闘うコラム大全集

  • 2014.01.30
  • 一般公開

名護の“民意”が目を瞑る中国の脅威

『週刊新潮』 2014年1月30日号
日本ルネッサンス 第592回



1月19日、沖縄県名護市の市長選挙で稲嶺進氏を勝利させた現地の「民意」は後世、大きな間違いだったということになりかねない。

今回の選挙は、人口密集地に位置する普天間飛行場を沖縄本島北部の名護市辺野古に移設するか否かが争点だった。移設「絶対反対派」の稲嶺氏を支えたのは社民党や小沢一郎氏の生活の党、共産党などで、彼は有効投票数の約56%を獲得した。

民主主義制度における決着のつけ方のひとつが選挙であり、相手方に4000票余りの差で勝利したからには、民意は移設反対派の側にあると言えるのも確かだ。だからといって、56%の民意が正しいとの保証はない。むしろ、私は今回の民意による判断の深刻な影響はいずれ、中国が引き起こすであろう東シナ海、南西諸島海域の紛争によって明らかにされると考えている。

普天間飛行場の移設先はなぜ県内の辺野古でなくてはならないのか。それは中国がひたすら膨張主義に走り、尖閣諸島に手を伸ばしてくることが明らかだからだ。1970年代以降、中国の海洋侵出のパターンが、東シナ海における近未来の新たな侵略行為の現実性を有弁に物語っている。

中国が南シナ海でアジア諸国の海と島を盗り始めたのが70年代初頭である。同件についておよそ誰よりも早い時期から警告を発していたのが評論家の平松茂雄氏である。『中国の海洋戦略』『続中国の海洋戦略』(いずれも勁草書房)に詳しいが、氏は、米軍が南シナ海での不穏な動きをいち早く察知しながら、不介入の姿勢をとり続けたことも指摘する。

71年7月、米偵察機は「多数の護衛艦に護衛された中共の輸送船が過去数か月にわたって、建設資材を西沙諸島に運搬し、同諸島の最大の島である永興島に埠頭、突堤および50棟以上の建物を建築している」と報告していた。だが、後述するように、結果として中国がベトナムを襲い西沙諸島を奪ったとき、アメリカは不介入を決め込み、これを黙認したのだ。

南シナ海での島盗り

70年代初めから、中国は、ベトナム戦争で軍事的、経済的に疲弊し、国民の気概が失われていく一方の南ベトナムの実情を見ながら、着々と西沙諸島奪取の準備を整えていた。

74年1月、彼らは一挙に攻勢に出た。泥沼化したベトナム戦争で、アメリカが戦意を失いつつあり、島を巡る中国とベトナムの新たな戦いに米軍は介入してこないと中国政府は踏んだ。南ベトナムは政府も軍も腐敗していた。中国の読みどおり、ベトナムの艦船2隻はあえなく撃沈され、アメリカは介入せず、西沙諸島は中国の手に落ちた。

敗れたとはいえ、南ベトナム軍が奪回作戦に出てくるかもしれない危険の中、中国人民解放軍は西沙諸島の軍事基地化を急いだ。西沙諸島を「祖国の南海の果てを守る鉄の長城」と彼らは捉え、西沙諸島中最大の島、面積1・85平方㍍の正方形に近い形の永興島に戦車部隊、高射砲部隊を駐屯させた。同島には88年までに2600㍍の滑走路が作られ、5000㌧級の艦艇が停泊出来る埠頭も完成した。海軍艦艇が四六時中海域を哨戒し、ヘリコプターが常時、珊瑚礁の島々に離着陸を繰り返した。

さらに86年には永興島に巨大な食糧庫が、92年には2万平方㍍の大型雨水浄化装置付き貯水庫が作られ、食糧問題も水問題も解決された。こうしていま、同島には多くの中国人が住み、島の王府井(北京の目抜き通りの名称)と呼ばれるショッピング通り、「西沙一条街」さえ存在する。

南シナ海での島盗りは中国の戦略であり、アメリカがたとえ介入したとしても、中国共産党が戦略を変えるとは思えない。しかし、介入しないというアメリカの姿勢が、彼らをより大胆な侵略行為に走らせたことは確かだろう。

西沙諸島を巡る戦いから約20年後の95年2月9日、フィリピン国防省は、フィリピンが自国領だと主張する南沙諸島のミスチーフ環礁を、中国が奪おうとしていると国際社会に訴えた。

実は、国防省発表に先立つ同年1月末に同海域でフィリピンの漁民が拘束された。1週間後に解放されたとき、漁民は中国側から、島に建築中の軍事施設について口外してはならないと警告された。彼はその件をフィリピン政府に報告したが、フィリピン政府は当初、満潮時には水没するミスチーフ環礁に軍事施設を作っているという情報を信じなかった。

ところが、人民解放軍の選りすぐりの兵たちは満潮時に水没する岩礁や、海面にほんのわずかばかり突き出ている狭い場所に住み続けた。水没する珊瑚礁の土台を堅固に補強し、その上に軍事施設を作り、彼らは部隊を駐屯させるところまで漕ぎつけたのだ。中国の侵略の現実は、侵略される側の想像をはるかに超えて先を行っているのである。

明らかな標的

この95年のミスチーフ環礁盗りまでの中比関係を見ると、中国の言動の乖離は明らかだ。75年6月、訪中したマルコス大統領に鄧小平副主席は「友好的協力的な交渉」で南沙諸島問題を解決すると約束した。

88年、アキノ大統領に鄧小平は南沙諸島領有権の棚上げを申し出た。

93年4月、ラモス大統領に、江沢民主席は紛争の棚上げと、南沙諸島海域での共同開発をもちかけた。

同時期、フィリピンでは反米基地運動が盛り上がり、92年末までに米軍の基地が閉鎖された。中国にとってはこの上なく好都合だったはずだ。こうして、95年2月、それまでの「友好的協力」や「棚上げ」「共同開発」などの約束を全て踏みにじって、中国はいきなり、力で島を奪った。
そして2014年、オバマ大統領が非常に内向きになり国際社会の紛争に背を向けがちないま、中国はまたもやフィリピンから珊瑚礁の島、スカボロー礁を奪いつつある。

「中華民族の偉大なる復興」を唱える習近平主席の下、膨張主義を掲げて、中国は21世紀の中華帝国を目指す。第2列島線制覇へと走る中で、東シナ海、尖閣諸島と沖縄以下の南西諸島は明らかな標的である。

中国はその長期戦略を、米軍のプレゼンスがあっても遂行しようとするだろう。だからこそ、まず、日本が有効な抑止力を持たなければならない。自衛隊と海上保安庁の力を法的、物理的に整備する。それに加えて、米軍との効率的な協力が必須である。

そのためには、普天間飛行場の辺野古への移設が必要であり、海兵隊の高水準の展開能力を維持しなければならない。

名護市長選ではそうした視点は殆ど議論されていない。眼前に迫る中国の脅威への認識も、尖閣を守る対応への合意もなく下された民意ほど危ういものはない。加えて普天間の現状をどう解決するのかも見えてこない。

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