闘うコラム大全集

  • 2022.10.20
  • 一般公開

財務省よ、国防力強化を妨げるな

『週刊新潮』 2022年10月20日号

日本ルネッサンス 第1020回


9月は25、28、29の計3日、10月に入ってからも1、4、6、9の計4日、北朝鮮の金正恩総書記が弾道ミサイルを発射した。10月16日に開幕する中国共産党大会が終わる頃には核実験も行いかねない。金氏は9月8日、「核戦力政策に関する法令」を採択し、自身・自国に核や通常兵器による攻撃がなされる場合、或いはその危険が差し迫ったと判断される場合、即、核で反撃するとした。


ロシアによるウクライナ侵略戦争では、現地時間の10月8日早朝、戦略上重要なクリミア大橋が爆破された。ロシア軍は急遽補修し、10日にはウクライナ全土に猛攻撃をかけた。プーチン氏も核の先制使用を2020年6月に「ロシアの国家の存在が脅かされた場合、核使用の権利を有する」という核ドクトリンで内外に明らかにしている。北朝鮮もロシアも追い込まれるにつれて核攻撃に踏み切る可能性は高くなると見るべきだ。


10月7日の「言論テレビ」で元防衛相の小野寺五典氏、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏と共に、核について語り合った。高橋氏が小野寺氏に質した。


「ロシアが核兵器を使った後で、アメリカが独断で決めなかったら、つまり、同盟国と相談して決めると言われた時、日本はどう答えるか。アメリカに核で撃ち返して欲しいと日本は思うか、それを明確に自分の言葉として、アメリカ側に返せるか、政治家は覚悟を決める訓練を重ねてほしいと思います」


実は小野寺氏は、本年5月13日の言論テレビで同じ議論をしていた。


「連休でワシントンを訪れ、多くの人々と意見交換しました。そこで、ウクライナ戦争でロシアが核を使った場合、アメリカはどう戦うのかと尋ねると、アメリカが核を使う必要が生じた場合、アメリカ単独では決めない。NATO、日本など同盟国にも相談して決めると言われたのです」


この件を聞いて、安倍晋三元総理が即、言った。――「それは日本も責任を分担してくれという意味です」


小野寺氏が改めて語った。


「核を使ってでも日本を守ってくれ、むしろ使ってくれと言っているのが核の傘なんです。ですから、日本も共同責任を負うことになります」


5年間も待てるのか


中国では来たる共産党大会で習近平国家主席が任期三期目に入る。恐いものなしとなった終身権力者が台湾侵攻をはじめ対外強硬策に踏み切る可能性もある。中露北朝鮮の専制独裁者は核とミサイルを両手に持ち、恫喝外交を継続するだろう。


その脅威の前に立つわが国の現状の厳しさをまず自覚しておきたい。日本人全員が肝に銘ずるべきことの第一は、日本は経済大国でありながら、その中で唯一、軍隊を持っていない国だという点だ。自衛隊は憲法上も自衛隊法上も警察権の枠内に閉じ込められており、通常の軍隊ではない。行動は極端に制限され、軍隊としての動きはとれない。本来なら憲法を改正して自衛隊を縛っている法的な軛(くびき)を解かなければならないが、それが中々出来ないために、いま、眼前の問題、5年かけてGDP比2%にまで国防費をふやすという問題に取り組んでいるのが実情だ。


戦後70年以上、日本国全体が軍事に背を向けてきたツケは深刻で、自衛隊は隊員、武器装備、修理、備蓄、部品供給など、どこを見ても足りない。斯(か)くして自衛隊には継戦能力がないのだ。ミサイルも砲弾も半日で尽きると言われている。この空白は全力全速で埋めなければならず、5年間も待てるのかと思う。


国の基本は健全な経済と十分な国防、つまり強い軍だ。この二つを両立させるには国防費捻出のために増税するのではなく防衛国債を発行すべきだと言ったのが安倍元総理だった。増税すればまたもや経済が落ち込むのは目に見えているからだ。


にもかかわらず、国防力強化の財源を巡っておかしな動きがある。プライマリーバランス(PB)を重視する結果、防衛国債の発行に反対する財務省が暗躍しているのである。


9月26日、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が分科会を開き、鈴木俊一財務相が防衛力強化について「赤字国債に依存すれば有事の際に経済を不安定化させる」と語った。防衛国債発行論の牽制であり、PB重視の主張だ。


続いて9月30日には財務省主導の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が開かれた。名目は「総合的に考える」だが、初回会合を受けた記者への説明では防衛力強化のための財源を論ずるのが目的だと強調され、「財源の安定的確保」という表現が複数回使われている。会議には日経、読売などメディア代表も入っている。消費税引き上げは避けられない、といったキャンペーンを張ってもらおうとの財務省の意図が透視される布陣ではないか。


財務省の言いなり


しつこいようだが、現在わが国が直面する国防の危機は国家の存亡に関わるものだ。危機対処のためには考え得る全ての手を打つべきだ。それも一刻も早く、である。そうした一連の力強い対処は元気な経済なしには不可能だ。しかし財務省は国防費増額は増税で賄う、それが嫌ならその分、福祉予算などを削ると主張する。財政赤字がふえれば国債が暴落し、国債が発行できなくなるなどとも警告する。だが、国債の安定性はその国がしっかりしていることによって保たれるものであろう。また、増税で経済の足を引っ張れば経済の安定を損なうのは当然だ。


産経新聞特別記者の田村秀男氏の指摘に沿って日本の実態を見てみよう。円安などでわが国の企業の内部留保は前年比で49兆円ふえ、全体で約500兆円となった。家計の金融資産は1000兆円、企業と個人で1500兆円のお金を持っているのがわが国だ。


日本人にはお金があるのだ。その一部を防衛国債に充ててもらうことも考えてよいのではないか。国防費を5年間でGDP比2%にするにはざっと見て5年間で5兆円ふやす、つまり年に1兆円が必要である。わが国の人口は1億2600万人、1兆円なら1人当たり毎年8000円弱の国債を買ってもらえばよいことになる。


現在国民1人当たりの国防費は、日本人は4万円、米国人は21万円、韓国人が12万円、英国人が10万円だ。企業と国民が力を合わせて自衛隊を強くし、経済も順調に成長させることができれば、やがて増税にも耐え得る強い経済になるだろう。


少なくとも財務省がPBにこだわって増税し、またもや果てしないデフレの泥沼に深くはまるよりよいはずだ。


国の基盤を保ってこそ暮らしも命も守られる。財務官僚の思考には国益がないように思える。あるのは頑なな省益か。財務省の言いなりで国防の方向を見誤れば強く繁栄する国など創れないことを、岸田文雄首相は肝に銘ずるべきだ。

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