闘うコラム大全集

  • 2023.08.03
  • 一般公開

最高裁判決が破壊する日本の本質

『週刊新潮』 2023年8月3日号

日本ルネッサンス 第1058回


時代の変遷の中で人間の考え方や生活様式が変化するのは当然だが、歴史の転換点において常に先人たちが拘ったのは、その変化が日本の文化や歴史に合致しているかという点だった。往時の中国との交流の中でも、わが国は女性の纏足(てんそく)、官吏登用の科挙の試験制度など、わが国に合わない習慣や制度は受け容れなかった。かわりに中国にはない万民保全(一人一人の国民を残らず国が抱きとめ守る)の価値観を実践した。


大東亜戦争に敗れて憲法、皇室の在り方、国民の暮らしに直結する民法も変えられた。その中で、本来日本には合わない奇妙な価値観が導入されて約80年が過ぎた。


このところ政界、法曹界が起こそうとしている社会変化を見ると、わが国の指導層は、占領者の米国が強制する価値観を率先して受け入れた結果、本来の日本人像から遠くかけ離れた異星人にでもなったのかと思わせる。米リベラル政権に強要されて、日本にはなじまない「進んだ」考えや制度を取り入れるだけでなく、日本自ら左傾化し、米欧にもまだない法律をつくり、無理矢理日本社会を変えようとしているのではないか。


筆頭が6月23日施行の「LGBT理解増進法」である。これは岸田文雄首相が自分の面子のために無理矢理法案にまとめさせ、これまた無理矢理に法制化させたものだ。斯(か)くして日本は他の先進国のどこにもないLGBTに特化した性的少数派の権利擁護法を持つ国となり、ジェンダーレストイレが設置されるなどして、大多数を構成する普通の女性たちの強い戸惑いと反発を招いている。


わが国の過ちはここにとどまらない。トランスジェンダー女性の問題について、7月11日に最高裁小法廷は驚くべき判決を下した。


経産省勤務の50代男性職員が自分の体は男だが、心は女だと職場で打ち明けた。ホルモン治療は受けたが性転換手術は受けないまま、女装で働いており、同省の女子トイレを制限なしで使えるよう要求、最高裁小法廷はその要求を認めた。


裁判官5人全員一致の意見で、経産省及び人事院がトイレ使用を制限していたことを違法と断じた。ちなみに右のトランス女性は自分の働く階から上下2階以上離れている階のトイレを使うよう求められていた。


女性への逆差別


この最高裁判決には、しかし、5人の裁判官全員が補足意見をつけた。参議院議員の片山さつき氏は7月21日、言論テレビでこれを「逃げている判決」と喝破した。


裁判長を務めた今崎幸彦氏は補足意見で、同判決は経産省のトランス女性の事例に関するものであって一般のケースに当てはめるべきものではないと断り、「このようなこと(トランス女性が女子トイレを自由に使用すること)を無条件に受け入れるコンセンサスが社会にあるとは思えない。関係者の納得が得られないという事態はどうしても残るように思われる」と述べた。


トランス女性の女子トイレ自由使用に疑問や違和感を持つ人々の気持ちは、今次の判決には反映されていないと裁判長自ら認めたことになる。


学者出身の宇賀克也判事は、「トランス女性が自己の性自認に基づくトイレを、他の女性職員と同じ条件で使用する利益を制約することは正当化できない」とし、女性職員が違和感や羞恥心を抱くとしたら、それは理解が不十分だからであり、研修によって違和感は解消されるとの補足意見をつけた。


これは、トランス女性が女子トイレを使うことに違和感や羞恥心を感じる女性への逆差別ではないか。すでに指摘したことだが、今回の当事者のトランス女性は性転換手術を受けておらず、肉体上は男性である。


最高裁判決は絶対的な権威をまとう。およそ誰も逆らえないのが最高裁という存在だ。それが今回、世界的にも珍しい「進んだ判決」を示した。それに対して当の裁判官全員が補足意見をつけた。日本社会は判決の示した価値観を受け入れるところまで進んでいない、社会の常識も良識も今回の判決とは到底、一致しない。ならばもっと学べと、最高裁は言っている。自分たちの示した判決に従って、日本国民は本質的な変化を遂げよと言っているかのようだ。これが如何に司法のあるべき道から外れたことか。米国の事例と比べてみる。


アメリカ事情に詳しい福井県立大学名誉教授で国家基本問題研究所企画委員の島田洋一氏が語った。


「米最高裁は非常に慎重です。トランスジェンダーとトイレの問題については、各州の住民の価値観、連邦議会での議論も不十分で判断するのはまだ早い。従って司法判断は示さないという姿勢です」


そもそもLGBT法を成立させた張本人の岸田首相からして、これらの問題をきちんと理解しているとは思えない。国会における議論が不十分なことも明らかだ。


「社会の戸惑いを無視」


まず、LGBとTは全く異なる。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルはいずれも自分の責任において選べばよい性的指向で、他人が口出しすべきことではない。だがトランスジェンダーは異なる。衆議院議員で医師の松本尚氏が語った。


「トランスジェンダーは大きく三つに分類できます。第一は幼いときに、主に男児が自分は女の子だと言い始める。無論その反対もあります。このケースは殆どが大人になるまでに性自認と生まれながらの性が一致していき、問題は解消されます。第二は思春期に突然、性同一性障害になったと主張し始めるケース。殆どが女性で、欧米では中流以上の白人家庭に生まれた、リベラルな両親を持つ少女たちが圧倒的です。第三は成人男性にみられる現象で、女性になった自分を想像して性的に興奮する自己女性化性愛症です。このタイプには結婚して子供がいる男性もいます」


こうした事象でわが国のはるかに先を行く米国ではいま、行きすぎを制約する厳しい法律が次々に作られていると島田氏は指摘する。


「自己女性化性愛症の人の性的対象は多くが女性です。経産省の人物がどんな人物か、我々には全く知らされていないために何とも言えませんが、最高裁が社会の戸惑いを無視して、国全体を一定方向に先導する判断を示すこと自体がおかしい」


片山氏が重要な指摘をした。


「経産省の人物がどんな方であっても、少なくともこの人は国家公務員法違反の疑いがあります」


経産省のトランス女性は役所名を彷彿とさせるアカウントから昼間の時間帯に、読むのも恥ずかしい性的なコメントを数多く発出していた疑いもある。私たちは当のトランス女性の顔も姿も実態も知らない。


「彼女」を気の毒なトランス女性ととらえるだけでよいのか。そのイメージと「彼女」が発していたとされるツイートは整合しない。最高裁の選良たちは一連の矛盾を説明できていない。今回の判決はわが国司法の歴史的汚点と断ずるゆえんである。

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