闘うコラム大全集

  • 2022.12.29
  • 一般公開

戦略3文書、戦後体制への決別を評価

『週刊新潮』 2022年12月29日号

日本ルネッサンス 第1030回


12月16日、岸田政権が発表した安全保障に関する戦略3文書はわが国の安全保障の在り方を根本から変えるものだ。戦後日本を特徴づけてきた空想的な平和主義を岸田政権は明確に批判し、その批判が戦略として位置づけられた。まさに歴史的な一歩である。


岸田氏は発する言葉数は多いが、真の意図がよく見えてこないと私は注文をつけてきた。しかし今、氏の意図は明確な形で示され、私は感銘を受けている。3文書に関して岸田首相を評価したい。


3文書は➀国家安全保障戦略、➁国家防衛戦略、➂防衛力整備計画から成る。➀はわが国の安全保障政策の根幹を成す考え方、哲学を示している。➀の戦略に基づいて防衛政策を具体的に策定するのが➁である。➀と➁を実現するために必要な訓練や武器装備の調達計画が盛りこまれているのが➂である。


3文書で約100頁、その中でまっ先に私の目をひいたのが➀の安保戦略文書内、以下の文言だ。


「強力な軍事能力を持つ主体が、他国に脅威を直接及ぼす意思をいつ持つに至るかを正確に予測することは困難である」。


強力な軍事能力を持つ主体を「中国」と置き換えれば、中国がいつ日本や台湾に直接的に侵略をかけようという気になるか、正確に予測することはできないということだ。軍事強国が侵略戦争を始める時期は予測できない、言い換えれば軍事強国は侵略しないなどと考えてはならない、という表明である。


右の認識は憲法前文の否定につながる。憲法前文にはこう書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。


年来の日本は右の夢見る子供のような考え方を金看板にしてきた。中国も含めて世界は「平和を愛する」国々、公正で信義に厚い人々で満ち溢れているのであるから、そのような国際社会を信頼して日本国民の生存(命)と、日本国の安全を預けるのがよいという非合理の極みとも呼ぶべき主張が幅を利かせてきた。この空想論とは全く別の、現実を見据えた考え方が今回の安保戦略で打ち出されたのである。憲法前文の否定がわが国の戦略文書を貫く基軸となった。実に大きな一歩ではないか。


核弾頭を1500発


安保戦略文書はさらに指摘する。「したがって、そのような主体の能力に着目して、我が国の安全保障に万全を期すための防衛力を平素から整備しなければならない」。


中国の能力に着目せよと言っている。主体、即ち中国が侵略してくるか否かを判断するには二つの要素の見極めが必要だ。意思と能力である。どちらが重要か。能力だ。相手を打ち負かすに十分な軍事力(能力)があれば、侵略者はいつでも侵略できる。そこに意思があれば侵略戦争を始める。だが意思があっても、十分な軍事力がなければ侵略は不可能だ。だからこそ能力に着目するのだ。その点を岸田政権がはっきりと打ち出した。


こんなことは国際社会では常識だが、わが国は長い間空想的平和主義に埋没し、狭い国内議論の外に出ることをしなかった。国際社会の常識を共有し、国家戦略の基盤とすることなど考えもしなかった。それが今回の安保戦略で大きく転換した。敵の能力に着目し、平素からわが国の防衛力を整備する。国際社会の善意に無闇に頼らず、“敵”の軍事力に対応すると明言した。


中国の軍拡の凄まじさは今更言うまでもない。2035年までに彼らは1000発の核を持つと米国防総省は予測していたが、11月末の中国の軍事・安保に関する年次報告書では核弾頭数を1500発に修正した。中国は米国の軍事能力に肉薄中なのである。米国の危機感も日本国のそれも全て、目の前の中国の生々しい軍拡から生まれている。こちらの立場はまだ中国に優勢とはいえ、状況が切迫していることも事実だ。


今回の3文書に関して、中国政府には腹に据えかねるものがあるのだろう。文書発表の翌17日、中国海軍は沖縄南方の太平洋上で空母「遼寧」から艦載戦闘機やヘリコプターの発着艦訓練を行ってみせた。6時間連続の集中訓練は大国意識丸出しの対日恫喝に他ならない。


止むことのない沖縄上空への人民解放軍の戦闘機及び爆撃機の接近、尖閣周辺での領海侵入など、日本への圧迫行動を安保戦略文書は明確に非難している。


「現在の中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、(中略)これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、我が国の総合的な国力と同盟国・同志国等との連携により対応すべきものである」。


名指しで中国は最大の戦略的挑戦だと言い切った。岸田政権はよく言った。言うべきことをきちんと言わなければ侮られる。侮られれば容赦ない軍事的恫喝や軍事侵略のきっかけになると覚悟しておくべきだ。だから決して侮られてはならないのだ。


安倍元総理の正論


戦略文書は、わが国は「国際社会の主要なアクター」であり、「同盟国・同志国等と連携し、国際関係における新たな均衡を、特にインド太平洋地域において実現」し、中国が一方的に現状変更を行うような状況を防ぐと誓っている。


また、国際協力の手段として、防衛力こそ最終的に担保する力だと断じ、「この機能は他の手段では代替できない」と明記した。


この強い姿勢をこれまでの北朝鮮外交と較べてみれば、どんなに大きな違いが生まれているかが分かるだろう。無理難題を吹っかけてくる北朝鮮相手に、とにかく交渉が第一だ、一に交渉、二に交渉、うまくいかなくても、時間をかけて外交力に頼るというのが日本だった。ところがいま、最終的に物事を決めるのは防衛力だとし、これを他の手段で代替することはできないと踏み込んだ。


ここで考える。岸田氏が今回決定したことは、概ね、安倍晋三元総理が主張してきたことである。安倍氏は現実をよく視(み)つめていた。最終的に決定するのは軍事力だと理解していた。今回、戦略文書で強調された反撃能力の重要性を提唱したのも安倍氏である。だが、安倍氏の主張がどれだけ正しくても、どれだけ国民の為になり、国益に資するものであっても、朝日新聞を筆頭にメディアは安倍氏の正論を叩きに叩いた。


岸田氏の主張展開にはそのメディアによる非難があまりない。あっても穏やかだ。


この点こそ岸田氏の強さである。不思議な強さだ。岸田氏はそれを政策推進の力に転化できるだろう。


私は、岸田氏が打ち出した戦略の、戦後体制からの訣別という大きな変化を、とりあえず、高く評価したい。

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