闘うコラム大全集

  • 2015.11.19
  • 一般公開

「「ノーベル賞」山中伸弥教授との対話

『週刊新潮』 2015年11月19日号

日本ルネッサンス 第680回


 

11月8日、私がキャスターを務める『言論テレビ』3周年の会で山中伸弥氏と対談した。人類を病気や老いの苦しみから救うと期待されているiPS細胞を作製し、ノーベル生理学・医学賞を受賞した氏との出会いは、受賞前に遡る。

 

グロービス代表の堀義人氏が主催するG1サミットが、2011年、山梨県小淵沢で開催され、私は当時野党だった自民党の安倍晋三氏と歴史問題について対談した。会場から質問したのが山中氏だった。氏は当時をこう振りかえった。


「私たち理系の人間は高校ぐらいから理系中心の学びで、社会、歴史はあまり勉強してきませんでした。

 いまも毎月サンフランシスコの研究所に通って研究していますが、周りには中国や韓国出身の方が大勢いる。普段は仲良く切磋琢磨していますが、歴史の節目、たとえば日本が負けた日、彼らから見れば勝った日などになると、少しぎくしゃくしてくる。彼らはかなり教育を受けていて、私たちはほとんど受けていない。そこが話がかみ合わない原因です」

 

歴史にどう向き合えばよいのかと問うた氏に、私は、今は亡き中條高徳さんの著書『おじいちゃん戦争のことを教えて』を送った。しかし、研究に忙しい山中氏が実際に読んで下さるのか、私には確信はなかった。ところが、今年春先にお会いしたとき、氏はこの本を「2回読みました」「名著です」と言うのだ。

 

言論テレビの会での私たちの会話はこんなことから始まったが、主題のひとつはiPS細胞実用化の進展具合である。氏が語る。


「まだ(病気が)治るようになったとは言えませんが、最初のゴールが見えてきました。2つの使い方がありますね。1つは再生医療です。パーキンソン病や心不全は、患者さんが寝たきりになり最終的には命も脅かす大変な病気ですが、どちらもたった1種類の細胞が原因です」


「私たちの体にある200種類以上の細胞の中の、ほんの一握りの特殊な神経細胞の機能が、多くの場合、加齢に伴って失われてしまう。それで起こるのがパーキンソン病です。心臓の場合も、ひとつの細胞の問題です」


「病気になったその細胞だけをiPS細胞で新品を作り、外から補うことが、まず再生医療でできる」


ビジョン&ワークハード

 

すでに、iPS細胞で作り直した網膜細胞を古い細胞と入れ替える手術が、去年9月に理化学研究所の高橋政代氏によって行われ、成功をおさめた。世界初の快挙だ。いま、各研究者は人への応用を進めるためのロードマップを示している。日本人の死因で最も多いガンについても研究が進んでいる。山中氏が語った。


「新薬もできて、昔と比べるとガンの怖さもずいぶんと減っています。しかし、手術もできない、化学療法も効かない大変なガンもあります。そういったガンを攻撃する免疫細胞を、iPS細胞の力で若返らせ、大量に増やして患者さんに戻す治療も、同僚が一生懸命研究しています。ガンにいつまでも負け続けるわけにはいきません」

 

iPS細胞の医療への応用は、まさに日進月歩だ。それだけに競争も激しい。氏がマウスでiPS細胞の作製に成功したことを論文発表をした06年、氏はダントツの独走状態だった。ところが、半年でアメリカのハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の2つのグループがマウスのiPS細胞を再現した。


「10年以上かけたことが半年で追いつかれた。私たちは実はそのあと1年以内に人間のiPS細胞を作ったのです。それを発表しようと思っていた矢先、アメリカに行ったら親しい友人が『シンヤ、ここだけの話だけど、アメリカでも成功しているという噂があるよ』と言う。これは大変だ、とサンフランシスコから関西国際空港に帰る飛行機の中で一気に論文を書き上げ、帰国後すぐに専門誌『セル』に投稿したのです。掲載されて、『あーよかった』と思っていたら、アメリカのもう1つのグループもほぼ同時に別の医学雑誌に発表していた。それ位、競争は厳しいのです」

 

現実の厳しさに、会場に溜息が広がった。そんな中で、氏は如何にして、世界を制したか。それを氏は「VW」、すなわち「ビジョン&ワークハード」という言葉で表した。今も毎月通うサンフランシスコのグラッドストーン研究所に博士研究員として迎えられたとき、問われたそうだ。


「君は土曜日曜も働くか」


「Yes, I do」

 

氏がいま、「アメリカのお父さん」と呼ぶロバート・メーリー研究所長(当時)が、また尋ねた。


「シンヤ、お前のハードワークはよく知っている。では、お前のビジョンは何だ。奥さんと小さい娘さん2人を連れて、お前は何しにアメリカまで来たのか」


「僕はそこまで言われて、ようやく昔の気持ちを思い出しました。医者を辞めて研究者になったのは、手術が下手だったからではない。どんなに腕のいい外科医でも治せない病を、基礎医学を研究して、5年後、10年後、20年後に治すことが自分のビジョンだとやっと思い出した」


支持基盤の差

 

氏はこう語り、かつて自分が与えられたのと同じ支援と環境を、30代、20代の人に提供したいという。京都大学iPS細胞研究所所長としての責務を、氏はそうとらえている。


「若いアイディアをつぶさない。これが結構難しい。変に知識があると、どうしてもリスクが見えてしまう。失敗はしてほしくないので、リスクを押さえつけてしまいかねない。ところが、世界の画期的な発見のほとんどは、ポスドクなり学生がやりたいと言ったけれども、ボスがそんなことはやめておけと言ったプロジェクトだというのです。僕は、今もその事実を思い出しています」

 

若い研究者を育てたいという氏の気持ちが伝わってくる。そんな気持ちを実現するための日米の支持基盤の差は、しかし、はてしなく大きい。氏は、20年前よりも現在の方が差が広がっていると懸念する。アメリカでは研究者はハッピーだ。日本に戻るとちょっと憂鬱になる。それを解決するのは政府の取り組みに加えて、民間の志を寄付に結びつけて社会全体が新しい研究を支えていく体制を作れるかであろう。

 

それにしても、会を彩ったのは山中氏のなんともいえない人柄のよさだった。参加していた品川女子学院の中・高校生たちが最後に山中氏に質問した。将来が本当に楽しみな、しっかりした質問だった。氏は1人1人に答え、若者たちに呼びかけた。


「ビジョンを持ってハードワークを惜しまない」「自分の成功は多くの人に助けられている。おかげさまという気持ちを大切に」と。

 

書ききれない程の感動の続きは、11月13日金曜日夜9時、言論テレビを見て下さればと思う。

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