闘うコラム大全集

  • 2024.04.04
  • 一般公開

何とも不思議な底力をもつ日本

『週刊新潮』 2024年4月4日号

日本ルネッサンス 第1092回


親中派と言えば、政治家ではかつて首相を務めた福田康夫氏を筆頭にその系譜に連なる人々、例えばエネルギーや安全保障分野での所業から河野太郎デジタル大臣や林芳正官房長官などが思い浮かぶ。各々幾十万の有権者の支持を得て国民のため、日本国のため、国政に携わっているはずだが、一体どの国のために働いているのかと苦々しく思うことが少なくない。十倉雅和経団連会長をはじめとする財界人にも同様の思いを抱く。


そんな憂鬱な気分を吹き飛ばすのが皇學館大学文学部教授、松浦光修氏の『日本の心に目覚める五つの話』『日本の心を思い出す六つの話』(いずれも経営科学出版)だ。


氏はまず、親中派は今に始まったことではなく大昔から日本にいたことを思い出させてくれた。そうなのだ、親中派が主流の時もあった。けれど日本はきちんと大和の道を歩んで日本独自のすばらしい国柄を創ってきた。そのことを忘れて、ただ気分を滅入らせるのは愚かなことだと教えてくれる二冊の著書である。


松浦氏は2月11日の建国記念の日を題材に語っている。大東亜戦争で敗れる前、その日は神武天皇ご即位の日、つまり国のはじまりの日という意味で紀元節と呼ばれていた。制定は明治6(1873)年。明治政府が「国のはじまり」を意識した背景には、欧米列強と相対峙していくとき、キリストの誕生を基点にする西暦に対し神武天皇即位を基点にする日本国の歴史を踏まえ、対等の関係に立たなければならないという考えがあった。大日本帝国憲法の制定に当たって井上毅(こわし)らが国の根本法の精神こそ日本国の歴史や価値観に基づいていなければならないと心していたのと同じである。


神武天皇がわが国の初代天皇であることはずっとずっと昔、人々の常識だった。『古事記』や『日本書紀』には崩御された神武天皇と皇后の御陵(お墓)の場所についての記述がある。また平安時代の法典である『延喜式』には、御陵は「大和の国・高市の郡にあり、兆域東西一町。南北二町。守戸(しゅこ)五烟(えん)」と記録されている。兆域はお墓のことで、広い御陵を5軒の家の者どもが守っていたという意味だ。


忘れ去った800年


ところが神武天皇に関する記録はこのあとぷっつりと消えたというのだ。鎌倉、南北朝、室町、戦国、安土桃山と、神武天皇は歴史の中に埋没し、御陵の場所も定かではなくなった。松浦氏は日本が神武天皇を忘れ去ったその期間は800年に及ぶと指摘する。


この時期、日本人は神武天皇の存在をほぼ完全に忘れただけでなく、中国大陸の呉の国(春秋時代、紀元前6~5世紀)の「太伯(たいはく)(泰伯)」という人物の子孫だとする「皇祖太伯説」を信じる者が多かった。右の主張は中巌円月(ちゅうがんえんげつ)という禅僧が元(1271~1368年)の時代に渡って持ち帰ったそうだ。


なぜ神武天皇がシナ人の子孫でなければならないのか、なぜそんな説を日本人が信じたのか。松浦氏は、その理由は大別して2つだと説明する。➀先進国への劣等感コンプレックス、➁外国人の日本に対する悪意ある発言を鵜呑みにする、である。


➀について松浦氏は当時の“エリート”たちは文明国のシナに憧れる余り、神武天皇がそのエリートの血を引いているとされたことをむしろ誇らしく思っていたのではないかと見る。➁について、中国大陸では古くから「太伯という偉い人物が、野蛮人の国、つまり日本国に行って王朝を開いた」という伝説があった。このとんでもない作り話が『史記』、『論語』に記録され、唐の時代には正式な歴史書、「正史」の『晋書』に取り入れられたそうだ。それを日本の知識人たちが信じ込んだのだ。


だが、江戸後期に入って遂に論争が起きた。水戸黄門様として親しまれている水戸藩主の徳川光圀公は、日本民族は日本民族の歴史を正しく見つめなければならないと考えた。日本国初代天皇の御陵は荒廃を極め、その場所さえ定かではない。光圀公はその状況を嘆き、元禄7(1694)年、立派な神社を建てて神武天皇をお祭りすべしとの建白書を奉じた。そこから後期水戸学が興り、日本回帰の精神が学問的に涵養されていった。その中心人物は藤田東湖であり、吉田松陰も大いに影響を受けた。


しかし800年間も放置されていた神武天皇の御陵の場所については中々正確につきとめられない。複数の学説が生れ、決着がつかない。最終判断は孝明天皇がなさった。今上陛下の5代前、今上陛下の祖父である昭和天皇の曾祖父にあたる方だ。孝明天皇が認めた場所に御陵が完成したのが明治維新まであと5年、文久3(1862)年だった。そして慶応3(1867)年には「王政復古の大号令」が出され、「諸事、神武創業の始めにもとづき」と謳われた。神武天皇の時からの国柄は皇室を基軸として歩むというもので、その道に戻るという国家としての決意表明がなされたのだ。


単なる復古ではない


ここからさまざまなことが汲みとれる。まず日本民族は自国の歴史を忘れ去ってしまうほど自覚のない時期を、かつてすごしたという点だ。外国の言いなりに日本の在り様をいとも容易に変えてしまうその性癖は、いま往年の中国への憧れから、形を変えて欧米諸国へ向けられているのではないか。欧米社会の在り様を日本の社会通念や歴史を置き去りにしてそのまま受け容れようとしているのが現在のわが国ではないか。


すなわちLGBT理解増進法のことだ。わが国にこんな法律は全く必要がないにも拘わらず、欧米諸国がそのことを論じるからといって、彼らでさえも行きすぎた法制化の見直しに入っており、多くの日本国民が強く反対したにも拘わらず、岸田文雄首相はさっさと法制化した。日本国の歴史や価値観についての自覚が余りに足りないからであろう。


しかし、松浦氏は指摘する。後期水戸学に始まり明治維新へと続く歴史の中で、わが国は立派に日本国の基盤を取り戻した、800年間も忘れられていた神武天皇の存在が再認識され、わが国は国の始まりを意識し本来の国柄に立ち戻った、と。800年の時を経て見事によみがえった日本は「何とも不思議な底力をもっている」と氏は書いた。


敗戦から約80年、わが国は再び日本国のはじまり、国柄、そのすばらしさを忘れ去っているのではないか。もう一度、思い出し、本来の姿に立ち戻らなければならない。原点に立ち戻ることは単なる復古ではない。新しい時代に踏み出すこと、つまり維新である。憲法改正、皇位継承の安定化、教育の正常化。その道は険しいが「何とも不思議な底力」を再び発揮する局面だ。現状に不平不満を言うだけのつまらない人間であってはならない。一人一人、やるべきことがある。そのことを心に刻みたいと思わせる二冊の著書だった。

言論テレビ 会員募集中!

生放送を見逃した方や、再度放送を見たい方など、続々登場する過去動画を何度でも繰り返しご覧になることができます。
詳しくはこちら
Instagramはじめました フォローはこちらから

アップデート情報など掲載言論News & 更新情報

週刊誌や月刊誌に執筆したコラムを掲載闘うコラム大全集

  • 異形の敵 中国

    異形の敵 中国

    2023年8月18日発売!

    1,870円(税込)

    ロシアを従え、グローバルサウスを懐柔し、アメリカの向こうを張って、日本への攻勢を強める独裁国家。狙いを定めたターゲットはありとあらゆる手段で籠絡、法の不備を突いて深く静かに侵略を進め、露見したら黒を白と言い張る謀略の実態と大きく揺らぐ中国共産党の足元を確かな取材で看破し、「不都合な真実」を剔抉する。

  • 安倍晋三が生きた日本史

    安倍晋三が生きた日本史

    2023年6月30日発売!

    990円(税込)

    「日本を取り戻す」と叫んだ人。古事記の神々や英雄、その想いを継いだ吉田松陰、橋本左内、横井小楠、井上毅、伊藤博文、山縣有朋をはじめとする無数の人々。日本史を背負い、日本を守ったリーダーたちと安倍総理の魂と意思を、渾身の筆で読み解く。

  • ハト派の嘘

    ハト派の噓

    2022年5月24日発売!

    968円(税込)

    核恫喝の最前線で9条、中立論、専守防衛、非核三原則に国家の命運を委ねる日本。侵略者を利する空論を白日の下にさらす。 【緊急出版】ウクライナ侵略、「戦後」が砕け散った「軍靴の音」はすでに隣国から聞こえている。力ずくの独裁国から日本を守るためには「内閣が一つ吹っ飛ぶ覚悟」の法整備が必要だ。言論テレビ人気シリーズ第7弾!