闘うコラム大全集

  • 2015.04.02
  • 一般公開

中国基準に移る世界、日本の道を貫け

『週刊新潮』 2015年4月2日号

日本ルネッサンス 第649回


3月12日、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)にイギリスが創始国として加盟したのを機に、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、スイスが堰を切ったように追随し、豪州、韓国も創始国の資格を得られる3月末までに加盟すると見られている。


こうした状況を中国共産党機関紙「人民日報」は「G7中心だった西側経済体制に亀裂が入り始めた」と分析し、傘下の「環球時報」は「中国の・和・(仲間作り)が米国の・闘・(対抗姿勢)に勝った」と18日の社説で勝利を宣言した。中国の高笑いが聞こえてくるようだ。


アメリカは欧州諸国にAIIBへの参加を思いとどまらせる説得工作を続けてきたとされる。それを、選りに選って、アメリカの最も忠実な友人であり「特別な関係」にあるイギリスが、アメリカの要請を振り切り、欧州諸国の先頭を切って加盟したのである。イギリスのこの決断は、20世紀の国際政治を貫いた一本の強固な絆、米英の同盟関係が決定的に変化したこと、いみじくも人民日報が分析したように、G7と北大西洋条約機構(NATO)に深刻な亀裂が入ったことを示す。


シンクタンク「国家基本問題研究所」副理事長の田久保忠衛氏が語る。


「20世紀を通じて一心同体で歩んできた米英の同盟関係が危機に陥り、世界は新たな局面に突入したのです。金融、経済のグローバル化で中国は民主化に向かい、社会や政治体制の相違は徐々に埋められていくと、アメリカは考えた。ところが中国の一党支配の政治体制は維持され、逆に彼らが政治、外交、軍事に続いて金融分野でもアメリカに挑戦する状況が生まれました」


中国の保有外貨準備は4兆ドル(480兆円)。潤沢な外貨で中国は米国債を買い、世界に資金を注入してきた。世界銀行のマネージング・エディターを務めたケビン・ラフェティ氏は、過去2年間の中国の融資総額は6700億ドル(80兆4000億円)、対して合衆国輸出入銀行がその80年の歴史で融資した総額は5900億ドル(70兆8000億円)だと指摘し、中国マネーの重みを強調する(「ジャパン・タイムズ」3月24日)。


米外交の無責任と冒険主義


豊富な資金力を手にした中国は、アメリカ・ヨーロッパ主導の世銀、国際通貨基金(IMF)、日本主導のアジア開発銀行(ADB)などで、より重要な地位を占めるべく働きかけ続けた。2010年にはIMFで中国の出資比率をアメリカの17.41%、日本の6.46%につぐ6.39%に引き上げる決定がなされたが、これはアメリカ議会に拒否され、中国の出資比率は4・0%にとどまったままである。


ブルームバーグはこのようなアメリカの対中拒否を、3月19日、「世界新経済秩序の中の中国」と題した記事で厳しく批判した。開発途上国のインフラ整備に8000億ドル(96兆円)が必要だと予測されているときに、アメリカが新しい金融の担い手に反対するのは「偽善的でケチな手法」だというのだ。AIIBのような多国間組織を動かすことは、中国が自身の巨大さに釣り合う正当性を国際社会で獲得するにすぎないとして、中国擁護の論調を展開した。


フランス在住の米国人コラムニスト、ウィリアム・パフ氏も厳しい対米批判を繰り広げる。氏は中東での新たな聖戦の勃発も、イラン、イスラエル・パレスチナ問題も、およそすべてアメリカ外交の無責任と冒険主義がもたらしたと欧州諸国は考えているとし、「欧州は独立を宣言するかもしれないとアメリカ政府が考える時がきたのだろう」と、結論づけた。


アメリカとイギリスは第一次世界大戦以降、熾烈な駆け引きをこなしながら、共に戦ってきた。2度にわたる世界大戦の後、ベトナム戦争を除いて、イギリスは常にアメリカの側に立って、アメリカを支えて戦った。その盟友国のAIIB参加という衝撃に直面して、アメリカが「常に中国の要求に応じる」とイギリスをなじるのは、「欧州の独立気運」の前ではとりわけ空しい。


欧州のアメリカ離れは、米英が主軸となって築いた第二次世界大戦後のブレトンウッズ体制、そこから生まれた世銀、IMF、そしてADBに重要な変化をもたらし、米国の力に暗い影を落とすだろう。それを欧州は、脅威としてではなく共栄への展開だと見ているわけだ。


こうした事態を「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は3月21日、22日の社説で「アメリカのオウンゴールだ」と書いた。アメリカは中国により強い指導力を発揮するよう求めながら、IMFや世銀、さらにADBのトップポストをヨーロッパ、アメリカ、日本に限定し、中国を公平に扱わなかった、その結果が現状だとして、非難の鉾先をオバマ大統領とアメリカ議会に向けた。


中国の戦略的覇権


他方、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は22日、オバマ政権が中国に世銀やADBとの共同出資事業を提案し、中国側がこれを検討する姿勢を見せた旨報じた。同紙は、オバマ大統領の意図は、AIIBの融資基準が不透明なために、資金が中国企業の海外進出を後押しする事実上の補助金として使われたり、中国の安全保障のため軍港整備に使われたりすることを警戒し、共同事業で牽制するためだと解説した。


出資金を最も多く提供するであろう中国が融資の最終決定権を握るというAIIBの構造上の問題は、どの国が参加しようとも、その出資比率を改め、透明な融資基準を設けることなしには、解決されない。WSJの報道はオバマ政権の動揺を反映するものであろう。


中国の意図はAIIBと、昨年11月に中国が単独で設立した400億ドルのシルクロード基金、昨年5月発表の「新アジア安全観」(アジアの安全保障はアジアが担うという戦略、アメリカを排除した地域安保協力体制の構築)を合わせて考えれば、明白である。インド政策研究センター教授のブラーマ・チェラニー氏が、中国の目論見は地域関係諸国との協調や共栄ではなく、中国自身の戦略的覇権の確立だと指摘したが、的を射ているのではないか。


このような時こそ、日本の果たす役割が重要になる。オバマ大統領のもとのアメリカの頼りなさを日本が埋めるよう、目に見える努力をすべき時だ。日本の技術力と経済力には、世界から高い信頼が寄せられている。日本式融資や協力が、中国のそれとは異なることはすでに実証済みだ。各国の着実な発展に寄与し続け、一方で、中国がソフトパワー中心の金融攻勢の裏で相も変わらず続けている領土拡張の蛮行に対処するために、日本は軍事力を強め、日米同盟の緊密化を進めなければならない。

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