元気になるメルマガ

  • 2016.06.06
  • 一般公開

「トランプ氏出現の意味をどう見るか」

#大統領にならなくても強い影響力

 アメリカの共和党大統領候補としての指名を確実にしたドナルド・ト
ランプ氏が本当にアメリカの大統領になるかどうかは、まだわかりませ
ん。しかし、大統領にならなくても、トランプ氏の主張は、これからの
アメリカの政治や外交に大きな影響を与えます。

 トランプ氏の刺激的な発言は驚くばかりですが、少なからぬアメリカ
人が支持する理由は大きく変わるアメリカ社会への不安感ゆえでしょう
か。これからの自分たちの暮らしはどうなるのか。アメリカがこれまで
とは違う国になるのではないか。そんな不安を、トランプ氏の荒っぽい
言葉が吹きとばしてくれるのです。


# キーワードは2042

 トランプ支持者は合法であれ違法であれ、移民は出来るだけ入れたく
ないという姿勢です。だからこそ、アメリカとメキシコの国境に高い壁
を作るなどとトランプ氏は言うのです。ここでアメリカの白人系の人々
の不安の原因を探る鍵になるのが「2042」という数字です。

 2042年に、白人はアメリカのマイノリティになってしまう、白人
人口は総人口の半分以下に減って、政治的、経済的に今よりもっと弱い
存在になると見られているのです。メキシコなどから、スペイン語を母
国語とするヒスパニックと呼ばれる人々が流入し、アフリカ系アメリカ
人、アジア系アメリカ人の数も増えて、白人のアメリカ人を数で凌駕し
てしまうのがこの年だと、統計上、見られています。

 アメリカでは白人の出生率はヒスパニック系やアフリカ系さらにはア
ジア系の人々のそれの半分以下です。加えてアメリカは移民を積極的に
受け入れてきました。こうして2000年からの10年間に増えたアメ
リカの人口の92%が白人以外の人々でした。2050年までにアメリ
カの総人口は4億3500万人になると見られていますが、1億300
0万人がヒスパニック系の人々になるとも推計されています。


#メキシコ人はどこにいてもメキシコ国民

 
 アメリカ国内でヒスパニック系の人々、主にメキシコ出身の人々が急
速にふえているわけですが、この人たちは国境について非常に興味深い
考え方をしています。

 1998年、メキシコ政府は憲法改正をしました。メキシコ系アメリ
カ人にはメキシコ市民権を付与すると決めたのです。アメリカに移り住
み、アメリカ国籍を取得しても、メキシコ人は、メキシコの市民権を持
ち続けられると言うことです。

 これはある意味大変なことです。日本に住んで日本に帰化した中国や
朝鮮半島出身の人が、日本国籍を取ったあとも出身国の市民権を持ち続
けるとしたら一体、どちらの国の国民ですかということになります。メ
キシコ側の狙いは、アメリカ在住のメキシコ系アメリカ人に、母国との
連携を強化させ、いかなる場合もメキシコの国益を最優先するような行
動をとらせることだと、例えばパット・ブキャナン氏らは指摘していま
す。

 ブキャナン氏はアメリカの著名な政治評論家で90年代に2度、共和
党の大統領候補選挙に出ました。トランプ氏の主張はブキャナン氏の主
張の上澄みを掬ったようなものだと言われていて、トランプ氏が多くを
学んでいる人物でもあります。

 さて、メキシコ問題に戻り、メキシコ人の意識調査を見てみましょう。
非常に興味深い傾向を示しています。ゾグビー国際調査によりますと、
メキシコ国民の69%が、アメリカ国籍のメキシコ人はメキシコを第1
の忠節の対象とすべきだと答えています。同様にメキシコ国民の58%
が、カリフォルニアなどアメリカ南西部はメキシコ領となって当然だと
考えています。

 これは1848年のアメリカ・メキシコ戦争まで、カリフォルニアな
どがメキシコ領だったことを反映しているのでしょうね。


# たったの3%が「私はアメリカ人」

 一方、アメリカに移民したヒスパニック系の16歳から25歳の若者
に、あなたは何者かと問うと、「私はアメリカ人」と答えたのは、わず
か3%でした。アメリカで生れた、いわゆるヒスパニック2世でも、自
分はアメリカ人と答えたのは33%にとどまりました。

 それにしても、アメリカに移民し、アメリカの国籍を取得しても、メ
キシコ人はメキシコを第1にすべきだという考え方は、移民したからに
は移民先のアメリカのよき一員になるべきだと考える律儀な日本人とは
対照的ですね。


#アメリカの第3革命

 メキシコ人の感受性に理解を示す人達もいます。たとえば、移民に寛
容なクリントン夫妻です。ヒラリーの夫のビル・クリントン氏は、97
年、大統領として、ポートランド州立大学で「アメリカの第3革命」に
ついて語りました。移民がアメリカ文化に刺激を与え、視野を広げてく
れる。移民がアメリカの基本的価値観を新陳代謝させ、アメリカ人とは
何者かという真実に気付かせてくれるという内容でした。

 白人の大統領が、アメリカの白人は多数派ではなくなる、アメリカは
白人の国ではなくなるという事について前向きに語り、それを学生たち
が前向きに受けとめていたのです。

自分たちがマイノリティになるということについてのこの前向きのとら
え方自体、日本のみならず、他のアジアや欧州諸国にとっては驚きです。

 強い反発があったのは当然でした。トランプ氏であり、先述のブキャ
ナン氏、そして彼らに共鳴する人々です。ブキャナン氏はクリントン氏
らの考え方を「人種的マゾヒズム」だと、著書『超大国の自殺』(河内
隆弥訳・幻冬舎)の中で非難しています。トランプ氏も同じ流れの中に
います。

 ただヒスパニック人口の増加や彼らの考え方について何を言おうと、
ヒスパニック系の人々はすでにアフリカ系の人々より数が多くなり、こ
れからもふえていきます。非常に早いスピードでアメリカの人種構成が
変わりつつあるのです。それを止めることはできません。


# 日本は自力を高めるしかない

 アメリカの展望には読み切れないところがありますが、ひとつだけは
っきりしているのは、アメリカが今よりは内向きになっていくだろうと
いうことです。ヨーロッパとも中東とも、そして或る程度、アジアとも、
アメリカは少し距離を取ろうとするのではないでしょうか。そうなると、
とりわけアジアでは中国の力が強くなります。国際法も無視して他国の
領土領海までも侵略するという蛮行がはびこるということです。

 そのような状態になっても、私たちは以前のようにアメリカに全面的
に頼ることは出来なくなると考えるべきでしょう。だからこそ、そうし
た事態に備えて、自分の力で自分の国を守っていく努力を大急ぎでしな
ければならないのです。

 日本を守るために、経済的にも軍事的にも自力を強くすることがとて
も大事です。そのためには何をすべきか、日本の守る力を強める方向に
日本を引っ張っていってくれるのはどの政党か、それが問われているの
が、7月の参議院議員選挙だと思います。 

                           櫻井よしこ


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