闘うコラム大全集

  • 2014.02.20
  • 一般公開

勁い日本、変わる米国の対応

『週刊新潮』 2014年2月20日号
日本ルネッサンス 第595回


関東地方に大雪が降った先週末、少人数で中国問題を論じた。その中で、日中関係の現状を心配する中国人学者の言葉が印象に残っている。尖閣問題でも日中外交関係でも、近い将来、中国の対日政策が緩和されることはない、なぜなら、中国はいま、21世紀の国家戦略の調整過程にあり、その中で尖閣問題は中国の戦略転換に必要な梃子と位置づけられているからだという。

尖閣諸島領有に中国が拘るのは、地政学上、台湾併合のためには尖閣諸島を中国の管理下に置くことが欠かせず、台湾を支配出来れば、南シナ海を中国の内海にすることも容易になるからである。

日本列島から沖縄、台湾、さらにフィリピンを結ぶいわゆる第1列島線をおさえたうえで太平洋を事実上二分割する第2列島線を確保したい、即ち、西太平洋から米軍を排除したいというのが中国人民解放軍(PLA)の目指す戦略である。

PLAが取り憑かれているその野望を滑稽だと考える人々も中国にはいる。しかし、そうした人々の声は大きくはない。中国共産党やPLAは、往々にして中国世論を煽りはするが鎮めはしない。結果として、反米、反日の動きは中国社会の深部を蝕み続けるのである。

たとえば、野田政権後半から今日までの1年半近く、中国が続けてきた反日キャンペーンは凄まじい。中国のテレビ番組には、日本の軍国主義を生々しい映像で誇大に強調する映画が溢れている。

2012年秋の反日暴動の最中、日本車に乗っていた中国人が反日デモ隊につかまり、頭蓋骨を割られる重傷を負った。犯人の母親は、「テレビでは毎日、反日戦争映画が放映されている。これで日本人を憎まないわけがない」と言って息子をかばったと「インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ」が報じていた。

中国への失笑

中国から漂ってくるきな臭さは、反日思想の深化に歯止めがかからないことに加えて、反欧米、反西側社会の傾向が強まっていることにも見てとれる。

中国共産党もPLAも、鄧小平の時代からアメリカを恐れつつ、アメリカを凌駕することを目指してきたといってよいだろう。彼らの対米警戒心と敵愾心を表現するドキュメンタリーが昨年制作され、10月にインターネットで公開された。

すぐに削除されたが、「較量無声」(声なき戦い)と題された同記録映画は、中国国防大学などが制作したことが確認されている。主題はアメリカによる「和平演変」への警告である。

和平演変とは、「平和的な手法や目的を掲げながら、実は中国の体制転覆を図ろうとする陰謀」とでもいえばよいだろうか。

「較量無声」では、天安門事件当時、民主化運動の先頭に立った学生や、民主的な価値観を盛り込んだ「08憲章」を発表してノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏らを支援するアメリカの動きを、和平演変として描いている。

先述の小さな会合で指摘されたもうひとつの点は、PLAの強硬派が発言力を増し続けているということである。その傾向が続けば、中国は対外強硬路線を突っ走るだけでなく、国内においてファシズム化するという中国人学者の懸念は印象深かった。

軍国主義やファシズムという言葉を、いまや中国人自身が日本ではなく、中国に突きつけ始めたのである。安倍晋三首相も出席したスイスでのダボス会議で、中国工商銀行会長、姜建清氏が「日本はアジアのナチスだった。武力紛争が起こるかどうかは、すべて日本次第だ」とお定まりの非難を展開し、「中国は平和を愛する国だ。我々は他国を侵略したことはない。どの国も脅したことはない」と続けた。

このとき会場に失笑の渦が起きた。国際社会は中国の言動の嘘を見抜いているのだ。

興味深い発言はアメリカ政府からも聞こえてくる。米国務次官補のダニエル・ラッセル氏が、2月5日に下院外交委員会アジア・太平洋小委員会の公聴会で行った証言である。

東アジア政策担当の同次官補は、安倍首相が昨年12月に靖国神社を参拝したとき、東京のアメリカ大使館の「失望した」という発言を国務省側で追認した。中国寄りと見られてきた氏が次のように語っているのだ。

「中国による防空識別圏(ADIZ)設定は挑発的で、深刻な間違いである。尖閣諸島は日本の施政権下にあり、これを一方的に変えようとする動きは緊張を高める上に、国際法上も中国の領有権主張を強化するものではない。アメリカは東シナ海の中国のADIZを認めない。我々の行動は何ら影響を受けない」

ADIZに関するアメリカの立場を説明したラッセル発言に新しい要素はない。とはいえ、安倍首相の靖国参拝後の日本に対する冷たい視線を考えれば、まさに様変わりである。氏はこうも語っている。

一種の対米警戒心

「他国の領有権争いにアメリカは常に中立を保つという原則の意味を明らかにしておくべきである。第一に、領有権の主張がどのような行動様式でなされるかについて、アメリカは強固な信念を有していることを明らかにしなければならない。つまり、脅し、威圧、軍事力による領土要求に我々は断固反対する。第二に、海洋主権の要求は国際法に則ったものでなければならない。つまり、全ての海洋主権の要求には地形に基づく根拠がなければならない」

或る日突然、何の根拠もなく海洋主権を主張し始めた中国を念頭に置いた発言である。氏は、いわゆる「9点線」を南シナ海の境界線とするという中国の主張も、国際海洋法にそぐわないと切って捨てている。

中国がフィリピンから強奪しつつあるスカボロー礁、南シナ海全体に中国が確立しようとしている行政区と軍事的支配などに関しても、氏は中国を厳しく非難した。

日本から見れば極めて当然の正しい主張ではある。が、暫く前までのオバマ政権の日本に対する冷淡かつ無理解な姿勢からなぜ、アメリカ国務省はこのように大きな変化を見せ始めたのか。

背景には、安倍首相の「地球儀外交」「積極的平和主義」がある。日米関係を基軸としながらも、他国と広く協力関係を築き、日本の足下を固めてきた安倍外交の効果であろう。加えてアメリカ大使館の「失望」発言などによって、日本人の多くが必ずしもアメリカは日本を理解していないことに気づき、主張することの必要性に目醒めたこともあるだろう。

日本の世論とりわけ親米保守派といわれる人々の間に生じた一種の対米警戒心もまた、国務省のアジア政策に影響を与えたと見るのは読みすぎであろうか。

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