闘うコラム大全集

  • 2024.08.08
  • 一般公開

原子力規制委の独断と暴走

『週刊新潮』 2024年8月8日号

日本ルネッサンス 第1109回


7月26日、世間の人々がパリ五輪に気を取られている隙を狙ったかのように、原子力規制委員会が安全審査で重要な結論を出した。日本原子力発電敦賀原発2号機が原発の安全対策を定めた新基準に適合しないというのだ。2号機の真下に、活断層があるかもしれない、その存在が否定できないとして、事実上再稼働を認めない結論である。


審査チームはさらに31日、右の結論を規制委に報告する(執筆時点)。山中伸介委員長らが認めれば敦賀2号機は正式に不適合となり廃炉の可能性が出てくる。影響は深刻だ。


AIの普及でわが国は大量の電力供給が必要な時代に入った。国内のデータセンター等に必要な電力は2040年に20年の20倍、原発30基分に相当するとの試算もある。規制委は行政法に違反して原発の安全性審査を不必要に長期化させ、3.11の震災後、再稼働に漕ぎつけた国内の原子力発電は、33基中わずか12基だ。結果、家庭用及び産業用電力料金は値上がりし、製造業には工場の海外移転を模索する動きもある。規制委は日本衰退の一因となっている。


とりわけ活断層の審査を主導してきた石渡明委員の言動は国民生活を圧迫し、国益にそぐわない結果を生み出している。氏の判断は適正か、科学性、正当性はあるか、厳しい検証が必要だ。


疑問の第一は石渡氏の言動が規制委の本来の使命から外れているのではないかという点だ。原発の安全性を高めて活用するという規制委の目的を横に措いて、科学と離れた強引な審査で事業者の意見に耳を貸さない姿勢は不適切極まる。


個人的な思惑もあるのか。氏は今年9月に任期満了で原子力規制委から外れる。強い独立性を与えられた三条委員会から外れる前に、日本の原子力発電を象徴する敦賀2号機を廃炉に追い込み、それを以て自らの歴史的業績にしようとでも考えているのかと、強く疑わざるを得ない。


結論ありきの姿勢


この疑問には理由がある。敦賀2号機に関しては事業者の日本原電が追加調査をさせてほしいと再三要請し、それは現在も続いている。にも拘わらず石渡氏は、「結論を出す段階だ。追加調査をするのは自由だが、今回の判断には関係ない」と突き放した。今年6月以降の資料は審査対象にしないという結論ありきの姿勢だ。なぜ31日の規制委員会で結論を導き出そうと急ぐのか。


7月31日がどんな時期か、日本国民全員が理解できるだろう。まず、国会は閉会中で、議員に追及されたり質問を受けたりすることはない。パリ五輪の最中で国民の関心は低い。従って石渡氏らは世間の注目を浴びることもなく、事業者の意向を無視して知らぬ顔で暴走できる。


敦賀2号機に関する規制委の安全性審査が如何に非科学的か、きちんと認識しておきたい。論点は二つ、⓵原子炉建屋の北側約300キロメートルの所にある「K断層」と呼ばれるものが活断層かどうか、⓶K断層が原子炉建屋の下まで続いているかどうか、である。


原子力学会の調査専門委員会の主査として、「断層の変位評価と工学的リスク対応」について、原子力のみならず、土木、地質、建築、自然災害やリスクの専門家多数を集めて報告書をまとめた経験を持つ、東京工業大学特任教授の奈良林直(ただし)氏が語った。


「原電は掘ったトレンチ(試掘溝)の地層や、採取した試料に含まれる火山灰や鉱物などから活動年代を調べ、⓵、⓶とも否定して『活断層ではない』と主張したのです。しかし、規制委は『原電の主張は科学的根拠に乏しい』などとして、いずれも『否定できない』という理由のみで結論づけました」


ちなみに活断層とは、約12万~13万年前以降に活動し、今後も活動の恐れがある断層という意味だ。


奈良林氏はこうも語る。


「規制委は活断層でないとの証明を事業者に求めていますが、これは悪魔の証明を求めるに等しいのです。規制委が全く責任を果たしていないということでもあります」


⓵について規制委は5月末の審査会合で「K断層の活動性を否定することは困難だ」と結論づけた。


⓶について日本原電は、K断層は原子炉建屋の下までは続いていない、原子炉の直下に活断層はないと主張し、膨大な調査資料も提出した。しかし審査チームは「緻密な検証は困難だ。(試料が)不明瞭で判定できない」として悉(ことごと)く退けた。


奈良林氏の指摘どおり、石渡氏らは日本原電側の主張を退けるのに「否定できない」「緻密な検証は難しい」「不明瞭だ」などの曖昧な理由しか示していない。最も科学的であるべき規制委の非科学性と主張の杜撰さには驚くばかりだ。


阪神・淡路大震災では…


敦賀2号機は活断層の上にあるのか。そもそもK断層は活断層なのか。政治的思惑ではなく科学的で冷静な審査を行うため、日本原電に新たな資料を用意する時間的余裕を与えるべきだ。一委員の任期満了に間に合わせるような拙速さこそ姑息である。


活断層の有無は客観的に調査するとして、たとえ敦賀原発の近くに活断層があったとしても、工学的対処で断層のズレによる重大リスクを1万分の1にまで下げることができると、奈良林氏が指摘する。JRは全国に約2000本存在する活断層を横切って新幹線を走らせている。にも拘わらず、その安全性は世界一で、国民全員が誇りとするところだ。奈良林氏が説明を続ける。


「新神戸駅は六甲トンネル約16キロメートルと神戸トンネル約8キロメートルに挟まれたわずか500メートル程度の明かり区間に造られています。駅は待避線のない上下本線の2本のみで、特筆すべきは諏訪山断層という活断層と交差していることです。新神戸駅の高架橋の基盤は、山側、中間、海側の3つに分かれています。現地での根掘の結果、海側の断層上部に接する沖積層扇状地堆積物の層で比較的新しい年代において70センチ以上の垂直変位(上下のズレ)があったこと、断層は今後もズレを起こすとの判断が出ました。生じ得るズレは5センチ以内という判定も出ました」


現実に何が起きたか。1995年の阪神・淡路大震災では新神戸駅の構造物の被害は軽微だった。生田川に架かるホーム桁の固定金具が破損したが、なんとズレは海側に約2センチだけだった。


工学的対処で重大リスクが限りなく減らせることが証明されたわけだ。この研究を開始するとき石渡氏は奈良林氏にこう言ったそうだ。


「人類がロケットで月に行く時代なので、原子力発電所の断層変位の工学的対策にも学会として取り組んでいただきたい」


活断層のリスクに日本はあらゆる技術と知恵で対応してきた。その実態を奈良林氏らは調査し、まとめた。今こそ、石渡氏らはK断層の有無について再検証すると共に、リスクを乗りこえる技術を多層的に取り入れるべきなのだ。規制委と石渡氏の猛省を促すものだ。

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