闘うコラム大全集

  • 2023.02.02
  • 一般公開

日韓、感情的妥協の罠にはまるな

『週刊新潮』 2023年2月2日号

日本ルネッサンス 第1034回


互いに近い国、日韓間には歴史解決にまつわる問題が絶えない。現在の焦点は戦時中の朝鮮人労働者への補償問題だ。戦時中に徴用されたという人々が日本企業を相手に損害賠償請求訴訟を起こし、その訴えを受け入れて韓国大法院(最高裁)は2018年10月30日、日本企業に支払いを命じた。無論日本は応じない。そこで韓国の公益法人「日帝強制動員被害者支援財団」が肩代わりするとの案が、本年1月12日、韓国側から発表された。


右案は日本にとって決してのめない内容だが、尹錫悦大統領がここまで誠意を見せたのだから、前向きに対応すべきだという意見が日韓議連を中心にある。韓国側は日本に「呼応する措置」を要望している。


韓国側の肩代わり案は「併存的債務引き受け」と呼ばれる手法で、「債務の同一性を失わせることなく、債務者と引受人が連帯して債務を負う」というものだ。債務支払いは、誰が引き受けようがその性格は全く変わらない、という意味だ。不変とされるその「債務の性格」を前述の韓国の大法院判決が説明している。


「原告らの損害賠償請求権は、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(である)」


「原告らは被告を相手に未支給賃金や補償金を請求しているのではなく、上記のような慰謝料を請求しているのである」


右の大法院判決は、112年前の日本による韓国併合と統治は違法だと言っているのだ。これを「不法統治論」という。また日本企業の朝鮮人労働者の雇い方は反人道的で、求めているのは未払い賃金ではなく慰謝料だとも言う。慰謝料は心の問題であるから韓国人の心が日本統治で傷ついたと言えば通用する。不法統治論と慰謝料を組み合わせれば全ての要求が罷り通る。日本側が受け入れる余地はないのである。


国際法に則って行ったわが国の韓国併合を1世紀以上も経ってから違法だとするには根拠が必要だが、大法院はその点を素っ飛ばしている。


戦争と関係なく出稼ぎのため


実は韓国で提訴した朝鮮人労働者は、それ以前に日本でも裁判を起こし、全て棄却されていた。その件について韓国大法院はこう述べている。


「同事件の日本判決をそのまま承認するのは大韓民国の善良な風俗や、その他の社会秩序に違反するものであり、したがって我が国で同事件の日本判決を承認して、その効力を認定することはできないと判断した」


日本の最高裁判決は「大韓民国の善良な風俗」に違反するため「効力は認めない」というわけだ。この問題は日韓両国の法秩序の戦いなのであり、ビタ一文、譲ってはならないということだ。

 

戦後日韓両国は14年間の交渉を経て日韓基本条約と日韓請求権協定を結んだ。いま、そうした努力を全て否定して、日本統治はそもそも不法だった、韓国の善良な風俗に合わなかった、だから慰謝料を払えと言うからには、韓国側はそれを支える具体的根拠を示さなければならないが、韓国大法院の判決にはその部分の説明が全くないのである。


そもそも、韓国で訴えを起こした4人の「徴用工」――彼らの訴えを取り入れて、韓国大法院はいま問題になっている判決を2018年に出した――は、徴用されたのではなく、日本企業の募集に応じて自分の意志で日本に働きに来た人々だった。


日本を含む世界の常識では間違った事実に基づく大法院の判決は無効なはずだ。だが韓国側はそんなことには頓着しない。本人の意志で応募してきた労働者も含めて全て「強制的徴用」だとして日本を非難する。


当時、どれだけの朝鮮の人々が日本に移ってきたかを韓国の落星台経済研究所研究員の李宇衍氏が調査した。その結果は、朝鮮人が強制連行で奴隷のように働かされたと主張する人々には真に驚くべきものだろう。


官斡旋(政府による仲介)と徴用が実施された1942年から45年、日本に渡航してきた朝鮮人は131万人だった。このなかで戦時労働者48万人に対し、出稼ぎの労働者は83万人で全体の63.4%を占めた。官斡旋と徴用開始以前の人々を含めると、渡航者総数は238万人ほど、そのうち戦時労働者は60万6千人(25.4%)、出稼ぎ労働者は177万4千人(74.6%)だ。


こうした数字を挙げて李氏は、戦時期に戦時労働者の2.9倍の朝鮮人が戦争と関係なく出稼ぎのために自由意志で日本に行った、と指摘している。100万人を超える朝鮮人が自由意志で来た。それが全て強制的だったとする強弁は通用しない。


譲歩してはならない


14年間にわたる日韓外交交渉でも朝鮮人労働者問題が取り上げられた。日本政府が一人一人に補償金を払いたいと申し出たのに対し、韓国政府が個人を特定するのは困難だと反論。日本側は、日本には企業の手元に朝鮮人労働者の詳細な資料がある、その名簿を元にすれば個人補償はできると提案した。韓国側は個々人への支払いではなく、韓国政府の責任において処理するから日本は個人補償も含めた資金を一括して払ってほしいと要求した。それが1965年に朴正煕大統領との間に交わされた日韓請求権協定第1条の「無償3億ドル、有償2億ドルの経済支援を行う」である。


同協定の第2条1項は、韓国国民、即ち個人も、法人も含めて全ての財産・請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と確認している。


当時日本の外貨準備は約18億ドル、3+2の5億ドルは大きな負担で、日本は10年年賦で払った。


再度韓国の現在の提案、併存的債務引き受け案に戻ろう。表面上は韓国の日帝強制動員被害者支援財団が戦時朝鮮人労働者に慰謝料を払う形になる。しかしそのとき、日本企業には契約を結ぶことが求められている。契約内容は、債務者は日本企業で、韓国の財団が肩代わりするというものだ。真の債務者は日本企業だとする契約は、法的には韓国大法院の判決を認め、受け入れるという意味になる。そんな契約を結んでよいはずはない。


尹政権はそれ以前の文在寅左翼政権とは異なりまともな政権であるから、尹大統領をこれ以上窮地に追い込まないことが大事だ、尹政権の求める「呼応措置」をとって、譲るべきだという意見が日本に色濃くある。


だが、それで本当にこの歴史問題が解決するのか。尹政権後に再び文氏のような左翼政権が誕生すれば元の木阿弥になる。日本は如何なる意味でも14年間にわたる外交交渉の成果を反古(ほご)にしてはならない。日本の最高裁と韓国大法院の法秩序の戦いにおいて、譲歩してはならないのである。


戦時労働者問題は1965年の日韓請求権協定のときから韓国自身の手に委ねられている。韓国政府が自身の責任において解決すべき問題である。日本は冷静に見守ればよい。

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