元気になるメルマガ

  • 2013.04.30
  • 一般公開

東北や地域に充実した医療を(下)
   〜 日本に医療改革を実現するには 〜

 日本の総人口は2年前の2011年から大幅な減少に転じ始め、少子
高齢化に拍車がかかっています。このままのペースが続けば、50年後
には日本人の数は8,000万人台にまで減ります。大まかに言って6
5歳以上の人たちが倍増する一方で15歳以下の子供たちが半減する見
込みです。

 そうした中、医療費は現在年間37兆円以上かかっており、毎年、約
1兆円ずつ増えています。結果、約10年後の2025年には50兆円
を超えると見られています。国民所得に占める医療費の割合も増え続け
ており、現在、国民所得の10%以上を医療費が占めています。

 これ程膨大な額のおカネを使っているにも拘らず、また、国民皆保険
によって、一応医療が行き渡っているはずであるにも拘らず、地域によ
っては医療を受けるのがとても難しいのが現実です。経済的にも医療体
制上も、このままいけば国民に十分な医療を提供し続けることがますま
す出来にくくなるのは目に見えています。とりわけ、地方における医療
は、医師不足も加わって疲弊しています。


 この状況を私たちはどのように考え、如何にして問題を解決していけ
ばよいのか、医療問題の下巻をお送りします。


地方の侘しさを放置しない

 宮城県仙台市で仙台厚生病院を経営する目黒泰一郎氏が東北での医学
部新設を目指しているのは、前回のメルマガでお伝えしました。それに
対して、言論テレビの会員の方からメールを戴きました。その方の許可
を得て以下に御紹介します。その方はこう書いています。

「医療だけでないのですが、いろいろなものは都市に集中していて、地
方の侘しさはその場に佇むと、風もないのに、寒風に身が震えるような
感じを受けます。地方の医師不足は本当に深刻です。こうしたことが更
に過疎化を進展させていきます」

「風もないのに…」の件りに、地方に住む人たちの心細さが滲んでいる
と思いました。この方はこうも言っています。

「目黒先生の構想を実現させるために、このことをもっと多くの人々に
知らしめて全国的に寄付を募ってみたらどうでしょう。一人ひとりは少
額でも、塵も積もれば...です」

 高齢化の進む今こそ、どこに住んでいても国民皆がきちんと医療を受
けられるようにしてほしいとの気持が伝わってきますね。

 目黒氏が語りました。

「私の本当の夢は日本の医療改革です。医学部新設はその途中経過に過
ぎません。仙台厚生病院でこれまでに実践してきたことに基づいて改革
すれば、日本の医療は様変わりすると思います」

 仙台厚生病院を引き受けたとき、同病院は破綻寸前だったと目黒氏は
振り返ります。氏はそれまでのやり方を大胆に変えたのです。

「結果として、仙台厚生病院は蘇りました。毎年黒字を出しています。
利益の3分の1は医師や看護師など病院を支えてくれる人々に還元し、
3分の1は病院の医療機器や病棟改善に使い、残りの3分の1は病院と
して貯金しています。患者さんが喜んで下さっているからこその業績で
す。その結果、医師をはじめ働いてくれている人々の満足度も高いので
す」

 仙台厚生病院は東北大学の大学附属病院と道を隔てた向かい側にあり
ます。普通なら道を挟んだ向かい側に大学病院があれば、私立の病院よ
りも大学病院のほうを患者は選びそうなものです。

「けれど」と、目黒氏は胸を張ります。
「仙台厚生病院に来てくれる患者さんの方が多いのです」

 氏は自らが実践してきた医療を振り返ってみて、どのようにしたら患
者と医療従事者の双方に満足と喜びをもたらし得るかに気がついたと言
います。患者も医者も病院も喜ぶ医療実現のために達成すべき目標を、
氏は以下のように挙げました。(1)救急患者を含めて患者を救うこと、
(2)高度の医療を施すこと、(3)医師も人間的な生活をしながら医
療に従事すること、(4)病院の経営を安定させること、(5)増え続
ける医療費を抑制、削減すること、です。

 仙台厚生病院の実績に基づけば、こうした目標は達成出来るし、医療
改革は必ず出来ると目黒氏は断言します。


仙台厚生病院の「3者2択」

 氏の改革案を理解するためにまず、仙台厚生病院ではどんな医療を実
践しているのか、見てみましょう。

 仙台厚生病院はいわゆる「3者2択」の原則を採用しました。「3者
」とは(1)救急医療、(2)高度医療、そして(3)総合病院のこと
です。「2択」とは言うまでもなく、その中の2つを選ぶということで
す。

 仙台厚生病院は(1)と(2)を選びました。(1)から(3)まで
すべてを完全にやり遂げるのは、どんな病院にとっても余りに負担が重
いと判断したからです。

 たとえば大学病院などは上の3つの部門すべてを行っています。すべ
ての病気を診療し、各々の分野で高度医療を実践し、救急外来も引き受
けているわけです。

 このようにすべてをひとつの病院で完結しようとすると、必然的に病
院のスタッフ、とりわけ医師や看護師は疲れます。泊まり明けの日も夕
方まで診療行為を続けたり、勤務したりするのが当たり前になっている
ため、事実、彼らは疲れています。

 また、救急搬送で大学病院に運ばれたとして、当直医が患者の病気治
療に必要な専門分野の医師でない場合、専門医が緊急呼び出しを受ける
ことも少なくありません。従って医師は常にポケベルを身近において緊
急呼び出しに備えなければならないのが現実で、これも神経の休まらな
いことです。

 これは患者のためにも決してよいことではありません。そこで目黒氏
は、前述のように三つの中から救急医療と高度医療のふたつを選んだと
語ります。

「私たちは総合医療を諦め、高度医療として、循環器、呼吸器、それに
消化器の三分野に特化しました。この三分野ではどこにも負けない優れ
た高度医療を実践しています」

 その言葉は、先程も触れたように仙台厚生病院には道を隔てた東北大
医学部の附属病院よりも多くの患者さんが押し寄せるという事実によっ
て裏づけられています。

「三つの科を選んで、その分野に特化すると決めたときに、各々の分野
の優秀なドクターを仙台厚生病院に招きました。私自身が循環器のトッ
プになりました。消化器、呼吸器は各分野のトップと言われるドクター
を外部から招きました。これは大学病院とのバトルなしには出来ません
でした。私の手法は医学部の医局制度を根底から覆すものですから、反
対も強かったのです。けれど、私は自分の志を心込めて説き、名医に来
てもらいました。すると、その名医の下に、若い医師たちが勉強したい
と言って集まり始めました。こうして地方では不足しがちな医師が仙台、
ひいて言えば東北に集まり始めたのです」と、目黒氏。

 医師が集まれば当然、患者も集まります。三分野に特化しているため
に検査も治療も手術も、同じ種類のケースを重ねていくことになります。
こうして専門性も自ずと高まっていったと言います。氏の話は続きます。

「全部エキスパート化します。手術に要する時間も非常に短いです。手
術件数が多くても一日の仕事は早々と終わります。そのことは同時に、
手術を受ける患者さんの体への負担も少ないということです。従って回
復も早くなり、入院日数も短くて済みます。必然的に医療費も他の病院
よりも低額で済みます」

「仙台厚生病院は東北一、多くの手術をしています。にも拘わらず東日
本大震災当日の3・11のとき、午後2時46分に地震が来たときには
どの科の手術も粗方終わっていて、すぐ後始末が出来たほどです。

 いつも3時近くには粗方終わっています。夕方5時に殆どの治療を終
えて、医療スタッフにはなるべく超過勤務をさせないようにしています。
医師たちにもリラックスしたり、勉強したりする自由時間を与えるには、
3時頃までに手術を終了させておくことが必要なのです。

 しかも仙台厚生病院では1つのチームの人数が多く、また全科におい
て専門の当直医がいますから非番の医師が呼び出されることもほとんど
ありません。ですから私の病院は日本で初めての、非番の時には病院に
呼び出される心配がなく、医師も一般市民なみの生活を享受出来る病院
だという言い方をしているのです」

 医師をはじめ仙台厚生病院で働く人々の給料は高く30代半ばの医師
で年収2,000万円を超えます。東京の聖路加病院などに尋ねてみま
したら、確かに、30代半ばの勤務医の年収としては、2,000万円
はかなり高い水準だということでした。それでいて、仙台厚生病院の経
営は大幅な黒字です。たとえ医療費が10%削減されても、なお黒字が
出ると言います。理由は、「3者2択」で3つの分野に特化したことだ
と言うのです。

 ということは、仙台厚生病院のような経営を各病院に広げていけば、
日本の医療費の10%削減も可能になるということではないでしょうか。

 目黒氏は、都市型の病院は「3者2択」で特定分野に特化し、その種
の専門病院が幾つか連携することで、地域全体で全ての病気に高水準の
治療を施せるようにするのがよいと提言しています。

 各病院が専門分野を持ち、救急外来患者も引き受ける。患者は即座に
診断を受け、その病気を専門にする病院に搬送される。こうすれば救急
患者の手当が遅れて命をおとす事例も減少することでしょう。

 大学病院は全ての診療科を持っていて本当に多くのことを手がけてく
れています。その志も努力もすばらしいのですが、時として効率が悪く
なり、医師も職員も疲れ果ててしまいます。加えて救急外来も引き受け
てくれますので、現場は大変です。

 総合病院として存在する大病院も同様です。目黒氏の提言する都市型
の病院が高度医療と救急医療を選択して、互いにネットワークを作って
協力し、地域全体で極めて水準の高い総合病院の機能を果たすという考
えを次のように具体的に想像してみればもっとわかり易いでしょうか。

 いま各地で減っているのが産婦人科であり小児科医です。総合病院に
小児科医が1人しかいないで、365日24時間頑張ったらどうなるで
しょう。医師が真面目であれば身体が壊れます。それが嫌なら手抜きす
るしかありません。でも仮に、5つの病院の小児科の医師が1ヵ所に集
まったとしたらどうでしょうか。緊急患者のことを考え、毎日誰かが当
直するとしても、5日に一度の当直で済みます。1人で365日24時
間診療するより遙かに良いはずです。しかも医師たちはさまざまな症例
についてディスカッションも出来ます。助け合いが出来るわけです」 

 これが3者2択の良さだと目黒氏は言います。


大学病院の選択

 では、日本の医療に貢献してきた大学病院はどんな姿を目指せば良い
でしょうか。目黒氏は、大学病院は総合医療と高度医療を専門とし、加
えて医師教育を充実させるのがよいのではないかと語ります。救急医療
まで手を広げるのは負担が大きく効率も下がるために、救急外来は地域
の専門病院群に徐々に任せる体制を作っていくことを考えてはどうかと
いうことでした。

 目黒氏の提案は、私には納得出来ます。皆で考えてみてもよいのでは
ないかと思います。

 日本の医療をよりよい形にするために、いま、さまざまな側面から考
えていきたいものです。国民のために医療を充実させつつ、医療従事者
も疲弊させず、医療費も抑制していくための工夫を、日本は他の如何な
る国よりも重ねていかなければなりません。なんといっても、わが国は
世界一の高齢国家なのですから。高齢でありながら皆が元気で暮らし続
けることが出来る理想の国として、世界のモデル国となり、日本式医療
体制を世界のビジネスモデルとしたいものです。


〈追記〉
 医療問題についてメルマガ上巻でお伝えした、東北に医学部新設を!
という件について、過日、下村博文文科大臣と語る機会があり、その可
能性について尋ねてみました。下村大臣はこの件自体は意欲あるすばら
しい案ではあるが、実は、賛否両論がありますということでした。賛成
論はこのメルマガで説明している見方ですが、反対論としては医学部新
設で人材を育てるにしても、少なくとも10年はかかるという意見や、
地元の大学病院などが必ずしも賛成ではないのだということでした。

 それに対して目黒氏はこう語りました。たとえば人材育成に少なくと
も10年はかかるという件についてです。

「医学部を新たに設置する基準では、140名以上の教員(その主たる
部分は医師)が必要となります。それらの教員、つまり医師は、好むと
好まざるとに関わらず、人材が潤沢な東京あるいは関西などから招くこ
とになります。結果、医師不足の地に医師が増加することになります。
その医師たちは、自らの技術の維持・向上のために、大学病院以外の地
域の医療機関にも応援に出るのが通例ですから、卒業生を出す以前に、
地域医療に寄与することになります。これは、既存大学医学部・医科大
学の定員増では期待出来ない迅速効果です」

 加えて、医学部新設にはもう一つの効果があると、目黒氏は次のよう
に語りました。

「いまの東北に決定的に欠けているのは、夢や希望です。巷に溢れてい
るのは、復旧・復興という、いわばマイナスからゼロに戻ろうとする話
です。しかし、それだけでは元気も出ません。東北衰退に歯止めはかか
りません。そのようなときに、『東北版自治医大が新設認可!』という
ニュースが駆け巡ったらどうでしょうか。たとえ一人前の医師が輩出さ
れるまでに10年かかるとしても、地域医療改善の光さえ見えれば、コ
ミュニティの崩壊にも歯止めがかかります。企業進出も促進される可能
性があります。このような心理的効果は、アベノミクス効果同様、その
実態的効果が出る以前から前向きの効果を発揮すると思います。それは
、既存の大学医学部や医科大学の定員増などより、遙かに飛躍的な効果
ではないでしょうか」

 目黒氏は、東北に医学部を新設することは、或いは高い防潮堤で津波
を防ぐよりも人々の心に安心感を与えるのではないかと言います。海が
見えなくなるほど高いコンクリートの壁を張り巡らせるより、医療充実
のほうが遙かに良いと、私も思います。


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