配備され米軍が展開中だ。だが米国側にはポーランド常駐を避けて中国に向き合うという戦略があり、PAC3の供与は米国の方針にも適う。


米国は携行型の無人攻撃機、スイッチブレード300も100機、ウクライナに提供する。これは射程10キロ、軽装甲車などの破壊に威力を発揮する。ウクライナへの武器装備の支援は明らかに防御型から攻撃型へと移った。


西側が目に見える形でウクライナへの軍事支援を強化させる背景には、ロシア軍撤退後のブチャの町で多数のウクライナ人の虐殺遺体が発見されたことがある。他の多くの町でも同様の事態が起きていると見るべきで、ロシアの非人道的行為に対する国際社会の非難と反ロシア感情はかつてなく高まっている。日本も米欧と共にウクライナを支援するのは当然だが、この局面で忘れてならないのが、わが国が近い将来直面する中国の脅威への対処だ。


習近平国家主席は今日に至るまでロシアを批判しない。ウクライナ問題はロシアとウクライナが話し合って決めるべきで、米国とNATOもロシアと対話せよ、と言い、ロシアへの多国間制裁は止めるべきだ、と主張する。ウクライナ問題の原因はNATOの東方拡大にあると言ってロシアと歩調を合わせ続ける。


中国の主張は全て、台湾有事のとき、どのように自国に都合のよい状況を作るかを念頭に展開されている。つまり、台湾有事のとき、台湾は中国と話し合って解決せよと言っているのだ。アジアにはNATOに匹敵する軍事同盟がないため、台湾を支援するのは台湾関係法を整備している米国と、日米同盟を有する日本が主力となる。それとても台湾と正式な軍事同盟なしにどこまで出来るのか。台湾の立場は非常に脆い。


多国間の制裁を牽制するのも、ブチャにおける市民虐殺を「ロシア軍の行為だとする証拠がない」として否定するのも、中国は自身の立場に引きつけて考えているからだ。


日本独自の核保有


台湾有事はまさに日本有事で、その危機は迫っている。わが国はどうするのか。自民党安全保障調査会は日本の国防力強化問題を論じており、会長の小野寺五典氏がこう語った。


「4月11日の会合では専守防衛の意味を国民に正確に伝えるべきだという結論を得ました。専守防衛は日本さえ平和を守っていれば相手側も攻撃しないで平和が守られるという印象がありますが、それは間違いだということです。専守防衛では攻撃を受けて初めて反撃するのですから、日本国民に被害が生じることを前提とした考え方だと国民にはっきり伝えることで一致しました」


大いなる前進である。同時に世界の現実から日本がどれだけ遅れているかを痛感させる。


攻撃能力(敵基地攻撃能力)の保持については、敵の中枢機能を叩く能力も含めて持つべきだと、皆の意見が一致した点は評価する。


ロシアはウクライナで化学兵器や核兵器を使うのではないかと言われてきたが、11日、英国防省はロシア軍がドネツク州で「非人道的兵器」に指定されている白リン弾を使用したと発表した。ゼレンスキー大統領はマリウポリで2万人以上の国民が死亡したと発表した。ロシアは地獄を生み出している。


中国も北朝鮮もロシアと同類の国々だ。彼らの化学兵器、核とミサイルの脅威に取り囲まれているわが国の安全を守るのに、専守防衛の見直しと攻撃力の保持だけで十分とは思わない。米国による核の拡大抑止力の強化や、米国との核の共有、さらに日本独自の核の保有について、自民党の国防問題の専門家らは話し合わなかったのか。小野寺氏によると、核保有は無論、核共有を支持する意見は全くなかったそうだ。米国の核の傘の拡大抑止については閣僚レベルで協議するのがよいという結論だったそうだ。しかし、岸田文雄首相はこれまでの自民党・政府の非核三原則についての立場より後退して、非核三原則を国是だと言い切る人物だ。そんな首相の下で、首相から任命された閣僚が核についてどれほど踏み込んだ議論ができるだろうか。この重要な問題を政府に投げるだけで、与党として議論をしないのは責任逃れ以外の何物でもない。責任政党としてきちんと議論せよ。

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