闘うコラム大全集

  • 2016.08.20
  • 一般公開

相模原の障害者施設殺害事件が突き付けた安易に匿名報道に走るメディアの問題

『週刊ダイヤモンド』 2016年8月13・20日合併号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1145
 


どこまで皆で情報を共有できるか──。この点が民主主義の基本であり、比類なく大事な価値観である。

 

その上で、メディアは情報をどう扱うべきかという問題がある。特定の情報を公開するのか否かを含めて、情報の扱い方はその社会、あるいは国家の成熟度と知性の程を示す。

 

私たちの社会は情報の共有と扱いにおいてどこに位置するのか。そんな問題意識で現状を見るとおかしなことだらけである。

 

神奈川県相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で植松聖容疑者(26歳)に殺害された被害者19人の基本的情報が氏名を含めて公開されていない。神奈川県警が遺族の意見を聞いて、非公開としたという。上智大学教授の田島泰彦氏がその当否を問う。


「情報管理者である神奈川県警にそこまでの権限を与え、メディアが全く取材できない状況をつくり出してよいのか、疑問です」

 

氏名不詳では取材もできない。残虐非道な犯罪で命を落とした人々は、「数としての犠牲者」のまま、やがて忘れ去られていきかねない。だが大事なことは、このような犯罪によってどれだけ大事な命が失われたのか、障害を抱えながら一人一人の被害者がどれだけ一生懸命に生きていたのか、その一人一人が家族にとってどれほど大事な存在であったのか、家族はどのように寄り添い、そこにどんな苦労と喜びがあったのか、などである。

 

多様な人々の多様な人生の大切さをメディアが報じ、皆で共有することが、残虐な犯行に打ち勝ってより良い社会を築いていく力ともなる。


「その意味で、今回の事件は、情報管理者である神奈川県警の情報秘匿の問題と同時に、メディアの報道姿勢についても考えさせられます。メディアは警察情報の全てを発表してよいわけではなく、取材をした上で、報道に際してはメディア側に慎重かつ自制的姿勢が求められます」と、田島氏。

 

あまりに残虐な今回の事件ではとりわけ落ち着いた取材と報道が求められる。家族の話を聞き、何を報道するのかしないのかの選択をきちんとすべきであり、匿名報道の選択肢はそこに初めて出てくる。被害者名非公表という究極の匿名は、情報管理者である警察ではなく、メディアが決めるべきだ。

 

では、メディアにその選択を任せられるのか。メディアはその点で信頼されているのか。率直に言って、「まだら模様」だと思う。

 

匿名報道は本来、安易になされてはならず、実名公表で理不尽な被害が生じるときに限られるべきだ。その判断は取材する側が自らのジャーナリスト生命を懸けるほどの覚悟で下すもので、安易な匿名報道もその逆の安易な実名報道も、報道の健全性を損なう。

 

今回の事件について県警の情報秘匿を批判するメディアだが、彼らも安易に情報を隠しているのではないか。

 

テレビの画面を注意して見てほしい。事件や、気軽なアンケート調査でもよい。画面に登場する「首なし人間」に気付くはずだ。

 

コメント者の顔も見せない。もちろん名前も年齢層もよく分からない。そういうよく分からない人々の意見をテレビは多用する。安易な首なし人間の登場はジャーナリズムの危機である。テレビだけでなく雑誌も同様で、匿名の意見は多々登場する。

 

匿名報道はメディアにとって都合が良い。極端な場合、取材意図に合わせて捏造することだって可能だ。だからこそ、メディアの信頼のために、匿名報道は心して避けなければならない。

 

にもかかわらず、日本のメディアの現状ではそうした報道が目に付くことを強調しなければならない。情報を出す側にも、情報を取って報ずる側にも多くの問題を突き付けたのが今回の事件である。

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