闘うコラム大全集

  • 2016.02.18
  • 一般公開

政府主導で明確な原子力推進を

『週刊新潮』 2016年2月18日号

日本ルネッサンス 第692回


個々の技術は優れていても、全体の戦略となると心許ないのが日本ではないか。原子力の分野も例外ではない。個別の技術、たとえば原発で最重要といわれる原子炉圧力容器の製造技術では、日本は掛け値なしの世界一である。3・11に関して、私たちは水素爆発を起こした福島第1原発の失敗に焦点をあてがちだが、第2原発は見事に生き残った。増田尚宏所長(当時)以下400名の職員の危機管理の手法は『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌が絶賛したピカピカの世界一だ。

 

3・11からの立ち直りに呻吟する原子力産業においてさえ、このように幾つも個々の「世界一」が光っている。しかし、原子力産業全体では、やはり日本は周回遅れで喘いでいる。

 

なぜか。問題点はどこにあるのかが、シンクタンク「国家基本問題研究所」の2月月例研究会のテーマだった。論者は前文部科学大臣で自民党総裁特別補佐の下村博文氏、京都大学粒子線腫瘍学研究センター教授の鈴木実氏、北海道大学大学院工学研究院教授の奈良林直氏である。

 

結論から言えば、日本の原子力の全ての分野における停滞は、原子力規制委員会(以下規制委)に典型的に見られる不合理な規制が原因であろう。

 

昨年12月、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議で地球温暖化抑止を目指すパリ協定が採択された。CO2排出を今世紀後半に実質ゼロにするよう各国に求める厳しい内容で、日本は2030年で13年比マイナス26%を目指すと表明した。だがこの目標は、日本の現在の手法では達成不可能であろう。

 

CO2の大幅削減に向けて、世界は石炭による火力発電からの脱却を図っている。イギリスは25年までの石炭火力全廃を決定、オランダも火力発電所の段階的閉鎖を法制化した。CO2の2大排出国、米中も脱石炭へ動き始めた。


日本では危険視

 

日本だけが正反対だ。震災前に較べて、全電源に占める石炭火力由来の電力は13年度で5ポイント増の30%を占める。電力会社は30年までに計43基、2000万キロワット規模の火力発電所の新増設を計画中だ。

 

理由は厳しい規制で原子力発電所の再稼働が進まないことにある。下村氏は、再生エネルギーや省エネだけでCO2を激減させるのは難しいと、危機感を表明した。

 

原発依存を高める人類のために、原発事故を教訓に、日本が設計、建設、運転、維持管理、廃炉、放射能の封じ込め、環境保全、廃棄物処理まで全工程で安全のモデルケースを示すことの重要性を氏は強調する。

 

個人の見解だと断ったうえで、総裁特別補佐の氏は語る。


「今世紀末までに気温の2度以上の上昇が警告されています。CO2排出量の削減と気温上昇の阻止を念頭に、国際社会は原発推進を目指しています。わが国も全体の20%程のエネルギーを原発由来で賄いますが、それには約30基の再稼働が必要です。世界は原発の活用について、核燃料サイクルと高速増殖炉の推進とを一体のものとしています」

 

日本も右の2つを推進すべきだと言うのである。

 

折しも昨年11月、規制委は、高速増殖炉「もんじゅ」を管理する「日本原子力研究開発機構」(以下機構)を全否定し、半年を目途に機構に代わる新しい組織を見つけよ、見つからない場合はもんじゅの廃炉を示唆する厳しい警告を発した。

 

日本では危険視されるもんじゅだが、世界の高速増殖炉は驚く程前進している。奈良林氏が解説した。


「中国は2万キロワットを発電中です。ロシアは88万キロワットを、インドは50万キロワットを運転中。フランスは60万キロワットを25年頃までに発電します。世界人口73億人中、約3分の1を占める中国とインドが高速増殖炉の運転をすでに始めています」

 

日本より明らかに技術面で劣る国々が、なぜすでに高速増殖炉を完成させ運転しているのだろうか。わが国のもんじゅはなぜ、誕生の時から「劣等生」のように扱われてきたのか。再び奈良林氏が語る。


「フランスの高速増殖炉フェニックスは30年の歴史で32回、ナトリウム漏れを起こしました。その度に原因を突きとめ改善して商業発電に近づきました。もんじゅは1度ナトリウムが漏れ、火災になった。それを正直に言わずに隠したと責められ、20年止められて現在に至ります」

 

確かに情報隠しは許されない。しかし、20年も止めることに意味はあるのか。もんじゅはそもそも性能などを確認する原型炉だ。問題が発生すれば原因を突きとめて改善すればよい。問題が起きたら最後、如何なる試みも許さないのは異常である。


「原子力の素人」

 

東大大学院教授の岡本孝司氏は規制委を「原子力の素人」と呼ぶ。彼らのもんじゅに関する勧告は「高速増殖炉の安全とはほとんど関係のない保全のミスをあげつら」ったのであり、規制委のもんじゅ批判は、「自動車のバックミラーの裏側にゴミがついているのは怪しからんと言っているようなもの」だと言う。自動車はエンジンやブレーキがちゃんと機能することが重要で、バックミラーの裏の汚れは運転の安全とは無関係だと真っ当な批判を行っている。

 

下村氏が重要な指摘をした。


「高速増殖炉の機能を我々は活用すべきです。使用済み核燃料は、そのままでは無害な天然ウランと同水準になるのに10万年かかります。それを高速増殖炉で燃やせば300年に短縮され、量も7分の1に減ります。高速増殖炉は、新たな燃料なしに2500年にわたってエネルギーを生み出します。こういう利点があるからこそ、国際社会は高速増殖炉の実用化を目指しているのです」

 

もんじゅの結論は5月までに出すとして、氏は語る。


「規制委は、機構は駄目だと断じましたが、他に高速増殖炉を手懸けられる組織はありません。であれば、高速増殖炉を政府が引き受け、日仏共同で研究するのも可能です」

 

核燃料サイクルについても氏は重要なことを語った。核燃料サイクルの完成には、高速増殖炉と共に再処理施設の稼働が必要だ。再処理施設は青森県6ケ所村で93年4月に着工、紆余曲折を経て13年に試験は終了したが、未だに完成していない。


「青森の再処理施設の完成時期はこれまで23回延期されました。しかし18年には稼働させたいと思います。各原発から生まれる使用済み核燃料を順調に再処理すると共に、日本に対する国際社会の疑惑を打ち払うことが大事です」

 

見通しのききにくい原子力政策が下村氏の明解な語りで、展望が開けてきた。政治が大戦略を示して初めて物事は正しく動く。周回遅れの日本の原子力政策は世界の動きに追いつき、リードすることも可能になる。

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