闘うコラム大全集

  • 2023.02.16
  • 一般公開

少子化対策は未婚化阻止が第一歩だ

『週刊新潮』 2023年2月16日号

日本ルネッサンス 第1036回


中国の総人口が前年比で85万人減ったと大きく報道されたのは1月17日だった。それ以前には中国の労働生産人口が10年も前から減少し始めていたなどとも報じられていた。人口問題から国際社会を分析してきた仏の学者、エマニュエル・トッド氏は、昨年11月、シンクタンク「国家基本問題研究所」の招きで来日した折り、こう語った。


「日本の人たちは中国の脅威について心配しますが、私は恐れるに足りないと思います。中国の人口問題は余りにも深刻で、国力が衰退の一途を辿るからです」


彼の国には人口が減る理由が大別して3つある。第1は、一人っ子政策で女児を軽視したことだ。一人しか子供をつくれないなら跡継ぎとして男の子の方がよいという考えから、中国の赤ちゃんの比率は女児を100とすると男児は120を超えることが複数年あった。通常は女児100に対して男児は102~107であるから、たしかに異常値だ。女性軽視で中国人女性の数が少なくなった。


第2は、一人っ子政策を37年も続けた結果、「子供は一人で十分」との考え方が中国人に定着したことだ。2016年に二人まで、21年には三人まで認めるとして、複数の子供を持つよう奨励されるようになったが、人々の心は動かなかった。


第3の理由が人口流出だ。日米欧はおよそすべての国で流入人口が流出人口を上回っている。中国は逆だ。彼らの統計を信用すれば毎年150万人が外国に移住して戻らない。


斯くして人口減少が続くため、今世紀末までに現在の総人口約14億人が6億人台に落ちるという凄まじい予測もある。トッド氏が彼らは恐れるに足りずと言うゆえんでもある。中国の現状と予想される国力衰退を横目に見て、隣国の脅威が弱まるのはいいことだと、安心材料のひとつと見る人は少なくないだろう。しかし、日本の人口減少も中国同様深刻である。


今年、新年の伊勢神宮参拝の折りに岸田文雄首相は異次元の少子化対策を打ち出すと語った。これまで岸田政権が少子化問題を大テーマとして論じてきたことがなかったために、唐突な印象は否めない。


結婚できるだけの収入を


少子化対策は財務省、文科省、厚生労働省、法務省などにまたがる大テーマだ。それら巨大官庁を動かして異次元の少子化対策をまとめるには相当の力量が必要である。経験を積んだ実績のある人物が陣頭指揮しなければならない。しかし、現在の少子化担当相は初入閣の小倉將信氏だ。軽量級閣僚でこんな大課題をこなせるのか。菅義偉前首相はこう語った。


「いざ、内閣として取り組むとなれば、総指揮をとるのは総理と官房長官です。トップがしっかりしていれば大臣が軽量級でも問題はないのです」(2月3日「言論テレビ」)


成程。だが、岸田政権の少子化対策の議論は全てこれからだろう。岸田首相がこの問題の本質を理解し人口減の潮流を反転させることが、もし出来るとしたら、間違いなく歴史に残る偉業となる。それはこれまで政府が進めてきた少子化対策の誤りを正す作業でもある。


なぜ、これまで大変な努力を積み重ねてきたにもかかわらず、わが国は少子化の苦境から抜け出せていないのか。日本大学文理学部非常勤講師の工藤豪氏はかつて国家基本問題研究所のセミナーでこう指摘した。


「日本の少子化の主な要因は未婚化です。けれど日本政府の対策は必ずしも、その点に光を当ててきませんでした。統計で見ると20代前半の若者は20代後半までの結婚を希望していますが、その希望は叶えられていない。政府支援の第一は若者たちが20代で結婚できるように支援することなのです。しかし現状では子育て支援や働き方改革が焦点となっています。それも大事ですが、その前に、子供を産む人々がふえるようにすることがもっと大事です」


日本では結婚と出産に強い相関関係がある。そのことは婚外子の比率が諸外国に比べて著しく低い状況からも窺える。たとえば婚外子の割合は仏が55.8%、英47.6%、米国では40.6%だ。日本は2.4%である。


中京大学現代社会学部教授の松田茂樹氏も少子化の最大要因は未婚化だとして、問題解決には雇用環境の大幅改善が必要だと指摘する。若者たちに結婚できるだけの収入をもたらす社会を創らなければならないということだ。労働に対する適正賃金の支払いは当然だが、その中に非正規雇用の人々もきちんと包み込んでいかなければならない。職のない人々には就職の機会や技術修得の場を用意し、転職もし易い法整備が必要だ。雇う側の企業とも十分な調整が必要で、企業支援も含めて国全体の取り組みとなる。


「世話やきさん」


問題はまだある。若者たちには「出会いの支援」が必要だと、工藤氏は強調する。昔はどこにでも「世話やきさん」がいた。年頃の男女を紹介して縁を結ばせていく有難い存在である。近年はそのような慣習への評価が下がってしまい、見合いを勧めようとすると迷惑がられることさえある。かといって自然に男女が出会える場がふえたわけではない。地方自治体でそのような場を設けているところもあるが、そうした努力と共に、実は結婚に対する価値観の見直しが大事なのだ。


人生の形を選ぶのは全ての人の自由であり権利であることは言うまでもない。LGBTQの人々への理解を深め受け入れていくことを大前提としたうえで、若い男女の結婚への前向きな価値観を現代に適した形でもっと啓蒙し、未婚化に歯止めをかけることが必要だろう。


日本では婚外子が少ないことはすでに述べた。であれば少子化克服のもうひとつの道は、結婚した夫婦が自分たちの望む数の子供を産めるようにすることだ。松田氏は、日本では一人産む夫婦は二人目も持つ傾向にあるが、三人目の子供の出産は経済的負担の壁に直面すると指摘している。


また調査によれば80%の母親が子供が幼いうちは自分で育てたいと希望しているともいう。幼い子供を持つ母親には専業主婦への願望が強いというのだ。ならばそこに手厚い支援を差しのべてはどうか。安心して子供を産み、育てたいという夫婦、三人目以降の子供を希望する夫婦を大いに支えていくのだ。


さまざまなケースがあるが、シングルマザーや働く母親の子育て支援には月額20万円規模の税金が投入されている。たとえばそれと同額の支援を、専業主婦の家庭にも実施するのだ。無論第三子を望む夫婦に対しても同様だ。シングルマザーも、外で働く女性も、家で子育てする女性も、みな等しく支えていくのがよい。こうして全ての女性と夫婦を支えることで初めて少子化を克服できる。これまでの種々の対策を強化するだけでは問題解決は困難であろう。

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