闘うコラム大全集

  • 2015.12.24
  • 一般公開

日印、安倍外交で重要拠点を確立

『週刊新潮』 2015年12月24日号

日本ルネッサンス 第685回


安倍晋三首相のインド訪問は日印双方のみならず、アジアの安定に資する大きな果実をもたらした。

 

インド初の高速鉄道に新幹線方式が採用され、日本製の防衛装備品及び技術移転を可能にする協定も、秘密軍事情報の相互保護の協定も結ばれた。強い日本と強いインドの組み合わせは、中国の台頭とは対照的にアジアの幸福を守る力となるだろう。

 

日本の原子力技術をインドに提供する原子力協定で、原則合意に達したことも意義深い。日本にはインドが核兵器を持ちながら、核不拡散条約(NPT)にも包括的核実験禁止条約(CTBT)にも未加盟であることを問題視して、原子力技術の提供に反対する声がある。

 

こうした批判はインドが原子力をどのように考え、取り扱ってきたかを知れば、自ずと消え、むしろインドから日本が学ぶべきことの多さに気づくのではないだろうか。

 

インドは、大東亜戦争終結の前から日本より10年も早く、原子力平和利用の研究開発を始めた。エネルギー戦略研究会会長の金子熊夫氏は、当時まだ大英帝国の植民地だったインドのエリート科学者たちが英国留学で原子力を研究し、米国の「マンハッタン計画」(原爆製造計画)にも関与していたと、驚きの事実を指摘する(『日印安全保障共同研究報告書』所収「日本人よ、『核の迷妄』から醒めよ」公益財団法人国家基本問題研究所)。


「インド原子力の父」と呼ばれるホミ・バーバ博士は、1955年にジュネーブで開催された第1回「国連原子力平和利用会議」で議長を務めた。若き政治家、中曽根康弘氏は同会議に出席して原子力開発の必要性に目覚め、帰国後、原子力の効用を説き、日本の研究が始まった。

 

インドはその後、核実験にも力を注いだが、背景には中国及びパキスタンの侵略と脅威の前で自国を守るための必死の戦略があった。


核大国の特権

 

非同盟と平和路線のインドが寝耳に水の、中国の大規模侵略を受けたのは、62年10月20日だった。中国による突然の攻撃にインドは惨敗を続け、3300人近い兵が戦死した。ところが圧倒的勝利の中、中国は突如、停戦を宣言した。

 

突然の侵略と停戦はなぜ起きたのか。インド政策研究センター教授のブラーマ・チェラニー氏は毛沢東の戦略だったと指摘する。

 

毛は62年10月のキューバ危機をインド侵略の好機ととらえた。ソ連が核弾頭と中距離弾道ミサイルを秘密裡にキューバに配備したのに対し、米国のJ・F・ケネディ大統領は、ソ連の攻撃用兵器の即時解体と撤去を断固要求し、キューバ海上封鎖を実施した。中国のインド侵略の始まりと停戦は、キューバ危機の発生と米国の海上封鎖作戦の公式終了にぴったり重なる。

 

米ソの核戦争勃発かという緊張の下では、中国の侵略に世界の注目は集まらないと考えたのである。その間に卑怯な手法でインドを打ち砕き、国境の争いを中国に有利にしようと考えたのは間違いないだろう。

 

2年後の64年、今度は突如核実験を行い、中国は核保有国になった。67年には水爆実験にも成功した。

 

一方、70年には国際社会がNPTを発効させた。その時までに核を保有していた米英仏ソ中にのみ、核保有を認め、その他の国には認めない同条約は、持つ国と持たざる国の永久固定化である。5か国はどれだけ核兵器を製造しても咎められず、国際原子力機関の査察も受けない。突然、侵略してくる中国が核大国の特権を手にし、その脅威に晒されるインドは核を保有できない。

 

インドが74年に核実験に踏み切ったのは、大国のエゴの理不尽さに負けないためだったはずだ。それから24年後の98年5月、インドは再び核実験を行い、2週間後にはパキスタンが続いた。

 

クリントン米大統領はインドを厳しく非難したが、インドのヴァジパイ首相は米国に書き送っている。インドは核保有国の中国と国境を接しており、彼らは62年にインドに武力侵攻し、さらにインドの別の隣国(パキスタン)が実質的に核保有国になるのを助けてきたと。

 

事実、鄧小平は82年以降、パキスタンの核開発を支援し始め、90年5月26日には中国の新疆ウイグル自治区のロプノルでパキスタンのために核実験まで代行してやった。

 

日本は米国の核の傘の下に身を置いて国防の柱としたが、非同盟を貫くインドには後盾がない。自ら核を持ち自力で中国やパキスタンの核の脅威から祖国を守ろうとするのは、指導者として当然の責務である。日本がインドの立場に置かれたとき、果たしてインドのように自国防衛のために核を開発できるか。米国頼みの日本人に自力で国防を#完#まっと#うする気概はあるのか。この厳しい問いを巧まずして日本につきつけているのがインドではないだろうか。


世界最大の民主主義国

 

米国はブッシュ政権になって、「世界一古い民主主義国」と「世界一大きな民主主義国」として関係を改善し、08年、NPT不参加のインドと原子力協定を締結した。

 

パキスタンも同じ処遇を求めたが、米国はこれを拒否した。中国からもらった核技術をノドンミサイルとの交換で北朝鮮に渡したように、パキスタンが核を拡散させてきたのが明らかだったからだ。NPTにこそ加盟していないが、インドは慎重に核の拡散防止に努めてきた。その点をブッシュ政権は認めたのだ。

 

中国は原子力技術をはじめ、あらゆる技術移転の恩恵を受け、インドはそうした恩恵を受けていない。中国の核拡散の不埒な行動を考えても、中印に対する扱いの差は理に合わない。そもそも中国は一党独裁で言論の自由もない。大東亜戦争後今日まで、国境を接する14の国と地域に度々戦いを仕掛けてきた。今も南シナ海で紛争の元凶となっている。

 

一方インドは、ブッシュ大統領が語ったように世界最大の民主主義国であり、一党独裁とは程遠い。攻撃を受けて戦うことはあっても、自ら紛争や戦争を仕掛けてはいない。だからこそ、日本も民主党菅直人政権下で岡田克也外相が、10年6月に日印原子力協定の交渉を開始したのであろう。交渉は前進しつつあったが、「インドが核実験を再開した場合、日本の協力は停止せざるを得ない」と岡田氏が述べたことがインドで大きく報じられ、東日本大震災もあり、合意に達しなかった。

 

ただインドは、核実験の自粛(モラトリアム)を08年9月に約束しており、米国をはじめフランス、ロシア、カナダ、韓国などはインドを信頼して原子力協定に合意済みだ。日本もインドの年来の核不拡散の行動を信頼し、早期に原子力協定を結ぶことが日印の力を強め、アジアの安定と繁栄に貢献すると私は考える。

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