元気になるメルマガ

  • 2014.09.30
  • 一般公開

母が言葉を発した!

# 母の想い

 これまで、私は時折り、母のことを書いてきました。メルマガでも書
きましたので、私に103歳の母がいることはもう、幾人かの皆さまは
ご存知でいらっしゃると思います。

 母が少しでも長生きして私の側にいてほしいという気持ちから、私は
母の年齢を数え年で数えています。従って母はいま、104歳です。

 母は95歳のときにクモ膜下出血で倒れ、やがて言葉を発しなくなり
ました。けれど、私たちが話しかけると、さまざまに反応をしてくれま
す。

 今年の春の日、私が子供だった頃の想い出を以下のように母の傍らで
語っていたときのことです。

 私たちは大分県中津市に住んでいました。日本は敗戦して、経済はま
だどん底に落ちたままでした。百田尚樹さんは当時の日本は世界最貧国
のひとつだった、経済基盤が悉く破壊され、国民が飢え死にする可能性
が真剣に心配された状況だったと言っています。本当に日本人の殆どが
とても貧しかったのです。

 そのころの日本人がどんな風に節約を心掛けたか、貧しさの中でご近
所はどんなふうに助け合ったか、そして人と人とのつながりはどれほど
濃密だったか。

 そんな中で、母も他の家のお母さんやおばあちゃん方のようにご近所
の子供たちをわけへだてなく、かわいがりました。たとえば、私たちの
家も貧しかったけれど、周りにも貧しい家庭があり、そんな家庭の子供
たちに、母は簡素な食事ながら、おなか一杯食べさせるのが常でした。

 当時の大人たちの多くがそうであったように、母は子供たちや若い人
たちを、親身になって世話しました。後年、私がハワイ大学に行き、母
が兄と同居し始めたときは、空いている部屋に兄の後輩たちを下宿させ
、彼らの食事を作りました。それは暮しの足しでもありましたがその基
本に、母の若い人たちへの親心があったと思います。


# 母の一喝

 兄の後輩たちに対して母は恰も本当の母であるかのように気を配りま
した。栄養十分な食事をつくるだけでなく、学生たちが真面目に生きる
ように教育しました。たとえば、学生たちが怠けて大学の授業に出ない
ようなとき、つまり朝、時間になっても起きてこないようなときは叱り
つけました。

 私は母の口調を真似ながら、母の周りに座っているお手伝いさんや秘
書、いつも来てくれている友人たちに身振り手振りを交えて話しました。

「お母さんはね、一人一人の部屋の扉をガッとあけて、一喝するの。起
きなさい!支度して降りてらっしゃい。食事をして大学に行きなさい!
って。

 それでもグズグズしてると、学生たちの寝ている布団をバッとはぎと
って、起きなさい!と、本当に怒ったのよ」

 そのときです。

 母が身を乗り出しました。何か言葉を発しようとしています。口を少
しとがらせるようにして、ウッウッと言っています。思うように出てこ
ない言葉を一所懸命に出そうとしているのです。

 詰まるような声だけが続きます。でも言葉にはなりません。それでも
私には母の話がとてもよく分かりました。

「そう、そうなのね。本当に仕様のない学生たちだったのよね。私が恐
いお目付役になって、ちゃんと授業に出るように叱ったの。

 それにしても本当によく叱ったこと。そして皆、よく言うことを聞い
たこと。あの頃も本当に楽しかったわねぇ」

 母はきっとそんな風に言いたかったのです。いろいろなことを、母は
話したいのです。私も聞きたいのです。母が語れたらどんなに嬉しいか。
皆、思いはひとつです。


# 104歳でも記録更新

 母の言語機能が失われて少なくとも7年がすぎました。いまも言語機
能回復のリハビリと鍼灸は続けています。それは言葉を発するためだけ
でなく、食物を誤嚥しないようにするためでもあります。

 そのようなリハビリを母はいやがらずに受けてくれます。母の前向き
の姿勢が104歳になっても、いろいろな記録につながっています。今
年の夏はある程度形のある食事を随分と摂りました。通常は年を重ねる
毎に食事は流動食がふえていくそうです。けれど母はその反対です。

 料理を作る側の常として、柔らかいものや飲み込み易いものをと考え
、究極の手としてミキサーにかけてしまいがちです。我が家も例外では
なく、桃や葡萄やマンゴーなどの果物までそうしていました。

 けれど、ミキサーにかけた果物が美味しいのか美味しくないのか。味
見をすればすぐ分かります。母は湯葉程の柔らかさでしたら、適度なサ
イズであればどんどん食べてくれます。そこで熟した果物を一口大の湯
葉のようにスライスして口に運んでみたのです。

 桃は皮を剥いて、一番熟している肩のあたりを大きく切ります。それ
を半分に切ってさらに2ミリから3ミリの厚さにスライスしてどんどん
口に運ぶのです。母が満足そうに、スルスルと食べました。誤嚥もせず
、むせることもありません!

 ツルツル、ツルツルと驚くほどの速度で食べてくれます。マンゴーも
パパイヤも、果物という果物は大概そうして食べるようになりました。


# いたい!

 こんなふうにして、出来るだけ形のあるものを美味しく食べてもらい
たいと思って食事を勧めているとき、ときどき、むせて咳をします。気
道に食べ物が入るととても苦しいものです。それで母は一所懸命に咳を
して食べ物を出そうとします。

 コンコンコンコンと咳をし、私たちは母の背中を軽く叩いたり、胸を
さすったりします。それでもとまりません。

「お母さん、力を入れてコンコン、コンコンとやってみて。そうそう、
もう少し、頑張って!」

 母は顔を赤くして、咳をします。とても苦しそうで私は言いました。


「かわいそうかわいそう。お胸がいたいわねぇ。喉もいたいわねぇ」

 母がコンコンとひときわ力を入れて咳をしました。「コーンッ」。
そして、咳と一緒に言葉が飛び出てきました。

「いたい!」

 えっ?

 思わずお手伝いさんと顔を見合わせました。

「いま、お母さん、いたい!って、言ったわよね」

「ええ、たしかに仰いました」

 週末だけ、泊まりがけで事務所の仕事などを手伝って下さる友人の大
谷和子さんを大きな声で呼びました。

「大変!お母さんがしゃべったわよ。早くきて!」

 もう皆で大騒ぎになりました。和子さんが母の側に飛んでいって言い
ました。

「ねぇねぇ、お母さん、今度は『よしこちゃん』って言ってね。名前を
呼んであげてね」

 すると母が

「ウーン」と声を出したのです。

 はっきりとした意思表示です。

 私が言いました。

「お母さん、よしこがお母さん、って呼んだら『はーい』ってお返事し
てね」

 すると母がまたもや言いました。

「ウーン」

 母はみんなわかっていて、返事をしてくれたのです。そして、たしか
に大きな咳をしたあと、「いたい!」と言ったのです。


# 専門家は信じないけれど

 こんなことは医学の専門家は中々信じてくれません。けれど、現実に
母は言葉を発したのです。

 母はこれまでいくつも、医学の専門家が否定することを達成してきま
した。95歳で大病をしたとき、植物人間のようになる、もう回復は見
込めないと言われました。けれど介助すれば歩けるようになりました。
朝からお刺身を食べ、午後にはステーキも食べるようになりました。ニ
コニコと笑い、カメラを構えればきちんと背筋をのばして、カメラ目線
で応じてくれます。多少不自由なところは残りましたが普通のお年寄り
と変わりないところまで元気になりました。

 103歳になったとき、軽い脳梗塞で右手が動かなくなりましたが、
それも今はずいぶんよくなりました。右手は動くのみならず、随分と指
に力が入るようになりました。全く動かなかったとき、右手は少しむく
み、そのむくみで指も太くなったのですが、いまは左手の指と同じよう
に元の細く華奢な指に戻りました。

 こんなふうに、問題が起きても母は必ず克服してきました。ですから
言葉も、もっと話せるようになる。私はそう信じていますし、母もそう
思っているはずです。

 もっともっと、沢山、美味しいものを食べてもらい、美味しいジュー
スを飲んでもらい、口腔内や喉の神経を刺激して、体全体が機能するよ
うになってほしい。頑張り続ければ必ずそうなれると思っています。

 そしてよくよくわかったことは、水分を喉から上手に飲み込むことが
出来れば、咳も少なくなるということです。


# 西瓜ジュース

 母が西瓜ジュースを好むのにはいろいろな想い出が詰まっているから
かもしれません。幼い頃、私たち一家が住んでいた大分県中津市八幡町
は長閑な田舎町でした。季節毎に農家の小父さんがリヤカーに農作物を
積んで売りに来ます。一番強い印象となって残っているのがリヤカーに
山積みされた大きな西瓜です。

 ご近所の人たちは小父さんのリヤカーの周りに集まって、それぞれ手
にとり、ポンポンと叩いて音を聴きます。弾んだ音がすれば熟れている
とされていましたが、本当のところはよくわかりません。それでも、皆
、自分の納得する西瓜を求めてこれを井戸に吊すのです。半日か一日、
井戸に入れておけば随分冷たくなります。

 丁度冷え頃には、西瓜を割って、三角に切って、縁側や涼み台に皆が
集い、食べるのでした。真っ赤な果肉にツヤツヤとした黒い種。夏の陽
光を浴びてはち切れそうに健康に育った夏の果物の代表が西瓜でした。

 私は母に言いました。

「お母さん、中津にいたときはよく西瓜を食べたわねぇ。お兄さんは食
べるのが速くて速くて、種まで一緒に食べてたわねぇ。白いワンピース
に西瓜のジュースをこぼして、シミになったりして。でも暑いときは西
瓜が一番だったわねぇ」

 どこか夢見るような穏やかな表情で聞いている母に、さらに言いました。

「そうだ、西瓜ジュースを絞ってあげましょう!」

 台所に走り、大きな西瓜を8等分に切り、その一切れの、種の上部の
一番甘い部分を切り取ってミキサーでジュースにして濾しました。20
0ccの大振りの吸い飲みに一杯になるほど出来ました。

 ちなみに母は夜、2回、水分補給をします。夜中と、明け方近く、い
ずれも母が自然に目覚めたときに飲んでもらいます。目下のお気に入り
はヤクルトのピーチジュースとお茶です。甘すぎず、サッパリ加減のピ
ーチジュースは四季を通して確保しています。お茶は緑茶、麦茶、番茶
などを適宜用意します。夏の暑い日などは、大丈夫かしら、誤嚥しない
かしらとこちらが心配する程、母は勢いよく飲みます。120~30c
c位のお茶など、ゴクンゴクンと3口4口で終わります。


# 喉の渇きに気づかなかった日々

 話はどんどん横にそれますが、母が倒れた当時、自力では食事がとれ
ないものですから、静脈からの栄養補給を経て、胃瘻を始めました。胃
瘻は全ての必要な栄養を直接胃に入れてくれますから、その効果は抜群
でした。それで私は安心してしまったのです。

 ところが先述したように、その頃から母には、自力で嚥下出来るよう
になってほしい、会話も交わせるようになってほしいと考え、リハビリ
を始めました。兎に角、喉の神経や筋肉を再活性化させるために、いろ
いろなことをしました。そのひとつが、一日に幾度か氷で口腔内を刺激
することでした。

 朝夕の歯磨きの後に、小指の第一関節くらいの大きさの綿棒を予め水
に漬けて凍らせておき、それで口腔内をヒヤッと冷たくして刺激するの
です。すると、驚いたことに、母がその綿棒を一所懸命に吸うのです。

 喉が渇いていたのですね。それで今度は、ただの水でなく、ポカリス
ウェットに綿棒をつけて凍らせました。母は朝夕、それを待っているよ
うでしたが、私は本当に迂闊にも、母に水やお茶やジュースを飲ませる
ことに思いが至りませんでした。母のような状態の人にとって一番恐ろ
しいのは誤嚥から肺炎を引き起こすことだと言われていたことも、あっ
たでしょう。


# もどかしい水分補給

 その頃、母の摂取する水分には、それがお茶であれコーヒーであれお
紅茶であれ、とろみをつける粉を入れました。でも私自身、味見をして
みて、本当にまずいと思いました。粉を入れると全く似ても似つかぬま
ずいものになってしまいます。これはすぐにやめました。

 次に、小匙で一口ずつ、口に運ぶようにしました。全く水分をもらえ
ないよりましですが、自分で小さなスプーンに一匙ずつ飲んでみると、
何とももどかしく、物足りない。でも、誤嚥させてはいけないと思う余
り、かわいそうだと思いつつも母への水分補給はその程度にとどめてお
いたのです。

 すると或るとき、鍼灸の松本恵先生が吸い飲みで差し上げたら、と助
言して下さいました。何でも素早く実行する和子さんが、即日、吸い飲
みを2~3個、買ってきてくれました。

 するとどうでしょう。母が本当に美味しそうに飲み始めたのです。味
わうように、目をつぶって、飲んでいます。お茶、果物ジュース、そし
ておすましもおみおつけのお汁も、吸い飲みですとグングン飲めます。
こんなに思い切り飲みたかったのです。お母さん、ごめんなさい。私は
そのことに気付かなかったのです。本当に、申し訳なく思いました。


# 今年の夏のヒットジュース

 いまは、いろいろな飲み物をつくります。そしてこの夏のヒット作品
が西瓜ジュースなのでした。最初に作ったとき、母の飲みっぷりはお見
事の一言でした。それこそ、あっという間に飲み干して、この上なく満
足そうな表情を見せてくれました。

 次の日の夜、10時頃でしたか、ひと眠りして目醒めた母の側に腰か
け、話しかけました。

「お母さん、今夜も続けて西瓜ジュースにする? よしこ、西瓜ジュー
スを作ってきましょうか」

 目をパッと見開いて、母が私のほうに顔をサッと大きく向けました。
そのスピード、十代の若い女の子が好きで好きでたまらないスターの写
真に振り向くようなスピードでした。

 「お母さん!分かりました。すぐ、作ってきまぁす!」

 階段を駆け降りて、台所に行き、大きく西瓜を切って、赤くて一番甘
いところをどんどん切って器に入れ、ミキサーにかけて濾して、たっぷ
りのジュースを作りました。部屋に戻ってみると、母はスヤスヤと眠っ
てしまっていました。

 夜ですものね。眠いのは当たり前です。ジュースを冷蔵庫にしまって
、もう1~2時間して目が醒めるのを待つことにしました。

 こんなふうにして今年の夏もすぎていきました。冷蔵庫には今シーズ
ン、恐らく最後の西瓜が入っています。私はこれをジュースにして母に
飲んでもらい、母の次の大好物を探してみようと考えています。

 咳が出て、いたい!と言ってくれた母。母の咳を止めてくれる水分補
給。夏の果物のエキスとしてのジュース。今年の夏に感謝しつつ暮らし
ています。


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