闘うコラム大全集

  • 2016.03.31
  • 一般公開

米中の闘い、中国は死に物狂いだ

『週刊新潮』 2016年3月31日号

日本ルネッサンス 第698回


アメリカのオバマ大統領が3月10日、ホワイトハウスのローズガーデンでの会見で語った。候補者指名争いで彼らが互いを非難し合う様は「不快(nasty)」で「私はそうしたこととは無関係」だ、と。

 

すると16日の「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」紙に、大統領は自身の責任に口を拭っているとの批判が掲載された。

 

民主党のバーニー・サンダース、共和党のテッド・クルーズ、ドナルド・トランプ3氏を含めて、候補者らの汚い罵り合いはオバマ政治への失望と憤りの反映であることに、当の本人が知らぬ顔をしているというのだ。

 

右のコメントを読みながら、私はあることを思い出した。オバマ大統領は自身が打ち立てた戦略の意味を理解しているのかと思わず疑ったケースである。

 

話は少し遡る。昨年10月、オーストラリア北部準州の州都、ダーウィンの港一帯を、中国企業のランドブリッジ社が99年間のリース契約で手に入れた。価格は430億円余り、他の入札者よりかなり高額での落札だった。驚いたのは米豪両国の軍関係者である。なぜならここは、東南アジア諸国の島々や海を奪い続ける中国を牽制するため、南シナ海を窺う拠点として2011年11月、オバマ政権が米海兵隊の駐留拠点に選んだ戦略的要衝だったからだ。

 

当時、オバマ大統領はオーストラリアを訪れ、豪州議会で演説し、世に言われるアジアピボット(アジアに重点を置く外交)政策を高らかに謳い上げた。主要ポイントは3点だった。アメリカは中東のアフガニスタン及びイラクから撤兵してアジア太平洋地域を最優先する、アメリカは太平洋国家である、アメリカ外交は「核心的原則」に基づく、である。

 

核心的原則とは、国際法や国際規約を尊重すること、航行の自由を守り通すこと、問題発生時には武力に訴えず平和的解決に徹することで、全て中国への牽制球である。


当事者意識の欠落

 

中国牽制を行動においても示すために、オバマ大統領はダーウィンを選んだ。南シナ海を侵略する中国を監視し、抑止し、有事の際には直ちに駆けつけられる格好の位置にダーウィンはあるからだ。その戦略拠点に、選りに選って中国企業が手を出してきたのだった。

 

この企業のホームページには「強い企業は祖国への恩返しを忘れず、利潤豊かな企業は祖国防衛を忘れない」と明記されている。つまり、同社は中国共産党とほぼ一体の存在であると見てよいだろう。

 

99年というリース期間の長さも、あまり開発されていない港地域を高値で入手した経緯も、リース契約が商業目的より、(中国の)国家戦略上の思惑からなされたことを示唆している。

 

アジア回帰を成し遂げ、中国抑止の目的で、ダーウィンを海兵隊の拠点に選んだオバマ大統領は、本来ならこの取引に疑問を抱き、反対してもおかしくないのだが、取引から約ひと月後、マニラでターンブル豪首相と首脳会談を行った際、次のように述べたそうだ。


「次回は、前もって知らせてほしい」


「次回」はいつ来るのだろうか。それにしても、と私は思う。アジアピボット政策は、アジア諸国の信頼を細らせているアメリカを、それでも信頼していこうと思わせる強力な政策である。それを謳い上げたのはオバマ大統領自身である。その政策の意義を忘れたかのような、無関心に近い「次回は……」という反応は、ほぼ1世紀にもわたって港をリースするという中国の戦略の深刻さを見抜けないためであろうか。

 

オバマ大統領の危機意識の薄さ、或いは当事者意識の欠落とでも言えば良いのか、虚しさがどこかに残る。中国がアメリカに挑戦状をつきつけていること、習近平主席らは死に物狂いだということをもっと厳しく認識すべきであろう。

 

ダーウィンの一件から約ひと月後の11月下旬、今度はアフリカ東部のジブチで、民間企業ではなく中国外務省が前面に出る形でアメリカに挑戦状がつきつけられた。彼らはジブチに燃料補給施設を建設すべくジブチ政府と協議中だと発表したのである。

 

ジブチはソマリア半島の付け根に位置し、紅海からアデン湾に出る要衝である。アメリカはこれまで同地を中東、北アフリカにまたがるアラブ諸国の情報収集センターとして、また原油など重要物資の積み出し港があるアデン湾や紅海を睨む拠点として重視してきた。そのアメリカの鼻先に「国際社会及び地域の平和と安定のために中国軍が果たす役割をさらに広げる」として、中国が拠点を築くのだ。


実効支配の確立

 

ソマリア沖では多くの国の海軍が海賊退治で力を合わせている。それは国際協力の範囲内だが、一方で国際協力は常に協力と競合、情報収集と相手方の分析など、決して油断できないオペレーションの連続でもある。紅海、アデン湾、ホルムズ海峡といずれも戦略的重要性の高い海域を見晴らすアメリカ軍の拠点近くに、中国も自らの拠点を築くのだ。アメリカに対する大胆な挑戦であろう。米中の戦いは熾烈な形で進行中だ。


「偉大なる中華民族の復興」という「夢」を掲げる中国は、南シナ海支配を強化するため、現在も埋め立てを続けているパラセル諸島の中で最大のウッディー島に、HQ-9地対空ミサイルを配備した。スプラトリー諸島にも早い段階で同様の配備をするだろう。その場合、中国はとり立てて防空識別圏など宣言しなくても、事実上防空識別圏を設けたことになるのだ。中国はこのような実効支配の確立を得意としてきた。

 

対してアメリカ側は最強のステルス爆撃機B-2を3機配備した。相手に行動を慎ませるには具体的にどのような軍事行動と配備が必要なのか。米中もASEAN諸国もこの眼前の問いに日々向き合い、厳しい判断を重ねている。国際政治の厳しさについて、どの国の政府も国民も、考えなければならない状況が生まれているのである。日本も例外ではあり得ない。日本には憲法の制約があるが、それでも考えなくてはならない局面である。

 

大事なことについて国民に知らせず、#拠#よ#らしめて従わせるのが中国である。ただ有無を言わせぬ習政権の足下で不安定要因が高まっている。習主席に辞任を要求したとされる5人のジャーナリストらの失踪について、幅広い国民から批判が生まれている。香港の書店関係者も、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏も、人権派弁護士も皆、拘束され酷い扱いを受けている。明らかに人心は離れつつある。中国とは正反対の日本の在り方や価値観を、いまこそ、日本の強味や武器とすべきときだ。

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