闘うコラム大全集

  • 2026.10.22
  • 一般公開
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簗農水人事は高市農政の基本に逆行

『週刊新潮』 2026年10月22日号

日本ルネッサンス 第1214回


政権発足以来、順調に実績を上げてきた高市早苗首相だが、要注意は人事である。簗和生氏の農林水産大臣への起用は、高市氏の「相談しない」ことによる失敗例と言ってよい。


高市政治の斬新さは旧弊に縛られない点にある。とはいえ、衆参で416人の政党を束ね、日本維新の会との協力もスムーズに進めるには皆が納得する人事が非常に大事だ。そのために必要な党との事前の相談を、高市氏は殆どしないという。


派閥が解散された今、その推薦で閣僚を選ぶかわりに、高市氏は党所属の当選2回以上の衆議院議員全員に質問票を送り、各自が高市内閣で何をしたいか、得意分野、関心あるテーマなどを書かせた。このこと自体珍しくはないが、高市氏は前任者らと異なり各議員の回答を熟読して組閣する。党との事前調整は、9月9日と10日に麻生太郎副総裁と会ったことを除いて殆どない。


完成した組閣名簿をもとに高市氏は木原稔官房長官と共に組閣本部を立ち上げ、閣僚の呼び込みを始めようとした。その時、高市氏を支えてきたベテラン政治家が「呼び込み前に幹事長に報告するのが筋だ」と助言、官邸側は幹事長室には複数の人が出入りし、情報がもれると難色を示した。「それなら幹事長を官邸に呼べばいい」とベテランが言い、高市氏はそれに従った。


そのベテラン政治家が問う。


「かつては派閥が人物を見極め、閣僚に推薦した。高市さんはそれを一切しない。年次も考慮しない。本人の能力とやる気を見て決めるというが、質問票に書かせるだけで人物を見定めるのは難しい」


確かに、どう見ても農水大臣は2代にわたって不合格だ。中堅政治家が語る。


「農水相が発表されたとき、なんで簗さんかと思った」


「なんで……」の理由の第一は、今年2月の総選挙で、簗氏が選挙区で落選し、比例復活で返り咲いたことだ。高市人気で自民党が歴史的圧勝をしたあの選挙で落ちた。いつも自民党が敗北する沖縄県でさえ、全選挙区で自民党が勝った。簗氏はそれ程有権者に見放されていた。選挙区で敗れた政治家は、通常ペナルティの意味もあり大臣に起用されることはないという。


多くの人が疑問を抱いた


先の中堅政治家が続けた。


「我々にとって選挙は命懸けです。勝ち抜くには政策を説き、有権者の理解と支持を得ること、それに尽きます。党内には6期生の簗さんより上で、きちんと自分の力で、選挙区で勝ち上がった人が多くいます。それらの人を差し置いて、比例で党に救われた簗さんを閣僚にした。理由は高市さんに気に入られたからにすぎない、という微妙な空気が広がれば党の結束は危ぶまれます」


高市氏は好悪の感情で簗氏を登用したのではないかもしれない。問題は、党内にそのような見方を生じさせたことだ。


もうひとつの解せない人事は前農水大臣の鈴木憲和氏だ。特に高く評価されていたわけでもない氏は前回、質問票に長々と農水大臣になりたい、との熱い想いを書き連ねたそうだ。高市氏はそれを読んで抜擢した。


それでもここで指摘しておきたいのは、全体として高市内閣の人事はよく出来ていたということだ。経済成長を促す経産、財務両大臣の人事は高く評価されてよい。だからこそ、多くの人が疑問を抱いた鈴木氏や簗氏の事例は残念だ。


主として書類審査で選ばれた鈴木氏は何をしたか。高市氏が目指す食料安全保障政策に逆行した。このことを理解するために、石破茂政権から高市政権に移ったとき現場で何が起きていたかを振り返ってみよう。


石破政権の農水大臣は途中まで江藤拓氏、次が小泉進次郎氏だった。天候不良でコメ不足が生じ、江藤氏は備蓄米を放出したが、売った先はJA全農(農協)だった。結果としてコメは消費者に届かず、不足が続いた。小泉氏は大臣就任直後、備蓄米をJAではなく小売業者に放出した。結果、コメ不足は急速に解消した。


小泉氏はまた、わが瑞穂の国でコメ不足を生んだ原因は減反政策だとして、コメの生産調整をやめて増産すると表明した。数十年来の減反政策から意欲と能力のあるコメ農家に好きなだけコメを作らせるという一大農政転換だ。


農政が変わり始めようとする中で石破氏退陣、高市首相就任で小泉氏が防衛大臣に、鈴木氏が農水大臣になった。農政に詳しい武蔵野大学国際総合研究所研究主幹の山下一仁氏は、鈴木氏が高市氏の食料安全保障政策に反する方向に舵を切ったと語る。


「内閣改造前の今年9月1日、鈴木農相は政府が去年放出した備蓄米の内、21万トンを買い戻す、その手続きを同月中に始めると表明しました。本来100万トンあるはずの備蓄米が放出によって32万トンまで減ったために、以前の水準に戻すという説明でした。しかし、本当の目的はJAの在庫買い取りです」


落選する理由


去年のコメ不足の中、JAは農家にこれまでにない高い値段を払ってコメを掻き集め、結果として大量の在庫を抱え込んだ。そこに今年の新米が出てきた。コメ不足はすでに解消され市場は落ち着いており、新米の値段は去年の同じ時期より3~4割安く、25年産の古米より安い逆転現象も起きている。とすればJAの在庫はなかなか捌けない。その窮状を政府が税金で救ってやるということだ。


これまで農水省は供給過剰で米価が下がったときにはコメを買い入れ、不足して高くなれば放出して価格を安定させてきた。今、市場は高いコメの在庫を抱えて供給過剰である。政府はその高いコメを高い値段のままで買い戻すという。


放出米の買い戻し期限は5年だ。鈴木氏はなぜ、価格が異常な高どまりのままの25年産米を買い戻すのか。26年産米さらに27年産米が市場に出回れば、米価は自然に落ち着く。そこまで待てば、高値で買い戻す必要もなくなり、場合によっては国に差損でなく差益が生ずる可能性もあったと、山下氏は厳しい。


「とどのつまり、国民のための農政でも農業者のための農政でもなく、JAのための農政なのです」


山下氏は、鈴木氏の罪はまだあると指摘する。小泉氏の打ち出したコメの増産を否定し、需要に見合った生産を目指すと決めたことだ。


「わが国のコメ生産量は1960年代が最も多く、最高年は1445万トン。70年から減反政策が開始され、現在では年間700万トンほどです。日本の美味しいコメは必ず海外でも売れます。自由に作らせ、国内消費を上回る分は輸出すればよいのです。それをさせず、JAの利益を守るための施策を講じたのが鈴木農相です。同じ路線を簗氏も目指している。二人とも、高市首相の掲げる政策に挑戦しているのです」


高市氏は2月の施政方針演説で食料安全保障に力を入れるとして「全ての田畑のフル活用」を掲げた。それなのに反対の政策を進める人物を登用した。しかも予算配分で自治体を脅す簗氏の手法はタチが悪い。落選する理由もよく分かる。書類選考だけでは人物は見えない。高市長期政権を望む立場から、首相はもっと周囲の声を聞くのがよいと思う。

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