元気になるメルマガ

  • 2014.07.16
  • 一般公開

現代中国の、或る教養人

# 大きく変わる世界

 小振りのシンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)を創設して
から足かけ8年、世界は誰の目にも大きく揺らいでいます。戦後、アメ
リカの後にくっついて歩んできた日本に、任期2期目のオバマ大統領が
言い始めました――「ついてきても、もう守ってはやらない」と。

 昨年9月、オバマ大統領はアメリカ国民に向けて中東のシリアに軍事
介入しない理由を説明しました。ポイントは、アメリカは世界の警察官
ではないのだという点でした。シリアのアサド政権は2014年の現在
までに少なくとも16万人の国民を殺害したといわれています。当時も
すでに、12万の国民が殺害されていました。化学兵器のサリンも使用
されていました。

 中東諸国も欧州も、そしてアジア諸国も、世界の超軍事大国であるア
メリカに介入してもらい、アサド大統領の暴虐を止めてほしいと切望し
ていました。

 けれどオバマ大統領は、アメリカはもはや世界の警察官ではないのだ
から、軍事介入はしないと明言したのです。大統領はその言葉をシリア
のみならずイラク、南シナ海などで忠実に実行し始めました。それが現
在の世界情勢の混乱につながっています。


# 2大国にはさまれている日本

 で、日本はどうすべきでしょうか。

 日本の東隣りはアメリカ、西隣りは中国です。世界の2大国、米中に
挟まれた日本はこの両国の動きを鋭敏に読みとらなければまともに生き
残ることさえ難しいのです。国基研では常にそのことを念頭に、日本の
とるべき政策、進むべき道を、米中双方の動きを分析しながら考えてき
ました。

 その結果、私たちは、オバマ大統領が公然と世界に背を向ける4年も
前に、アメリカだけを軸にして世界を見ては間違ってしまうと判断しま
した。中国の台頭で世界は大きく変化しているのであり、国際社会の最
大の課題は、年々深刻になる中国の挑戦にどう対処するかであると考え
たのです。

 国際政治の舞台の中心は、米欧露の海、大西洋から日米中印の海、西
太平洋とインド洋に移ったのです。日米中印の動きが世界を動かす鍵に
なるのは明らかでした。そう考えて早稲田大学の井深大記念ホールで「
インド洋の覇権争い―21世紀の大戦略と日米同盟」と題して、前述の
4か国の論者による国際セミナーも、4年前に催しました。手前味噌で
すが、いま、そのとおりの世界情勢になっています。

 中国との関係はどの国にとっても一筋縄ではいきません。中国との結
びつきは経済面からも死活的に重要で、大事にしなければなりません。
けれど、どう考えても、彼らの力による膨張主義を受け入れるわけには
いかないのです。不条理で理不尽な彼らの政策は中国人も非中国人も、
誰も幸せにしていません。


# 劉岸偉(りゅうがんい)氏との出会い

 中国をどう理解し、どう対処すればよいのか、私はいつもそのことを
考えているといっても過言ではありませんが、そんなとき、すばらしい
中国人に出会いました。劉岸偉氏、東京工業大学教授です。深い教養を
身につけた氏のような中国人が存在していることに、私は心底、勇気づ
けられました。

 劉氏の存在に気づかせて下さったのは平川祐弘氏、東京大学名誉教授
です。平川氏は18歳でゲーテをドイツ語で読み、モーパッサンをフラ
ンス語で読みました。義父である竹山道雄や夏目漱石の優れた研究を世
に出しています。私の目には間違いなく天才に映る教養の人、平川氏が、
日本研究賞受賞候補に是非にと推薦したのが劉氏だったのです。


# 日本研究賞

 話が前後しますが、日本研究賞は国基研が今年創設した外国の若手・
中堅研究者を対象にした賞です。昨今、日本に対する無理解が深刻な歴
史問題に関する誤解となって全世界に広がりつつあります。これは私た
ちにとって大変深刻な厄災であり濡れ衣です。

 多くの問題は、日本についての知識不足と誤解から生じています。な
らば、日本を研究して日本を知って貰うところから始めなければなりま
せん。

 けれど、日本の全てを認めてもらおうとか誉めてもらおうなどという
気持ちは、私たちにはありません。良いことも悪いことも含めて実のと
ころを知ってもらえれば、たとえ批判であっても訳のわからない批判に
はならないでしょう。むしろまともな議論から生まれる日本批判は、私
たちをより一層成長させてくれるはずです。また、自由に日本研究をし
て貰えれば、この素晴らしい日本を好きになる人も少なくないはずです。


# 100万ドルのプレゼント

 そんなふうに考えていた折り、寺田真理さんという志を同じくする方
から100万ドルのご寄付をいただきました。世の中にお金持ちは沢山
いますが、このように思い切って人のために役立つ使い方をして下さる
方は、そうそう多くはありません。私は100万ドルを心底有難くいた
だき、それを原資として寺田真理記念・日本研究賞を創設しました。

 この賞の候補に平川氏が推薦したのが劉氏でした。日本研究賞はアメ
リカのジョージタウン大学教授のケビン・ドーク氏に贈られました。

 ドーク教授はカトリック教徒です。17歳のとき交換留学生として長
野県にいらして以来、日本に関心を抱き続け、日本人よりも深く、日本
の神道や皇室について理解する学者になられたと言ってよいと思います。
氏は『大声で歌え「君が代」を』(PHP研究所)で受賞しました。今
週、7月18日の言論テレビで私の番組にお出になりますので、どうか
ご覧になって下さい。


# 周作人

 さて、劉氏ですが、今回は特別賞を受賞しました。受賞作は『周作人
伝―ある知日派文人の精神史』(ミネルヴァ書房)です。上下2段組、
400頁を超える大著です。

 周作人という人は日本でよく知られている魯迅の4歳下の実弟です。
日露戦争後の1906年に、それより4年前に日本留学を果たした兄の
足跡をなぞるように来日し、以来、82歳で亡くなるまで、驚異的に、
深く幅広く、日本文学を研究した人物です。夫人は日本人女性でした。

「一国の栄光はその文化―学術と文藝にある」と考えた周作人は「中国
には日本国民の真の栄光を理解する者がいない」と書いたほどの日本の
理解者となりました。古事記、ギリシア古典、ギリシア神話をはじめ、
古今東西の文学にまたがる氏の研究には舌を巻きます。

 日本を深く理解し、愛しんだ周作人でしたが、そのことゆえに、また
教養人であるがゆえに、彼は毛沢東の煽動した文化大革命の中で迫害さ
れました。毛沢東は若き時代に北京大学の図書館で働き、著名教授に冷
たくあしらわれ、そのことで教育者や知識人に対して偏見と憎しみを持
つようになったと劉氏は書いています。

 毛沢東の知識人に対する憎しみは生涯消えることがなく、紅衛兵は毛
沢東の意思に操られるように知識人の迫害に血道をあげたのでした。周
作人の最後は非常に孤独で気の毒な状況でした。彼は誰にも看取られる
ことなく、あばら屋のような小屋で息絶えました。


# 希望

 この知日派文人の足跡を25年の歳月をかけて丁寧に追ったのが劉岸
偉氏です。漢文を踏まえた氏の文章の流麗さと奥深さは、読む者の心を
打ってやみません。大部の書を、何日もかけて読んだ私の頭の中で、時
に周作人と劉氏とが重なってみえる瞬間がありました。劉氏は50代の
若さで、周作人の日本研究の域に達したと思うゆえんです。

 日本人よりも尚、日本の文学に親しみ、日本を深く理解するこのよう
な教養人が、現代の中国に存在しているのです。そのことを知るだけで
、私は希望を抱くことが出来ました。最悪の日中関係の壁を打ち破るべ
く、私も私なりに論陣を張り続ける勇気も生まれてきます。

                           櫻井よしこ


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